・・ 2002年 新春メッセージ ・・


『現代社会における宗教者の役割』  (順不同敬称略)

行動と願いを怠ることなく

第二五五世天台座主
渡邊惠進

昨年までは、より良い社会にと希望を持って二十一世紀を迎えましたが、現実の世界及び国内の情勢は、前世紀にも増して厳しく悲惨なものであります。宗教者として、常に世界の平和と人の福祉を願い、祈っておる者として誠に残念であります。

しかし、私共は怯ひるんではなりません。伝教大師最澄上人のご遺戒に心を同うせん者は道を守り道を修し、相い思うて相い待てとあります。自分の微力を恥じながらも平和社会の実現に向け、行動と願いを怠ることなく続けて行かねばなりません。

もとより、平和とは、争いや武器がなくなることだけではありません。地球上の一人一人が心穏やかで神仏に感謝しながら、爽やかな楽しい生活を送って行くことであります。その道が如何に険しく、遠くとも私共宗教者はそれぞれの祖師の御教えを現代社会に敷ふ衍えんして具現して行く責任があります。


和らぎの世界を実現するため

浄土宗宗務総長
水谷幸正

昨年九月の同時多発テロ事件、ひきつづいてのアフガニスタンの戦乱をとりあげるまでもなく、新世紀の幕あけは多事多難でありました。日本の社会においても、心を痛める事件が相変わらず続発しております。
新年を迎えるたびに、宗教者のひとりとして決意を新たにしておりますが、懺悔ざんげのもとに年末にいたる。という情けなさです。しかし、この決意と懺悔の繰り返しの中で、すこしは皆さまのお役に立ちたいものと念じております。

浄土宗では、昨年浄土宗二十一世紀劈へき頭とう宣言として愚者の自覚を家庭にみ佛の光を社会に慈しみを世界に共生をの四項目を世人に訴えました。和らぎの世界を実現するために、年月をかけて訴え続けてゆく所存です。

迎春にあたり、泉尾教会創設七十五周年を祝しますと共に、三宅歳雄先生のご遺徳を偲んで粗辞を呈上いたします。


心の在り方を深く反省して

曹洞宗大本山永平寺監院
南澤道人

二十一世紀は心の時代と夢ふくらむ思いで迎えたところが、現実は最も悲惨な厳しい状況を呈しております。
しかし、だからこそ、この時代に心の在り方、平和な社会の在り方を、強く訴えて、すべての人が心の在り方を深く反省し、これに確しかと対処することが求められなければなりません。

宗教者はいずれの信仰に生きる人であっても、宗教の本源∧人間存在の原点に立ち返って、神仏にすべてを捧げる無垢な心、仏教的には無我の自己を、生きる根底に据えて社会的にも経済的にも右往左往することなく、互いに他を尊重し、他と共に協調しながら生きる道を示さねばならないでしょう。

戦争は如何なる理由に於いても罪悪であることをふまえ、個人も国家も我欲をコントロルして生きる、宗教的智慧を持つことに努めたいものです。


祈りこそ平和の礎

妙智会教団会長
宮本丈靖

新年のお慶びを申し上げるとともに、三宅歳雄先生ご布教七十五年を迎えられたお喜びを、ともどもに心よりお祝い申し上げます。これもひとえに三宅先生の、世助け人助けの道一筋に打ち込まれたご修行のたまものと存じます。

昨年九月に国連本部において国連子ども特別総会が開催される予定でしたが、あの忌まわしい米国同時多発テロにより延期となりました。今年初夏に再開される予定で、私は世界の首脳を前に宗教NGO代表として祈りとともに演説をさせていただきます。
私がこのように、子どもたちの健全な成長を願う活動をはじめたのも、三宅歳雄先生が、平和のために最晩年までも世界中を駆けまわられて、難儀助けのために一心に祈りつづけられたお姿に、深い感銘を受けたからであります。

三宅先生は、わが祈りは、わが命。われ死すとも、わが祈り死なずと遺のこされています。祈りこそ平和の礎であります。世界平和実現までともに祈りつづけましょう。


三宅歳雄先生の遺志を受け継いで

円応教教主
深田充啓

先代教会長三宅歳雄先生布教七十五年記念大祭、誠におめでとうございます。
先生は早くから宗教協力の必要性を説かれ、広く宗教界でお働きになっておられるとお伺いし、一度お目にかかりたいと念願いたしておりましたところ、機会をいただいてお出会いさせていただくことができ、先生の宗教協力に傾けられた情熱に触れ、いたく感動いたしたことが思い出されます。

アメリカで起こった同時多発テロの問題からしても、世界はますます混迷の時代へと進んでいるのではないかと思います。そういう時代だからこそ、私たち宗教者が、進んで相手を理解し、その考えや信条を尊重し、互いに生き、生かし合う共生の働きに邁まい進しんしてゆく必要があるのではないかと感じております。
そのためには、故三宅歳雄先生の遺志を受け継ぎ、宗教界が中心となって世界平和実現に向けて、日弛たゆまぬ努力と精進をさせていただかなければならないと考える次第です。


いのちの大切さを

辯天宗管長
大森慈祥

アメリカで起こった同時テロ事件では、多くのいのちが一瞬のうちに消失し、アフガニスタンでは爆弾や銃弾によって沢山の人が亡くなっています。まことに悲しいことです。国内でも凶悪な殺人事件が毎日のように発生し、若い人の自殺も後を絶たないようです。人命を奪うという大罪の無視、いのちを粗末にする風潮の蔓まん延えんをなんとしても阻止しなければなりません。

私どもの宗祖智辯尊女さまは私たちのいのちは自分のものではありません。御本尊様からお預かりしているのです。御本尊様にお返しする時が来るまで大切にいたしましょうとおっしゃって、いのちを大切にすることを教示されました。

人を殺すことが自分たちの信仰だなどという過激な信仰集団がありますが、そんな信仰などあるものですか。全く狂気です。一匹の虫のいのちさえ愛おしむのが信仰者の真の姿でしょう。自分のいのちを大切にする如く、他のいのちも尊重する。それが平和の基本であるはず。

私たちはただ平和を祈るだけではなく、今こそ、生命の大切さを声を大にして説き進めねばならないのではないでしょうか。


祖先の汗に感謝

熱田神宮宮司
小串和夫

晩秋の一日、車窓から久方ぶりに、田圃たんぼで藁わらを焼く煙りに見入った。

背後の小山は鎮守の森だろうか、小さな社殿の御屋根がのぞく。狭い土地を耕し耕し、祈りつづけ、何百年もかけて耕地を拡げ、土とともに生き、美しい国土にした先人の労苦が、しきりにしのばれる。

これは農耕者に限らず、山や海で生きて来た先人の労苦にも思いは及ぶ。

神道という信仰は、単に神社の中にあるのではなく、たとえ意識しなくても、日本人の心と生活の全てに、思いがけなく深くかかわっています。懸命により良い生活を築き上げて、子孫に伝えようとした祖先たちの努力を、より深く感謝をもって語るべきときではないでしょうか。


己に厳しく他者には寛大

天理教表統領
飯降政彦

新しい年を迎え、新年のご祝辞を申し上げます。

本年も泉尾教会の教会長様はじめ皆様方が、世助け人助けの上にご活躍なさいますよう祈念いたしますと共に、本年もご厚情の程よろしくお願い申し上げます。

さて、こうして新年を迎えましても、素直におめでとうございますとは言いづらい昨今であり、個人や社会の悲しい出来事に、各が無関心ではおられなくなってきました。それは私達が神様より賜った知恵を駆使した結果、人間関係がどんどん密になっているが故に、個の出来事がグロバル化しているからであります。これは一面素晴らしいことだと思いますが、反面、関係が密になるに従い我さえ良くば、今さえ良くばの自己中心の心が際立っていくという矛盾も内包しております。

どんな宗教も己に厳しく、他者には寛大であれと説いているはずであります。今の時代、宗教者たるものは、己の心の在り方を猛省し、己の教えの元を問い返し、見つめ直すべき時だと思います。物事や世の立て替えへの第一歩は、常にそこから始めなければならないと考えます。


人間中心のあり方が問題

金光教教務総長
森定齋

二十一世紀を迎えた今日の世界には、科学技術の進歩によってもたらされた豊かさの裏側で進む世界規模の環境破壊の問題や、南北問題や、民族対立による武力紛争、さらには、このたび米国における同時多発テロ事件と、それに続く米国などによるアフガニスタンへの武力攻撃など、生命や人権を脅かす難儀な問題が山積しています。

このような今日の容易ならない状況の背景には、大いなる天地のいのちのはたらき神□を忘れた人間中心∧自己中心のあり方が潜んでおり、神と人、人と人、人と万物との間にあいよかけよの関係が損なわれているという根深い問題が存在していると思われます。

そこで、いままさに、神と人とあいよかけよで共に助かる世界実現に向かって取り組むことによって、世界の平和と人類の助かりに寄与することこそが、二十一世紀に生きる本教者の役割、使命であると思います。yamaori


師弟関係の回復を

国際日本文化研究センタ所長
山折哲雄

いつのまにか、わが国では師と弟子の関係があやふやなものになってしまいました。師弟関係の軸が軽視され、馬鹿にされてきた結果、人間関係万能の薄っぺらなヒュマニズムが幅を利かせるようになりました。
そのために家庭では親子の関係が怪しくなり、学校では先生と生徒の関係がくずれ、会社では上司と部下の関係が血の通わないものになってしまいました。

いまこそ、師と弟子の関係を見直すべき重要な時代ではないでしょうか。宗教者はいまこそ立ち上がって、そのための範を示すべきではないでしょうか。

水で薄められたような人間関係から自立して、もっと血の通い合う師弟関係の回復へと目を向けようではありませんか。ブッダと十大弟子、イエスと十二使徒。その恰好のモデルはすでにわれわれの眼前に存在しているのであります。


人と自然の共生

京都大学名誉教授
世界人権問題研究センタ理事長
上田正昭

すぐれた物理学者であり文学に造詣の深かった寺田寅彦博士は、昭和十一九三五□年に日本人の自然観という注目すべきエッセイを執筆した。そして、その年の暮れにこの世を去った。寺田博士が後の世の日本人に残した遺言のような貴重な言葉がきらめく。

とりわけ私の胸にこだまするのは、西欧の科学は自然を人間の力で克服しようとする努力のなかで発達したが、日本の科学は自然に順応するための経験的な知識を蓄積することで形成されたとする指摘である。

地震がたびたび起こり、台風そして洪水があいついだ厳しい自然が日本人の無常観をはぐくむ。自然を畏敬し、自然のなかに神を仰ぎ、自然と調和してくらしを営む。自然と人との共生の道を日本の祖先たちは探求してきた。人類の共生ばかりではない。自然との共生をめざした宗教の明日に期待する。


理想国家として世界の見本に

財務大臣
塩川正十郎

九月十一日、人類が最も憎むテロ事件がニュヨクで発生し、六〇〇〇名の人が犠牲となられたことは憤激に堪えないし、近代世界に対する破壊的挑戦であります。それに対し、アフガニスタンを中心に、地球上からテロとその同調者を抹殺しようと掃滅戦が展開されています。この犠牲と報復に対し、世論は沸騰していますが、先ずテロを撲滅して、その後かかる悲劇が再発しないよう、その根源となる民族宗教問題について、深い反省をもって社会国家、及びこれらの人の生を保障するため、当事者の納得いく処理をしなければなりません。

これら多発する紛争の原因は、宗教とその文明の相違にあると思います。宗教は人間の悩みを解消し、安寧と幸福を与えるためにあるものでありますが、これが原理主義に走り、他の宗派の存在を認めない偏った宗教運動から来たものでありますだけに、宗教の矛盾をいかに解決するかにあります。

わが日本は、世界のあらゆる宗教がそれぞれの人に信仰されている、世界でも珍しい国であります。この国のあり方をわれわれはいつまでも守り、平和の理想国家として世界の見本となりたいと思います。


二十一世紀を切り拓く道

衆議院議員
亀井静香

二十世紀は、科学技術の爆発的発達により生活が飛躍的に便利になりましたが、一方では革命と戦乱の世紀でもありました。二十一世紀が人類にとっても、日本人にとっても幸せな世紀であるのか、今、その戸口に立っています。

九月十一日、あの憎むべき米国同時多発テロが発生しました。私はテレビを視ていて、かつての広島∧長崎への原爆攻撃と二重写しに見えました。人類が繰り返し凶悪な行動をとっていく中で、幸せはありません。強者の心と弱者の心が重なりあっていくために、何をなすべきなのかが問われています。パレスチナ問題、南北問題、地球環境を守ることなどについて、日本は自衛隊を出すだけがテロ撲滅の道ではないことを認識して、積極的に取り組む必要があると思います。

三宅龍雄教会長先生のご指導のもと、心の救済や環境を守る力強い運動を続けておられる皆様のご活躍こそが、輝かしい二十一世紀を切り拓く道であると信じます。


宗教者の果たす役割は大きい

大阪市長
磯村隆文

新年の幕開けにあたり、ごあいさつを申しあげます。
金光教泉尾教会の皆様方には、日頃から大阪市政の各般にわたり、格別のご理解とご協力を賜り、厚くお礼を申しあげます。

二〇〇二年の元旦を迎えましたが、今なお世界の各地で戦禍と紛争、貧困や飢餓など、人類の不幸はあとを絶たず、国の内外ともに多事多難の状況が続いております。二十一世紀を世界平和と人が幸せに暮らせる時代にするために、宗教者が果たされる役割は誠に大きく、皆様方には今後ますますのご活躍とご貢献を期待申しあげます。

大阪市では、今後とも、だれもが安心して暮らせるよう市民福祉の一層の向上に努め、内外から多くのひと∧もの∧情報が集まり、新しい産業や文化を創造する活力に満ちた国際集客都市の実現をめざすとともに、世界平和と国際的な友好促進に寄与してまいりますので、皆様方の一層のお力添えをお願い申しあげます。
金光教泉尾教会のますますのご発展と、皆様方のご健勝、ご多幸を心からお祈り申しあげまして、ごあいさつといたします。


世界平和への道

学校法人皇學館理事長
鎮西大社諏訪神社名誉宮司
上杉千郷

九月十一日のアメリカにおける連続多発テロ事件の後、現地のニュヨクにおいてイスラム教を含む世界の各宗教者が集い、追悼の大集会が開かれたと聞き、今回の事件の根底に宗教があることに心を痛めていた中に、一条の光明を見出した想いである。

戦争は人間の仕業ですと先年、広島で平和アピルに述べられたロマ教皇ヨハネ∧パウロ二世の言葉通り、人間が変わらなければ世界は平和にならない。宗教は人間を変えることができる。良くも悪くもである。今回の連続多発テロ事件がそうである。

日本中の各宗教者が相集い、世界宗教者平和会議WRP□日本委員会を結成し、さらにその世界組織もできている。この会を発起、今日の組織に発展されたのが、初代三宅教会長であり、今日その中心的活動をしていて下さるのが、現教会長である。われわれはその傘下で微力ながら世界平和の実現に向けた運動を進めている。
日本人は、かつて仏教が伝来した折に心の中に取り入れ、わび∧さびとかもののあわれというものを知り、世界的な文学といわれる源氏物語を生み出す精神的土壌ができた。今日の日本人はクリスチャンではなくとも、キリストの説く愛という心を理解できるようになった。そういう日本人の心の広さ、抱擁性が、世界の各宗教の対立を幾分でも和らげる潤滑油になれると確信する。

泉尾の地に布教を始めになって七十五周年の記念すべき年に当たり、今後、益のご発展をお祈り申し上げ、われわれも共に世界の平和への道を進みたいと思う。


戻る