北京でG20諸宗教対話サミット

2016年8月31日〜9月1日
金光教泉尾教会 総長
三宅善信

2016年9月上旬に中国の杭州で開催されるG20サミットに先駆けて、8月31日と9月1日、北京市内のホテルにおいて、中国社会科学院世界宗教研究所と中国宗教学会共催(米国ブリガムヤング大学後援)の国際フォーラム『諸文明間の対話と全人類のための運命共同体』が開催され、日本人として唯一招かれた善信先生をはじめ、内外から約百名の専門家が出席した。

▼G8からG20諸宗教対話サミットへ

2007年にドイツのケルンで開催されたG8宗教指導者サミットに参加して以来、2008年に大阪・京都で開催されたG8宗教指導者サミットでは事務局長として、準備運営の一切を担い、その後も、イタリアのローマ、カナダのウイニペグ、フランスのボルドー、米国のワシントンDCと毎年開催されたG8宗教指導者サミットに参加し、ロシアのG8離脱により、国際政治の枠組みがG20に拡大した昨年秋、トルコのイスタンブールで開催されたG20諸宗教対話サミットと、これまで7回にわたってこの枠組みでの国際的諸宗教対話事業に関わってきたこともあって、少数民族や共産党政権の意向に靡(なび)かないの勢力を抑圧している言論や思想の自由も許されない独裁体制下の中国での会議にどこまで意味があるかと思いつつも、招かれた以上「逃げる」訳にはいかないので、今回のG20諸宗教対話サミットのホストから五月に届いた招待を受諾した。

 というか、昨年(2015年)、11月にイスタンブールでG20諸宗教対話サミットの閉会時に、トルコのスルタン・メフメット大学と共に主催者の一端を担ったオーストラリアのグリフィス大学の諸宗教・諸文化対話センター所長ブライアン・アダムス教授から、「来夏は中国で」という発表があったので、私としては「信教の自由が認められない。共産党政権への批判が認められない中国において、サミットの決議文をG8あるいはG20首脳会議へ提言してきたこれまでの諸宗教サミットの仕組みが壊れるのでは?」と疑問を呈したが、一方で、これまでの諸宗教サミットでは、受け入れ国のホスト団体がすべての準備を行い、それ以外のメンバーはその会議に参加して発表することによって貢献するという、「常設の事務局を持たない」システムを取ってきた以上、それぞれの国毎によって、サミットのあり方も異なって当然であるので、2016年の各国政府によるG20首脳会議が中国で開催されることが決まっている以上、中国での開催そのものを拒否することはできないと思った。因みに、従来のG8の体制の直接の後継者であるG7サミット、つまり、G7伊勢志摩サミットの開催される日本での開催の可能性については、誰も念頭に置いていないようだった。

 という訳で、昨年11月のトルコでのG20諸宗教対話サミット閉幕以来、「いつ案内が来るか?」と待っていたのであるが、果たして、本年5月に招待状が届いたので、すぐに「出席する」と返答した。しかし、その後、なかなか基調講演者やパネリストあるいは全体会議や分団討議のモデレータなどの具体的な役割分担や、開催地が北京であるということと、開催日が8月29から31日までであるということ以外の情報が入らなかったが、とにかく航空券の予約は早いほうが安いので、8月28日関空発、31日関空着の北京行きの中国航空便を取った。

 その後も、私からの具体的なプログラムや会場(北京は巨大な街)が何処になるのかという質問になかなか返答が来ない。おそらく、あらゆることが「お役所仕事」の中国のことなので、「許可」を得なければならない機関がたくさんあるから手間取っているのだろうと思っていたら、G20諸宗教対話サミットの運営委員でもある私に、7月に入って、アダムス教授からテレビ電話会議の申し入れがあった。教授曰く、「まったく思い通りに運ばないから、主催者から降りたい」と弱気な電話であった。数日すると、「私(アダムス教授)の代わりを米国ブリガムヤング大学の国際法と宗教センター所長のコール・デュルハム教授が務めてくれることになった」というメイルが入った。中国側の受け入れ団体となっている中国社会科学院からのレスポンスがハッキリしないとのこと…。当たり前である。中国のような国においては、たとえその団体にどのような名前が付いていたとしても、たとえそれが仏教寺院やキリスト教会であったとしても、すべての組織と人民は「共産党の指導下に置かれる」のであるから、中国社会科学院傘下の学者先生たちが「なんとか学術的に価値のある会議にしたい」と思ってプログラムを組んだとしても、上がってきた書類を審査する共産党の機関が「なんだこれは…?」ということになったら、即、頓挫するのである。欧米型の民主主義の手続き(参加者の合議制)に慣れている者からすれば、「なんでこれぐらいのことサッサと決められない…?」と思うが、それは、全体主義国家というシステムを知らないということであり、敷衍すれば、中国なんかで開催しようというアイデアそのものが間違っている。

G20諸宗教対話サミット開会前夜の食事会
G20諸宗教対話サミット開会前夜の食事会

 とにかく、そういう経緯で、これまでのG8宗教指導者サミットやG20諸宗教対話サミットとは、まったく異なる類型の国際会議が中国主導で開催されることになり、しかも、開催日程まで、当初の8月29日の歓迎晩餐会に始まり31日までというものから、中国側の都合で「会議名にG20を入れてはならない」、開催期日は「8月31日から9月1日まで」と変更させられてしまった。事実、一般的な国際会議であれば、開会式前晩の歓迎晩餐会には、ホスト側(今回なら中国側)の主立った人々が顔を出してサービスするのに、今回は、8月31日の朝になるまで、中国人は誰一人顔を出さずに、参加者が全員、指定の同じホテルに泊まっているのに、前日までは、それぞれ宛にメイルでスケジュール変更等が報されてくる始末であった。

▼30年ぶりの北京

 世界中の国々で、21世紀に入ってからの15年間で最も発展した国はどこか? と尋ねると、誰もが「中国である」と答えるであろう。特に1990年代から「失われた20年」と言われた社会が沈滞していた日本に住むわれわれから見れば、中国の発展は目を見張るばかりである。実は、しょっちゅう海外を訪れている私であるが、北京を訪れたのは、これまで3回しかない。しかも、北京の街に二・三日留まったことがあるのは、今から30年前の1986年に、当時、全国政治協商会議副主席であった趙樸初中国佛教協会会長の招きで、大恩師親先生のお伴として訪問した時以外の二回は、1990年代の初めにモンゴルへいくために北京の鉄道駅(1991年)と空港(1994年)で乗り換えるために北京にストップオーバーしただけであり、実質的に北京の街を見るのは実に30年ぶりのことである。

当時(1986年)は、北京首都空港から北京市内までの道中も、道路側面にはガードレール代わりにポプラの並木が植えられた対面交通の地道を、荷駄をロバに曳かせた大八車がノンビリと行き交うのを除けながら、政府差し回しの車でぶっ飛ばして行った記憶が残っていたが、「これが同じ場所か?」と見紛うほど、周囲の景色は一変し、首都空港から北京市内までは、ずっと自走車専用の六車線の高速道路が走り、道路の両脇にはずっと高層のアパート群が林立していた。その道路も、北京市内に入ると十車線とさらに立派な幹線道路となって、目を剥くようなデザインの超高層ビルが林立していた。しかしながら、30年前には、地道にも関わらずわずか一時間で到着することができた空港から北京市内までが、全線高速道路化されているのに約二時間もかかってしまった。何故なら、30年前は道路には、オンボロのトラックかバスばかりで、ほとんど乗用車が走っていなかったのに、今回は、六車線の高速道路にビッシリと乗用車が渋滞していたからである。しかも、どの車も、ベンツやBMWやアウディといったドイツ製の高級車や、日本車でもレクサスといった高級車ばかりで、おそらく道路を埋め尽くしている乗用車の平均価格は800万から1000万円ぐらいであろう。因みに、日本の場合、公共交通のバスや業務用のトラックを除く乗用車部門では、道行く車の平均価格は、軽自動車の割合が高いので、おそらく150万から200万円ぐらいであろう。もちろん、かつては、交差点の信号代わる度に数百台が渡ってきた自転車なんか一台も見なかった。

ただし、超高層ビルや高級車がいくら立派になっても、中国人の素養が良くなったかというと、そうではないことは、ここ数年、日本に大量に押し寄せてくる「爆買い」の中国人観光客のマナーを見てもお判りであろう。あれはまだ「海外旅行中」ということで、ある程度の制動がかかっているが、中国国内にいる中国人のビヘイビアというのは、相変わらずである。一流ホテルの廊下でもエレベータ内でも、携帯電話で大声で喋っている人も居れば、超高層ビルの林立する金融街でも、暑いからといってシャツを胸までめくり上げてお腹を出しながら歩いている人も居る。なかでも、最も驚いたのが、辺境部の木賃宿ならいざ知らず、館内に世界のレストランが十箇所はあろうかという首都北京の一流ホテルにおいても、フロント係の数人を除けば、レストランのウエイトレスどころかマネージャも、玄関ホールのコンシェルジェも全然、英語が通じないのが驚きである。確かに食事は美味しいのであるが、注文するだけで1時間はゆうにかかる…。

日本人だってお世辞にも「英語能力が高い」とは言えないが、一流ホテルの高級レストランのお客が英語しか話せなければ、ウエイトレスその他の係員はなんとか相手の言っていることを理解しようと、片言の英語でも話そうとする。ところが、中国人の場合、こちらの注文の意味が解らなければ、ウエイトレスたちが集まってきて嗤う。その癖、全員が音声認識翻訳機能付きのスマホを持っていて、お客の口先に突き出して「ここに向かって喋れ!」という態度である。逆に、ウエイトレスも、このツールに向かって喋るのであるが、出てくる音声が英語ではなくフランス語である…。とにかく、お客の要望に応えてサービスを提供しようという気持ちが微塵もない。逆に、自動翻訳機という文明に利器があるので、ホテルで働いているにもかかわらず、なんと外国語――すなわち、相手が何を言おうとしているのか――を理解しようという気持ちがなく、「ここは中国なのだから、飯が食いたきゃお前たちが中国のルールに合わせろ」という態度であるのが気になった。

▼中華思想の片鱗を見る

 このような受け入れ事務局側の事前の姿勢やホテルの従業員や一般客の態度から、われわれ海外からの参加者約20人は、すでに会議が始まる前に、中国という社会がどのような問題を抱えているかを実地体験する機会に十分恵まれた。8月28日の夜にチェックインした私の部屋に、やけに流暢な英語を話す人から内線電話がかかってきた。同じ会議に参加するイスラエルのシンクタンクの法学者マオズ・アッシャー教授からであった。ユダヤ教徒の安息日(註:乗り物を使った移動はおろか、電気で動く一切の利器を用いてはならない日が週に一度ある)の関係で、一足先に北京入りしていたアッシャー教授も私と同じようなことを感じていたようである。「とにかく、翌29日は一緒に行動して、いろんなことを体験しよう」ということになった。

米国や中東からの参加者に紫禁城の解説をする三宅善信総長
米国や中東からの参加者に紫禁城の解説をする三宅善信総長

アッシャー教授といろんな文物に触れた後、ホテルのロビーに戻ると、この10年ほどの間、毎年、世界のどこかで二・三回は会う(同じ会議に出席する)ワシントンDCのジョージタウン大学のシンクタンクの上級研究員であるキャサリン・マーシャル教授がちょうどチェックインするところであった。マーシャル教授は、以前、「開発と宗教」の関係について、世界銀行総裁の顧問を務めていた人物で、私が理事長を務める神道国際学会の関連団体の理事も務めてくださっている。そうこうする内に、昨年のイスタンブールでのG20諸宗教対話サミットで顔馴染みとなった各国からの参加者数名が次々とやってきた。「一緒に晩飯でも…」ということになったので、一足先にこのホテルに投宿している私に意見を聞かれたので、「どのレストランもとても美味しいけれど、英語が通じないから注文するのが一苦労ですよ」と答えたが、最初は、ネイティブな英語を話す欧米からの参加者の皆さんは、「お前(善信)の英語の発音が悪いから通じないのだろう」と内心思われたと思う。

しかし、実際にレストランに行ってみると、彼らの英語が、前日私が試みた以上に通じなかったので、皆さん、頭を抱えていた。『文明間の対話と全人類のための運命共同体』という今回の大会テーマを、実地体験する良い機会になったと思う。中国側の主張が全面棄却された先頃の「南シナ海の埋め立て問題」に対する国際海洋法条約に基づく国際常設裁判所の判決に対して「紙くず同然」と言ってこれを反故にしたり、二千年以上も前から、北方の「蛮族」が侵入するのを防ぐために、何千キロにもわたって山々の稜線に沿って高くて分厚い「万里の長城」を築いて、「文明社会たる中華」と「野蛮な周辺諸民族」を物理的に分断しようとしてきた中国人たちにとって、今回の諸宗教対話サミットのテーマは、皮肉と言えばこれ以上の皮肉はない。だから、共産党政権がこのような国際会議を中国で開催することになるのは、当然である。本来なら、顔を見せてわれわれのケアをすべき受け入れ団体の中国社会科学院の人々が、この時点でさえ、一人も顔を見せなかったことは、かえって海外からの参加者たちが事前に話し合い、いろいろな案件について意見を交換し合う良い機会になった。「歓迎晩餐会」も、海外からの参加者だけで寂しく催したが、その分、形式的な「偉いさんの挨拶」とかもなく、和気藹々と話が盛り上がった。

▼文明間の対話が必要なのは、むしろ中国人のほう

31日朝、われわれが宿泊しているホテル内の指定された部屋に行ってみると、今回のサミットのバナーで綺麗に飾り付けらて、たくさんのカメラが並び、同時通訳設備の完備された会場が用意されており、準備の現地スタッフたちが忙しそうに動き回っていた。そうこうしていると、今回の主催者のひとりコール・デュルハム米国ブリガムヤング大学教授が私のもとを訪れ、「三宅先生の発表は飛行機の帰国便の都合で午前中に予定していたのに、勝手に中国側が順番を入れ替えて、午後一番になってしまった。申し訳ない」と、自らも、今朝、会場で配布された会議資料を見て驚いた様子で、恐縮しておられた。私も、少しむかついたので、「発表せずに帰る!」と言おうと思ったが、それではデュルハム教授があまりにも気の毒なので、昨年、イスタンブールでのG20で顔見知りとなった中国人教授に対して、「午後一番のプログラムの開始時間を15分間早めて、私のプレゼンテーションが済み次第、私を責任もって空港まで送ってくれ」と強く言ったら、これを受けてくれたので、そうすることにした。ただし、北京市内から空港までの高速道路が渋滞したらパーの一か八かの賭けである。

G20諸宗教対話サミット全体セッションで発言する三宅善信総長
G20諸宗教対話サミット全体セッションで発言する三宅善信総長

そうこうする内に、G20宗教教対話サミット2016が始まった。最初に、中国と海外からの参加者の紹介に続き、卓新平中国社会科学院世界宗教研究所長とコール・デュルハム教授が主催者として歓迎の挨拶を行った。ここでいったんこの会議場から出て、ホテルの立派なビルの玄関先で記念撮影があり、また、会議場へと戻り、卓新平所長が『人類運命共同体と宗教的価値』と題して、キャサリン・マーシャル米国ジョージタウン大学上級研究員が『異文化間・諸宗教間の関わり合い:人間の安全と開発を強化することへの道程』と題して、?筱?中国社会科学院世界宗教研究所副所長が『インターネット宗教と人間の運命共同体』と題して、ニュージーランドのウエリントン大学のポール・モリス教授が『文明対話における宗教の役割とは何か』と題して、それぞれが基調講演を行った。全体会合の討論セッションにおいては、日本から唯一招待された私が、東西両文明の歴史に造詣の深い核心を突いたコメントで実質的な討議の幕を開けた。

 昼食後は、「宗教と諸文明間の対話」と「宗教と全人類ための運命共同体」という二つのサブセッションが同時進行で始まり、それぞれ数名の発表者が順次発表を行い、参加者からの質疑に応答するという形式で夕方までそれぞれの発表を行った。午後の最初のセッションでは、長年諸宗教対話の世界に身を置いてきた私のプレゼンから始まり、二〇〇六年にドイツで開催されたG8宗教指導者サミット以来、日本、イタリア、カナダ、フランス、米国、それから、G20に拡大した昨年のトルコでの諸宗教サミットと、私が中心的に運営にかかわってきたこの会議の伝統を踏まえた上で、今日の世界が抱える問題について示唆に富んだプレゼン行い、9月1日に仕えられる大恩師親先生十七年祭の祭主の御用を奉仕するため、会議を中座して、北京首都空港へと向かうタクシーに飛び乗った。チップを多めにはずむと、運転手は快くハイウエイをぶっ飛ばしてくれたので、なんとか関空行きの便に間に合った。

G20諸宗教対話サミット分科会で発表する三宅善信総長
G20諸宗教対話サミット分科会で発表する三宅善信総長

帰国後、フル日程で参加した人のサイトを見ると、9月1日は、朝8時半から、「G20諸宗教グループ」と「インターネット宗教と地球統治」というテーマでサブセッションを行い、前日同様それぞれが発表と討論を行われた。午後からは、それぞれのサブセッションからの報告が行われ、全体討議が行われた。中でも、北京師範大学のとある教授から「インターネットへの自由なアクセスが制限されている中国の現状こそが問題である」という中国共産党独裁政権にとって「都合の悪い事実」も指摘され、それなりのインパクトがあった。ホテル内でのインターネットの接続速度はとても快適でサクサクとメイルを送受信できたり、いろんなサイトを閲覧することができたが、例えば「天安門事件」とか「国際常設裁判所」とかといった共産党政権にとって都合の悪い言葉を検索すると、とたんに回線が切断されるという中国の暗部も自分自身で体験することができた。                 

(おわり)




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