四天王寺奥田管長講演録




第33回IARF世界大会 関西地区事前学習会


『インドにおける非暴力思想の歴史と現在』

和宗総本山四天王寺 第百十一世管長
                    奥田聖應


奥田聖應
四天王寺管長

IARF日本連絡協議会では、世界大会が開催される年には、関西と関東に分かれて、世界大会に参加する人々を対象に、大会開催国の歴史・文化・社会・宗教事情等に精通した研究者を招いて話を伺い、世界大会参加をより有意義なものにしてきた。今回は、泉尾教会はもとより、立正佼成会・椿大神社・一燈園・むつみ会・日吉神社から大会参加予定者約50名が集まり、わが国におけるジャイナ教研究の第一人者であられる奥田聖應和宗総本山四天王寺第百十一世管長をお迎えし、『インドにおける非暴力思想の歴史と現在』という講題で、ご講演をいただいた。本サイトでは、その内容を数回に分けて掲載する。


▼手術で世界大会に参加できず

錚々たる方々の前で、お話しさせていただきますことを大変光栄に存じております。去年の4月1日をもちまして総本山四天王寺の管長に就任いたしましたが、お寺勤めが非常に短かった(註:その1年前までは四天王寺大学の学長)ため、管長として覚えなければならないことが山ほどあり、ほとんど1年間こちらにエネルギーを費やしておりました。そのため、専門であるジャイナ教の研究は、昨年も学会で発表は行ったものの、思うように時間が取れず、今日も事前に資料を見直した次第であります。

本日は『インドにおける非暴力思想の歴史と現在』という講題を頂戴しましたが、非暴力についてだけで1時間語るだけのものを持っておりません。また、本日お集まりの方々の中には、インドへよく足を運ばれている方も居られると思いますので、日本人には馴染みのないジャイナ教についてもある程度知っておいていただくと、今度インドへ行かれて現地の方と話す際に役立つかと思いますので、そういった一般的なお話も交えてお話ししようと思います。「非暴力」については、日本では知られていない私の意見もご紹介させていただこうと思っております。


奥田管長の講演に耳を傾ける世界大会参加予定者

今回、三宅善信先生から、9月4日からインドで開催されるIARF第33回世界大会に錚々たる方々が参加される中、私が日本の宗教界を代表して基調講演をするように要請されましたが、お受けすることができませんでした。実を申しますと、私は本当に参加させていただきたいと思い、四天王寺の内局も「インドで開催される大会での依頼ですから、管長もぜひご参加ください」と言ってくれたのですが、三宅先生には5月になるまで出欠のお返事することが叶いませんでした。と申しますのも、実は、管長に就任した直後の昨年の4月から5月にかけて、四天王寺で授戒会がございまして、連日150〜180人ぐらいの授戒(註:仏弟子になること)を終えられた信者の方々に、記念品のお袈裟を差し上げる機会があったのですが、どうも私は、その都度ひとり一人に頭を丁寧に下げ過ぎたようで、頸椎の神経が圧迫され、具合が悪くなってしまいました。

そこで、頸椎あるいは腰椎の治療においては、日本で第一人者と言われている和歌山県立医科大学病院の吉田宗人先生に診ていただきました。検査の際、服用が禁じられている薬がいくつかあるそうなのですが、4月頃は私もそんなことも知らずにその薬を服用していたため、5月13日まで検査が延びました。4月の終わり頃に三宅先生からも「以前にお伺いしたインド大会の件は、如何でしょうか?」とお問い合わせを手紙で頂戴していたのですが、そういった事情でお返事ができないままになっておりました。申し訳ございません。そして、やっと5月13日に検査を行い「手術を行うほうが良い」ということになったのですが、何しろこの分野における日本一のお医者様ですから、1年先まで手術を希望する方々が順番を待っているような状態でした。ですから、いつ手術の予定を入れていただけるか判りません。仮に9月に手術の予定が入ったとしても、「インドへ行くから」と一度お断りすると、次に順番が回ってくるのはいつになるか判らない訳です。そういう訳で、非常に残念ではありますが、「今大会への参加は断念いたします」とお伝えしました。

すると、三宅先生から「5月26日に行われる大会参加者の事前学習会で、是非インドのお話をしていただけないでしょうか?」と申し出がありました。私としましても、申し訳ない気持ちがございましたので、今回の講師をお引き受けした次第です。この手術に関しては、現在どういった手術を行うのが良いかご検討くださっており、病院から5月末にお知らせをいただくことになっております。運が良ければ、内視鏡で行う手術になり、1週間ほどで退院できるのですが、オーソドックスな手術になりますと、退院までひと月はかかると言われております。私としては内視鏡での手術を願っておりますが、どうなることやら判りません。次回は、7月1日に麻酔科の先生がいろいろ調べてくださることになっており、最終的に手術は7月23日に行われることになりました。


▼実際にインドへ行ってみて

私はインドへ三度行ったことがあるのですが、これは学問的な関心からでした。一度目は、先ほどご紹介いただきましたように、東京大学の大学院まで終えて、それに続いて西ドイツの官費留学生としてハンブルグ大学で学ぶ機会を得た(博士号を取得した)ので、一応「学問が成った」ものですから、その際に、お世話になった教授を通じてドイツ政府へ交渉していただき、「ルフトハンザ航空便を使う」という条件が付いたものの、日本への帰路、3週間ほどインド各地とバンコクを見学する機会を得たのが最初です。二度目は、霊友会の旅行部門の方が、われわれの先生を団長にした企画に同行させていただき、インド各地の仏跡を見て回らせていただきました。三度目は、大正大学が中心になって企画されたのですが、私は講師役をあてがわれた関係から大正大学に連れて行っていただきました。

今から40年ほど前の話ですから、現在のインドとは異なる点もあるかと思いますので、当時の話として聞いていただけると有り難いのですが…。私は、(ドイツ留学の)記念として、モンブランのボールペンを購入したのですが、ボンベイ(現在のムンバイ)の税関を通過する際、係官が「自分のボールペンが書けなくなったので、そのペンを貸してほしい」と言ってきました。その時、私は記念に購入したモンブランを貸したのですが、こちらも貸したことをすっかり忘れてしまい、そのまま税関を通過してしまいましたが、もちろん、そのボールペンは戻ってきませんでした。係官ははじめからそのつもりだったのでしょう。皆様もそういうことが起こるかもしれませんので、何かを「貸してくれ」と頼まれた際には、ご注意いただければと思います。

また、今はあまり居ないと思いますが、当時のボンベイには物乞いがたくさん居りました。その時宿泊していたホテルが有名なホテルだったため、ホテルから出てくる人間は、皆お金持ちだと思っていたんでしょう。ホテルから一歩出ると、皆、しつこくついてきます。そのままではどうしようもないため、いくばくかのお金を空へ放り上げて逃げたこともありました。よく聞いたのは、靴にクリームをかけられ「靴を拭いてやる」と靴を拭かれてそちらに気を取られている間に、別の子供がポケットから財布をスッてしまうケースもありました。私もクリームをかけられましたが、「お前がかけたのだから、きれいに拭け」とタダで拭かせました。当時は私も若かったから、勇気がありますね。今だったらやらないでしょうが…。

それから「生水は飲んではいけない」と言われてますから、私もずいぶん気を付けてはいたんですが、歯を磨いた時に口中を漱(すす)いで吐き出しただけの水にバイ菌が入っていたのか、翌日、大変な嘔吐と下痢に見舞われたことがありました。あまりの酷さに、お医者様のところ(病院)へ行く手前のホテルで力尽き、そこへお医者様を呼んでもらったこともありました。インドで強烈な下痢に見舞われますと、日本の下痢止め程度の薬では効きません。私は四天王寺大学で長年管理職をやっておりましたが、当時、アラビア語科の女子学生が、アラビア留学中に下痢にやられて緊急帰国しましたが、日本の薬では効かず、結局死んでしまいました。私のドイツの先生も、セイロンで蚊か何かに噛まれた後にドイツへ帰国したのですが、同じように薬が効かず、死んでしまいました。やはり、現地で発症した病気は、(先進国では副作用がきつすぎて絶対に認可されないような)その国の強烈な治療薬でないと治らないんでしょうね…。因みに、先ほどお話した私の症状は、注射を打ってもらって30分もするとスーッと回復していきました。ですので、私自身、インドには良い思い出もあるけれども苦しい思い出もいっぱいであります。


▼海外旅行へ行くなら目的を持って

私が、オーストリアとドイツと共同研究をしていた時に、向こうの代表者の方がヨーロッパ一の経済大国であるドイツの社会福祉の調子が悪くなった理由として「ドイツ人があまりに海外旅行をし過ぎたからだ」とおっしゃってました。「せっかく貿易で儲けたお金が海外に落ちるばかりで、自国に落ちないから、あまり海外旅行に行き過ぎるのは良くない」と言われるんです。

しかし、その同じドイツ人が、日本の大蔵官僚に対しては「あまり外貨を貯め込みすぎるとアメリカから睨(にら)まれるから、あなた方(日本人)は、どんどん海外へ旅行して散財しなさい」と勧めていました。

私の経験では、どういった分野でも良いのですが、日本で常に模索しているがどうしても解決しない物事を抱えている時に海外へ旅行しますと、まるで、キリスト教で言うところの啓示のように、降って湧いたかのように智恵が降りてくることがあります。ですから、日頃から物事をよく考えている人にとって海外旅行は良いことだと思いますが、何も考えずにただ観光名所を見に行ったり、ショッピングにだけ行くのは、確かに楽しいかもしれませんが、それだけの話ですよね。やはり、これからは日本人の方もせっかく海外に行かれるのであれば、何か勉強する目的のはっきりしている旅―例えば、「学校制度」や「病院」や「介護」といったテーマを決めて徹底的に見に行くといったように―をされたら有意義な旅になるのではないかと思います。

今度、私は製本業界の方々にお話をする機会があるんですが、「自分の子供たちに経営者としての成功を願って説教してほしい」と頼まれております。私は彼らに「一度海外に行くべきだ」と話そうと思うんですが、「その際は、ぜひ製本を経営する会社や書店を回って、製本の技法などを学んで来ると良い」と言おうと思います。今回、皆さまがインドへテーマを持って行かれることは、大変結構なことだと思いますので、ぜひ、健康に留意されてお帰りになるようお願いしたいと思います。


▼ジャイナ教の仏像は胸毛がポイント

では、本題に入らせていただきます。資料の@と書かれたページをご覧ください。左端に書かれたシャトゥルンジャヤは、インド西北部に位置する大寺院がある場所です。そこに祀られているティルタンカラ(Tirthankara仏教でいうところの覚者)で、ジャイナ教の祖師になります。衣を身に付け、宝石で飾られています。次のマスーラというところは、デリーの近くにあるのですが、ここではこういった裸の仏像があります。ジャイナ教は、北インドには白衣(びゃくえ)派、南インドには裸形派、あるいは空衣(くうえ)派という宗派がございます。今度行かれるところ(ケララ州のコーチ)とほぼ同じ緯度で北へ300キロほど行ったところに、シュラヴァナ・ベルゴーラという所がありますが、これがそこにある空衣派が描く覚者の姿です。胸のところに印(しるし)のようなものがあるでしょう? 

ジャイナ教の仏像には必ずここに印が付いています。これは何を表してるかといいますと、胸毛なんですね。日本人男性はさほど胸毛がなく、どちらかというと胸毛の濃い男性は女性から敬遠されますが、インドでは「胸毛のない男は信用するな」という諺があるぐらい、胸毛の濃い男性が一般的です。しかし、だからといって仏像に胸毛を付け加えると、あまりに生々しいため、そのままは描かないんです。3ページをご覧ください。一番目に牛の絵が描かれていますが、胸毛のところに牛の絵が描かれた仏像を見つけられたら、それは「第一層の仏像」ということです。覚者は全部で24人居り、24番目(教祖のマハーヴィーラ)の印は獅子です。ジャイナ教の仏像には、必ずこの印が付いています。

1ページに戻っていただき、一番左端の写真をご覧ください。足下に人間が立っていることから想像していただいても、この仏像がかなりの大きさであることがお判りいただけると思います。この写真を見ていて思い出しましたが、小高い岩山の麓にあるお寺なんですが、強い日光の下で一枚岩でできた山を登る際、(われわれの体力を考えて)お寺の傍で待っている駕籠かきを雇いました。今ほどではありませんが、当時でも何人か駕籠かきを雇うぐらいの余裕はありました。しかし、何処の国でも自国の国民が虐(しいた)げられる様を見るのは嫌なものなんでしょう。そこへ同じように登ってきたインド人の金持ちと喧嘩になりましてね。彼らは「お前らは、駕籠から降りろ!」と言いがかりを付けてくるんですが、私は「もし、われわれが乗ってやらなかったら彼らも生活していけないやないか!」と言い返し、そのまま乗っていきましたが、中には裏切り者??同行の女子学生たちですが??が出てきまして、インド人の金持ち側に与(くみ)して「可哀想だから、駕籠から降りてください」と言う…。金持ちの国民が楽なことをしていると嫌がられるんですね。金持ちで、日本と同じ島国、新しい考えを好む傾向があるアメリカ人も嫌われる傾向にありますが、どの国でも、社会変革によってその社会の伝統的な価値観にゆらぎが生じると、その原因を「アメリカナイズされたからだ」と言う人が居ます。


▼ジャイナ教の宇宙観

1ページ左端の写真に戻りますと、左腕に蔦が巻き付いているのがお判りいただけると思います。これは「それだけジャイナ教の覚者は、一歩も動かず、腕に蔦が巻き付くほど苦行を行い、修行をしている」ということの表現です。皆さまも現地でこのような仏像を見かけられたら、そういう意味があることを思い出していただければと思います。次に、2ページ目を開けてください。皆さまもジャイナ教の寺院を訪れる機会がございましたら、このような曼荼羅が掲げてあると思いますので、ぜひ探してみてください。左側は女性の絵ですが、女性の首から腰の部分が、天国を表しています。そして、腰の真ん中のところに円が描かれていますが、これが地上の世界。昔のインド人の宇宙観ですね。そして、腰の辺りから下が地獄を表しています。

右の正方形の図は、左側の女性の腰に描かれた円を拡大したものです(註:古代インドの宇宙観では、世界の中心に聳え立つ須弥山(シュメール山)を取り囲んで4つの大陸が存在すると信じられていた。その南の大陸ジャムドヴィパ(Jambudvipa)は逆三角形の形をしており、実際のインド亜大陸に相当する)。ジャムドヴィパとは、「フトモモの木が生えている島」という意味ですが、漢訳仏典では「贍部洲(せんぶしゅう)」あるいは「閻浮提(えんぶだい)」と呼ばれています。この言葉は、仏教関係の方は、皆ご存知だと思いますが…。それを取り囲んでいるのが塩海(えんかい)です。その周りをミルクの海やバターの海など8つの海が取り囲んでいますが、ここで重要なのは一番だけなんです。一番すなわちジャムドヴィパ(贍部洲あるいは閻浮提)というところは、インドを中心とした地球を表している訳です。その次に、また1から7までございますが、一番目のバラタ・クシェトラ(Bharata-kshetra)は、Bharata(インド)、kshetra(国土)で、インド国を表します。その北側には、ヒマラヤ山脈があり、その向こうには…と、南のほうから北側へ向かって順番に描かれています。これが、この「地上の世界」を表しています。

次が「地下世界」です。地下世界とは「地表から1,000ヨージャナ(由旬)に始まる」とありますが、この1ヨージャナは約7キロメートルですから、地表から約7,000キロ下になります。この地下世界は7層からなり、仏教ですと「八大地獄」などと申しますから8つの層からなっていますが、ジャイナ教は7層です。仏教にせよ、ジャイナ教にせよ、ヒンズーの宇宙観を少々変えておりますが、モノ真似ですね。一番上にある地下世界ラトゥナ・プラバ(Ratna-prabha)は、「宝石の輝きのある世界」です。その下のシャルカラ・プラバは、「玉砂利の輝き」―だんだん暗くなってゆきます―、これに「砂の輝き」、「泥の輝き」、「煙の輝き」、「暗い輝き」、「真っ暗な輝き」と続きます。地獄とは、1から7のすべてですが、上の層に行けば行くほど、階層が細かく分かれています。一番上の層は13階からなっており、300万の地獄がある。次は11階で250万、下へ行くに連れてどんどん減っていき、一番下は1階で5つの地獄からなります。

地獄について申し上げますと「地獄の生きものは…」という表現は適切ではありません。地獄での生きものは「地獄衆生(じごくしゅじょう)」と呼ばれます。これは超自然的なあり方で、適当な言葉を挙げますと、仏教では化生(けしょう)と呼びます。仏教の生物分類上では、一番単純なもので、生まれ方に関してはお化けのようにポンと出てくる「化生」、鳥や蛇のような「卵生」、胎から生まれてくる―人間もこれに含まれますが―「胎生」、ジャイナ教でしたらこれに「湿生」という、ジメジメしたところから生まれてくるカビのようなものも含まれます。ジャイナ教も仏教もヒンズー教も、少しずつ表現が異なりますが、4つの生まれ方を描いている点は共通しています。
           

▼日本の大学制度の悪い点

私は学生時代が長く(註:奥田師は東京大学、同大学院、ハンブルグ大学博士課程で学究された)、昭和三十六年に大学を卒業しましたが、当時はコピー機やパソコンどころか、テキストとなる日本語で出版された本すら殆どない時代ですから、学生は、先生の話されていることをとにかくノートに書き取りました。私もひたすら教授の話されることを書き取りましたが、それは“完全”に近いもので、そのまま本になるほどよく出来ていました。速記と同じぐらいのスピードで書けたのです。

しかし、このやり方には、欠点がふたつあります。今はそれなりのテキストがありますから、教授が話されることを何から何まで書き取る必要はありませんが、私のようなやり方では、批判的に教えを聞く時間的余裕がありませんので、自然と批判精神が発揮できないのです。小・中・高校とは異なり、大学は、先生の言っておられることを鵜呑みにするのではなく、先生の考えに間違いがないか等、批判精神を持たなければなりませんが、私のやり方ではそれが失せてしまうのです。ふたつめは、言い訳がましいようですが、早く書くことが習慣になりますと、自然と字は汚くなります。速記しようと思うと、例えば「影響」といった画数の多い字など書いておれませんから、「inf.」(英語のinfluenceの略)とアルファベットの3字だけで書いたりすることになることから分かるように、丁寧に書くという気持ちが失われるのです。

本日お集まりの先生方の中には、大学の先生もいらっしゃることと思いますが、日本の大学制度は良くありません。私がジャイナ教研究の先鞭をつけて、現在、日本にはジャイナ教の専門家とジャイナ教に関心を寄せる人が合わせて数十名おられます。その内、常時活躍している専門家は6、7名です。何故、そういうことになるかと申しますと、現在の日本の大学制度では、例えば、いったんA大学に入ると最後までそこに居なければなりません。たとえ、よその大学に、教えを請うのに相応しい専門家が居たとしても行けません。これは日本の大学制度の悪いところです。次のことをあまり言うと嫌われるんですが、私が大学制度として一番良いと思うのは、ドイツの大学制度です。アメリカの一流大学といわれるハーバード、ジョンズ・ホプキンス、イエールといった研究中心の大学は、ドイツへ留学していた人が創った大学なのです。アメリカの大学は、イギリスにおけるジェントルマンのような人たちを養成するためにイギリス的大学が創られたり、良きアメリカ市民を育成するために作られた大学等多数ありますが、しかし、高く評価されているのは、やはり研究中心の大学なのです。

さらにドイツの大学の良いところは、大学間の差がないところです。悲しいけれども、日本の大学には大きな格差があり「東京大学が一番だ」とか、あるいは「京都大学のほうが良い」とか言われます。東京大学と京都大学の違いは何かと申しますと、京都大学は「アンチ東大」が建学の精神なのです。留学先にしましても、東京大学ではドイツが好まれましたが、京都大学はフランスへの留学を勧める傾向があります。そういった違いがあるにせよ、これら2つの大学が日本の大学の頂点に立っているのは間違いありません。困ったことに両大学を始め、他の大学も制度的に排他的で、特に自分の大学の学生が他大学にも学ぶことを歓迎しないのです。こうなると、専門家のいない分野の研究は、行(おこな)ってもそれは独学になって正しい研究が行われているとは言えないのです。所属する大学に同じ専門の方が居ない場合、外国に留学するしか新しい研究を正しく行う方法がありません。

ところで学問は、どのような分野でも5年経てば古くなります。先だって発売された週刊新潮を是非読んでいただきたいと思いますが、そこにはそういったことを東京大学の日本史の准教授の方が例を挙げながらお書きになっています。中学や高校の歴史の教科書も5年に一度書きかえられるそうです。どのような学説も5年もすれば古くなるとは、どの分野においても言えることのようです。

例えば、ジャイナ教の開祖の誕生がいつなのか今なお判りません。お釈迦さんの生まれられた年と亡くなられた年も、少なく見積もっても5説あるのです。定説はまだ確立されていません。日本のインド哲学者で宇井伯寿という偉大な学者が居られました。中村元先生の先生です。中村元先生は、アショーカ王の即位年から逆算(註:80歳で釈迦が入滅してからアショーカ王が即位するまでの間に五代の王が居たことを積算)して、お釈迦さんの誕生年(BC463〜383年)を算出されました。宇井先生も方法は同じですが、宇井先生の頃にはアショーカ王の即位は3年早く見られていたのです。このように学説はどんどん変わっていきますが、日本ではそのスピードが遅いのです。それは大学を自由に移れない大学制度に根拠があるのです。恩師と同じ大学に在学したままとか同じ同窓の身のままで恩師の学説に異を唱えるのは容易ではありません。ところがドイツでは大学を移る自由が保証されており、恩師のいじめから身を守れますし、授業料が無料であるのでたとえ在学期間が少し長くなるようなことがあっても経済的負担はほとんどないので、自由な研究と発表が可能であるから、学問の進歩が、より早いということになります。


▼地獄とはどんなところ?

さて、先ほどの「地獄の話」の続きに戻りましょう。本日は「天国の話」まで行きたかったのですが、もう時間が十分ありませんので、それは四天王寺の講演会ですることにしますので、その時は是非お越しください。地獄の衆生も天国の神々も、生まれ方は同じで、いわゆる「化生(けしょう)」します。生まれ先の壁穴から生まれ落ちるのが「化生」です。私たちは大抵悪いことをしていますから、死後、地獄で罪滅ぼしをしなければなりません。それがきれいに終わった後に死んでいく訳ですが、例えば「盲腸で死んだ」というような理由(死因)は、地獄あるいは天国の衆生が死ぬ時の理由ではありません。「業(ごう)が尽きた」ということです。

地獄の衆生、あるいは天国の神々は、一見逆説的に思われるかも知れませんが、共に、認識力や直感力を具えています。地獄の衆生は、ものを知覚する力があるばかりに、苦しみが余計増します。天国の一番レベルの高いところには、女性は居らず、男性ばかりです。ジャイナ教で申しますと、11階層の中で一番高い第11番目の天国で死んだ後に人間の世界に生まれる訳ですが、仏教やジャイナ教で言う、次世で「仏様になれるような住者のいる階層」には、女性は居りません。他の階層には居られるのですが…。

それから、地獄の衆生も天国の神々も共に、知性を高める力、自分を高める力は、どちらも持ち合わせておりません。地獄はそこで住者が苦しめられるばかり、天国は楽しいばかりで、それ故に宗教的な修行や道徳性を高める行為はできません。ですから、天国というところの住者である神々は、徳性においては低い。地獄は、深いところへ行けば行くほど、そこへ行った衆生は悪いことをしてきた人たちですから、苦しみは当然大きいのです。ジャイナ教では、「地獄は7階層ある」と申しましたが、地表から下に数えて4つ目までは非常に暑いところです。第5番目の地獄は、ある所は非常に暑く、ある所は非常に寒いのです。最下層の6〜7番目の地獄は非常に冷たいところです。これは仏教でもヒンズー教でもだいたい同じことを言っております。

地獄でのその住者の体の大きさは各地獄でバラバラですが、上(表層に近い)の地獄ほど小さく、下へ行くほど大きくなります。どのぐらいの大きさかと申しますと、最上層の地獄では、「腕尺」(肘から手首の間)の3倍の大きさです。一番下の「マハータマフ・プラバー」では「500×弓の長さ(dhanu:腕尺の4倍)」となり、大変大きいのです。そういう者が苦しめられると、われわれのような小さいものが苦しむよりも、もっと苦しみが大きいのです。寿命も同じで、一番上の地獄で最短で1万年―それでも1万年我慢しなければならない―最長では9万年です。一番下の「マハータマフ・プラバー」は大変な長さで、最短でも22サーガローパマ、最長で33サーガローパマあると言います(サーガローパマ(sa-garopama)とは10×10,000,0002×palyopamaであり、パリヨーパマ(palyopama)とは7日で再生する細毛に満ちた、直径・深さ共、1 yojana、(1マイル)の容器が、100年に一度一毛が取り出されて空になるという時間を言う)。

地獄に滞在することは、ご想像のとおり大変不快・苦痛で、とにかく五感全部が不快にして苦痛です。地獄はどんな匂いがするかというと「ペストの匂い(腐敗した死体の匂い)がする」と言います。空気は身を切るようにするどく痛く、あたりは真っ暗闇です。壁や床は汚物で覆われていて滑ります。ですから地獄の生きものは常に衝突を繰り返しています。そのような訳で、地獄にはいつも苦しみの声が反響しています。暑さや寒さ、あるいは体の熱や痒みで絶えず苦しんでおり、それを除去することはできません。そして、地獄の上3つの階層には、皆さまもご存知の阿修羅が居り、地獄衆生を虐待して苦しめるのです。特別な罪を犯した人には、特別な罰(ばち)が当たります。例えば、不貞をはたらいた夫は、燃えさかる鉄でできた女性の姿の像を抱かないといけない。肉を食べたものは、自分の肉を食べなければならない。大酒飲みは、煮えたぎるような鉛を呑むことになるのです。

そして、受けた傷がどれだけ酷いものであったとしても、地獄の生きものはそれで死ぬことができません。傷だらけのまま、自殺することもできません。何千の砕片になった体の肉片を再び集め、また苦しめられるのです。では「いつ死ねるのか?」と申しますと、先ほど申しましたように彼らが犯した業の罰をすべて受けた時に死ぬことができます。では、この地獄衆生は死んだ後、何になれるか? と言いますと、「動物または人間に生まれ変わることができる」と言われます。


▼不殺生(ア・ヒンサー)について

天国の話は非常に楽しいので、申し上げたかったのですが時間がありませんので、割愛します。最後に、今日の課題である「不殺生」について、おそらく皆さまがビックリされるような、ご存じないと思われる意見もありますので、それをご紹介したいと思います。昔は、人を殺すこと自体は、必ずしも悪ではなかったのです。自分の部族の人を殺すことは悪でしたが、部族さえ違えば、殺し合いをして、城を奪ったり国を奪ったりしていました。しかし、それは悪ではなかったのです。しかし、人間の知恵がだんだん発達してゆき「殺人はいけない」あるいは「殺生(せっしょう)をしてはいけない」ということになってきました。インドで西暦前1000年頃にできたヴェーダ(古代インドの聖典)やヒンズー教では「生きものを生贄(いけにえ)にすることによって、神様は言うことを聞いてくれる」と、山羊を殺して神に捧げます。これが仏教やジャイナ教になると「それはいけない」となりました。「不殺生」のことを「ア・ヒンサー」と言いますが、「ヒンサー」とは殺すこと・傷つけることです。

皆さまもご存知の宗教評論家のひろさちやさん―本名は増原良彦さんとおっしゃる、大阪の北野高校出身の方です―が居られますが、この方が東京大学で修士論文を提出された後に、私を含めて2、3人がマハトマ・ガンジーのア・ヒンサーについて伺うことができました。「ア・ヒンサー」は通常「非・暴力」と訳しますが、増原さんは「正しくは非暴・力である」と言われるのです。要するに「暴でない力」です。東大紛争より少し前の頃で、労働組合の力もまだ強く、学生運動が盛んな時代でしたから、その時代の影響を受けていると思います。ア・ヒンサーは、単に殺さないというだけではなく傷つけないことも意味します。増原さんのおっしゃるような「非暴であるが、力である」という解釈は、インド語的には疑問ですが、ガンジーの運動の実態や、「非暴力」という日本語から解釈するとそのような説も成り立ちそうです。ア・ヒンサーについては、ジャイナ教が一番徹底していることから、三宅善信先生は私に「非暴力について話しなさい」とおっしゃったと思います。

その他、インド人で思い出されるのは「サティー(貞淑な女性、寡婦焚死)」です。昔は、夫が亡くなると夫の遺体が焼かれている薪の上へその妻も飛び込んで後追い心中しなければなりませんでした。その風習を「蛮習」として禁止したのはインドを植民地化したイギリスですが、現在でも、「サティー」はまったく無くなった訳ではなく、たまに起こるようです。それから「カースト」ですね。少しでも自分のカーストの階層を高めようとすると、インド人が考えるところの「善い行い」(浄)をしていないといけません。浄・不浄の観念が非常に強いのです。神道にも浄・不浄の観念が存在しますが…。「サティー」という行為は最高の浄とされたのです。

「ア・ヒンサー」について語る場合、仏教では、六道輪廻の世界にあるもの(地獄・餓鬼・修羅・畜生・人間・天上)が生きものとされ、植物は入っていませんが、ジャイナ教は植物だけでなく、石・土、風・空気、水も入ります。不殺生を徹底するジャイナ教では、例えば「お米を食べて良いか?」という設問に、収穫後、3年間倉庫に入っていたお米は死んでいるから食べて良い。りんごでも蜜柑でも枝から落ちた実は死んでいるから食べて良い。他にも、お坊さんはむやみに歩いてはなりません。これは要するに、砂も石も土も全部生きているからその上を歩いてはならないというのです。では、何が死んでいる砂や石や土かというと、大勢の人が往来するところや、太陽がギラギラ照っているような道や、車が多く行き来するような地面は、既に死んでいるから歩いて行って良いのです。このように基本的には「何でも生きている」と考えるのがジャイナ教で、そのア・ヒンサーの考え方は一番徹底していると言えるようです。

時間ですので、これで本日のお話を終わらせていただきます。ご清聴有難うございました。
              
(連載おわり 文責編集部)

 

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