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三宅善信総長

三宅善信総長

総長謝辞(祝宴)

謝辞

金光教泉尾教会 総長
三宅善信

皆様、本日は公私ともにご多端なところを、わざわざ私どもの八十五年記念大祭にご列席くださいまして、そして、こうして最後まで─おそらく一番最初 に到着された方は半日以上、また、距離によっては一日以上前に出発された方もおられると思います─お残りくださり、本当に有り難うございます。

記念大祭の祭詞にもありましたように、初代の三宅歳雄が、昭和二年の1月─昭和二年と申しましても、昭和元年は1週間で昭和二年に変わりましたが─ に泉尾の地に来て、もう3月には金融危機が起こり、次々と日本の銀行が倒れ、会社が潰れました。いわゆる「昭和の金融恐慌」です。そしてその2年後に、中 野寛成先生がおっしゃったウォール街の株価暴落に端を発する世界恐慌…。日本は、その前の関東大震災からの復興途上でしたから、今の日本と似た状況─東日 本大震災に続き、ヨーロッパの金融恐慌の影響による円高不況─の中で、三宅歳雄が新興工業地帯であった泉尾の地に布教の第一歩を(しる)させていただいた訳です。そういう意味では、今のこの時代こそ泉尾教会の初代が存命でしたら、また二代が存命でございましたら、安田暎胤先生がおっしゃったように、まっ先に難儀の現場である被災地へ飛んで行ったことでしょう。

また、二代目の三宅龍雄が教会長であったのは僅か7年ではありましたが、生涯、初代の「一乃弟子」として、初代の姿そのままに修行されて、今から6 年前に遷化され、現在は、三代目が泉尾教会の教会長としてこうして皆様をお招きしている訳でございますが、それも、本当に泉尾教会の活動を応援してくださ る先生方がおられてのことでございます。先ほど、開宴のご挨拶で「言いたいことはたくさんあるけれども…」と教会長が申しましたが、皆様方への感謝以外に ございません。ご祝辞を頂戴した安田先生、杉谷先生、中野先生、クリスティ博士、西田先生、奥田猊下、金光先生、庭野先生、村山先生、マタタ先生、山田先 生、デービッドさんたちからお話しいただいたひとつひとつの言葉が、身に余るお言葉だと思っております。

また、本日はいろんな先生方のお話の中で、たまたま私が泉尾教会の対外的な御用を務めている関係で、私の名前が何度も出てまいりましたが、実は、私 共は3人兄弟でございまして、一番上の兄が泉尾教会長、真ん中が私、そして本日のご祭事の時に重たい神饌物をご神前の一番上の段まで捧げておりましたのが 一番下の弟で、いつも縁の下の仕事をしてくれております。本当に頑張ってくれておりますので、皆様にご紹介させていただきます。

それから、実は、三宅家は、初代の三宅歳雄には男の子が3人、二代目三宅龍雄にも男の子が3人でございましたけれども、三代目の現教会長には娘さん が3人いて、やっと泉尾教会も華やかになりました。本日の祭典の時に、冒頭に『取次詞』と申します祓いの詞を奏しておりましたけれども、これ(若先生を壇 上に招き上げて)が泉尾教会の次の世代でございます。布教百年祭の時には、兄や私は生きて御用が勤めておられるか判りませんが、こちら(若先生)は間違い なく元気に教会の御用をさせていただいておるでしょう。今後とも、先生方、あるいは皆様のお子様世代の方々にお世話になると思います。どうぞ、そのことも お含めおきいただきまして、高いところからではございますが、本日は本当にお忙しい中、長時間にわたり、私共の八十五年記念大祭に華を添えていただき有り 難うございました。