国際宗教同志会 平成24年度総会 記念講演
『超高齢・多死時代の医療と宗教の役割分担』

大阪大学大学院医学系研究科 准教授
石蔵文信

2月22日、神徳館国際会議場において国際宗教同志会(村山廣甫会長)の平成二十四年度総会が、各宗派教団から約50名が参加して開催された。記念講演では、高齢者の性生活の研究で著名な大阪大学大学院医学系研究科の石蔵文信准教授を招き、『超高齢・多死時代の医療と宗教の役割分担』と題する講演と質疑応答を行った。本サイトでは、この内容を数回に分けて紹介する。


石蔵文信准教授
石蔵文信准教授


▼パンツの中の健康

このような歴史のある大変立派な会に呼んでいただきまして本当に光栄に思います。今日は若い恰好をしておりますが、今年で57歳になり、孫も居りますので、皆様方とそんなに違いないかと思います。今日は、昨年末に京都で開かれたコルモス会議でお話しさせていただいたものをアレンジして、1時間程話させていただく予定です。あまり難しい話をするのもなんですし、皆様があまり聞かれたことのない話をさせていただいたほうが面白いかと思いまして、5分ほど自己紹介がてらにこの話からさせていただきます。

『パンツの中の健康』という本は、私が書かせていただいた2冊目の本なんですが、10年前にバイアグラが売り出された時に、私が「皆さんご興味があるだろう」ということで書かせていただきました。ただ今、ご丁寧に私の経歴をご紹介いただきましたように、私は大阪大学で研究をする傍らいろんなことをやっているんですが、私が一番有名な分野は、学会におけるバイアグラに関する世界的な権威としてだと思います。アメリカでは「ドクター・バイアグラ」と呼ばれるぐらいの権威でございます(会場笑い)。勃起不全の薬は現在3種類あり、(パワーポイントの映写画面を見せながら)この青いのがファイザー製薬のバイアグラで、こちらがバイエル薬品のレヴィトラ、3つめが日本新薬のシアリスです。こういう薬が何故できたかといいますと、超高齢化社会を迎えた今、必然的なお薬ではないかと思います。われわれが50、60歳で天に召されてた時代にはそういったものは要らなかったんですが、70、80歳まで生きる時代になった今、こういう薬が出てきたのは時代の流れかと思います。

皆さんがこういった薬を所望される時に、私は「性行為の1時間前に飲んでください」と言うんですが、バイアグラやレヴィトラは、だいたい4時間から5時間効果が持続します。しかし、最近売り出されたシアリスは36時間効くんです。「36時間効く!」と聞くと、皆さん頭の中で「36時間勃起が続くのではないか?」と思われるかもしれませんが、実はこの薬を飲まれても、こういう会議に出ていただいたのでは、何の効果もありません。難しい話を聞く場では、こういう薬を飲んでも何の意味もありません。こういう薬は、若い時だいたい10点ぐらいの力があったのが、齢(とし)を取ってくると5点ぐらいに落ちてくる。それにまた5点の下駄を履かすようなものですから、こういう薬をわれわれの業界用語では「性的刺激を受けていただきたい」と申しております。

パワーポイントを活用して解りやすく説明する石蔵文信准教授

バイアグラやレヴィトラは4時間から5時間しか効きませんので、1時間前に飲もうと思っても、なかなかその1時間前が判りにくい訳でございます。早すぎてもいかん、遅すぎてもいかん(会場笑い)という訳で、殿方にとってこのタイミングはなかなか難しく、せわしいと感じる訳です。しかし、このシアリスは先ほど申しましたように36時間効く。つまり、1日半の間に何かあればなんとかできるという薬です。これは欧米では「ウイークエンド・ピル(週末飲む薬)」と呼ばれ、土曜日の昼に飲んでおけば、土曜日の夜もオーケーで日曜日の夜までオーケーですから「せわしなくない」と、今かなりこれが売れております。こういった内容を満載したものが『パンツの中の健康』という本ですが、韓国語にも翻訳されて刊行されております。しかし、2年前に売り出されたにもかかわらず、韓国から印税が全然入ってこないのは如何なものか(会場笑い)と私も思っております。


▼ニトログリセリンとバイアグラ

皆様方の中には「こういう薬は心臓に悪いのでは?」と思っておられる方も多いと思います。その点に関してちょっとだけお話しさせていただきます。ここに(画像を指して)何か橙色のものがあるのがお判りいただけると思いますが、これは超音波で撮った私の心臓でございます。心臓がこの辺りにあります。この橙色に見えているのが冠動脈─心臓の周りに冠動脈は3本あります─です。ちょうど先週、天皇陛下がお受けになられたのが、この冠動脈のバイパス手術です。昔の超音波画像はボーッとしか見えませんでしたが、最近の超音波画像診断装置は性能が良いので、痛くもかゆくもなくこれだけくっきりと内臓の様子を撮ることができるんですね。ここ(画像を指して)が詰まりそうになるのが狭心症─天皇陛下のご病気です─、詰まってしまうと心筋梗塞です。こちらのグラフは、これはバイアグラを飲む前、30分後、60分後と、服用後の私の心臓の周りの血流を測りました。皆様は素人ですからこの画像だけからは判りにくいかもしれませんが、明らかに白い部分が大きくなっています。これは「心臓の血流が増えている」という証拠です。

よく勘違いされているのが、「バイアグラは心臓に悪い」という風説です。バイアグラというものは心臓の血管の血流を増やすことができる非常に良いお薬なんです。いわゆる「下の血流」も増やしますけれども、本来は、心臓の血流を増やす薬です。何故、悪いイメージが付いてしまったかと申しますと、心臓に持病のある方、特に狭心症の方はニトログリセリンという薬を持っておられます。これは発作が起きた時にすぐ舐めていただくお薬ですが─おそらく天皇陛下もそういったことがあったのだろうと思います─、舐めるとすぐに血管が拡張し、発作が収まります。そういうお薬を飲むのは良いんですが、血管が拡張するということは、しばらくの間、血圧が下がることを意味します。

ニトログリセリンはすぐに効果がなくなるため、5分以内に血圧が回復してきます。そのこと自体はあまり問題ではないんですが、もしバイアグラを飲んでいる時に、狭心症の発作が起きてニトログリセリンのような薬を服用したら、ちょっと拙(まず)いです。なぜなら、バイアグラを飲んでいることで、ニトログリセリンの作用が長く続いてしまうんです。例えば、通常ならば5分ほどで収まるところが、15分近く血圧が下がったままになる。また、通常ならば20ミリHgぐらい下がるところが30も40も下がってしまう。ですから、バイアグラを飲んでいる時にニトログリセリンを使うのはちょっと問題ですよね。

ですので、「この2つの薬は相性が悪いですから、同時に服用しないでください」という指導が、だんだんと「バイアグラを飲んだら心臓に悪いんじゃないか?」という風説になったんですけれども、私は海外の学会でずっと「大丈夫ですよ」と発表してまいりました。それが「ドクター・バイアグラ」と呼ばれる所以(ゆえん)ですけれども…(会場笑い)。私自身、自ら実験台となって飲んだ訳ですが、もともとニトログリセリンを飲まなければいけないような狭心症、心筋梗塞があられる方には、バイアグラの服用はちょっと拙いです。しかし、心臓に何も病気がない方や少々の高血圧ぐらいの方であれば、特に問題はないです。それどころか、どちらかというと、飲んでるほうが血流が増えるので、大丈夫ではないかと話をさせていただいております。この話はやりだすときりがないので、あっという間に1時間終わってしまいます。それでは何のことだか判りませんので、今日はこの話題はこれぐらいにさせていただきます。


▼「多死時代」とは何か

さて、今日の本題ですが、これから日本はものすごく多くの方が亡くなられる時代─「多死時代」─を迎えます。なぜなら、現在、65歳ぐらいの団塊の世代の方が20年経ったらおそらくその域に来るので、これから先の20年、日本では亡くなる方が思いっきり増えます。しかし、これから先、医療機関の数は減ることはあっても増えることはありませんから、医療機関で亡くなられる方の数は一定です。という訳で、今、政府は、自宅や介護施設で亡くなられる方を増やそうとしていますが、実はこの図表にある「その他」に分類される人はそういった具体的な受け入れ先を示す訳ではないんです。では、これは何かと申しますと、つまり亡くなる場所がない多死時代が始まるということです。あと20年も経てば、165万人もの方が1年間で亡くなられます。このことを踏まえて、「多死時代」という題名を付けさせていただきました。

死亡場所別、死亡者数に年次推移と将来推計

今、一番問題になっているのが、去年の段階で年間の社会保障給費が99.8兆と、とうとう100兆円になったことですが、これは日本の税収の2倍を超えております。どれが一番多いかと申しますと、少ないほうから、福祉介護、医療、そして年金の順です。医療費と年金が伸びたので、今年度は「100兆を超える」と言われてますので、消費税の増税に関しては皆さんご意見があると思いますけれども、現実的に消費税を上げないと国家予算が破綻することは間違いない状態にまで来ております。

社会保障給付費の推移

最近、『週刊現代』に「70すぎたら、がんは放っておけ」という記事が載りました。近年、癌が増えているという話はよく聞くと思いますが、癌の発症率が高まっているという訳ではありません。お齢(とし)を召している方が増えているのだから癌が増えているのは当然。別に若い方の癌が増えている訳ではございません。癌というのは老化現象の一種ですから、どうしても増えることは間違いない。「70歳を過ぎたら放っておけ(治療する意味がない)」というのはちょっと極論なんですけれども、70、80歳の癌はおとなしい癌が多く、あまり悪さをしないため、苦しみも少ない。

また、「癌だ」と告知されると、余命があとだいたい何年あるいは何カ月と判ってくるので、いろいろと準備ができます。そういう意味でも「70歳過ぎの癌は良い」という話もあります。こちらは、私が一番尊敬している中村仁一先生の『大往生したけりゃ医療とかかわるな』という著書ですが、今ものすごく売れています。読んでいただくと本当に目から鱗が落ちるような本です。京大出身の偉い先生ですが、介護施設に勤めておられて、80、90歳の癌で亡くなる姿をずっと見ていると非常に穏やかです。中村先生ご自身、「私も癌で死にたい」とおっしゃってますし、最近私もこの方の影響を受けて「私も癌で死にたい」と思っています。私も今読んでいるんですが、この本は800円ぐらいですから是非読んでいただければと思います。


▼生かす医療から死なす医療へ

さて、今まで、医療とは、治療することが医者のメインの仕事でしたが、お医者さん向けの雑誌である日経メディカルに『死なせる医療』という特集が最近出てきました。先ほどの記事もそうですが、これはつまり、これまでの「生かす医療」から「死なせる医療」へシフトしつつあるということです。この中で特筆すべきは「癌で亡くなられる方の平均年齢は癌でない場合の84歳と比べ74歳と10歳の差があること」です。こう申しますと、癌で亡くなるほうが悲惨なイメージを持たれるかもしれませんが、今では先ほど述べたような痛みの緩和ケアもありますし、余命の告知もあります。そこで、「余命半年」と判れば、家族も大事にしてくれる訳です。

「非癌」と聞くと、一見、良さそうに聞こえるかもしれませんが、非癌の方の中で最近増えているのが「認知症」です。本人は訳が分からないままに徘徊する。そこら中で糞尿を垂れる。なまじ体が達者なものだから、かえって大変なんですね。本人だけが判らなくて周りに非常に迷惑をかけてしまう。立派なおじいちゃん、優しいおばあちゃんと慕われていた方が、認知症で人格が完全に変わると、今まで非常に良い関係を育んでいた家族から「まだ生きているんか」とか「そろそろ逝ってくれへんか」と恨みを持たれるようになる訳です。介護疲れから、思わず親の首に手がいく方も居られます。こうなったら悲劇です。

それから、最近介護施設でよくある虐待問題。これも悪いこととはいえ、よく訳の分からないことを言う方が居られると、魔が差して、そういう風にしてしまうかもしれない。人格も変わってしまい、そんな死に方を迎えることが、果たして自然で良いのか…。そこまでして生かす医療とは、いったい何なのかというところがあります。癌と非癌の方の死亡年齢の10歳の差。長生きすることが本当に良いことなのかどうか? 今、われわれは問われているところだと思います。

もうひとつ大事なのが「胃瘻(いろう)」の問題です。認知症になり、だんだん弱ってきて寝たきりになりますと、せっかく、ご飯を一生懸命食べさせても吐いたり喉(のど)を詰まらせたりする。そうすると、喉に詰まったものが気管から肺のほうに行って、嚥下(えんげ)性肺炎を起こして、80歳、90歳のお年寄りが病院へ連れて行かれて、吸引して、点滴をして、なんとかいのちを長らえたら再び家へ連れて帰る。また、喉を詰まらせる。それを繰り返していると、病院の先生が「口から食べさせるのはもう無理でしょう。胃に穴を開けて(註:胸部の皮膚と胃壁に穴を穿(うが)ってチューブ留置する)そこから直接栄養物を放り込んだら早いですし、そうすれば喉を詰まらせたりするようなことはありません」と勧めてこられることがあります。胃瘻は、胸にある蓋を開けたら10秒ぐらいで栄養物を注入することができるので、介護の方も楽なんです。一生懸命座らせて食べさそうと思うと、どうしても1人30分ぐらいかかってしまいしんどいんですが、胃瘻の方ばかりだとパッパッパと入れていけば済んでしまう。

家族の方にもお医者さんはこう言うんです。「これ以上誤嚥したらね、ご本人が可哀想ですよ。胃瘻を付けなかったら、1週間か2週間で死にますよ。胃瘻を付けないと、介護施設にも受け入れてもらえませんから…」そう言われると、家族の方はこれを断ったらまるで見殺しにするかのように感じますし、この後再び自宅へ連れて帰らなければなりません。それに、実は介護施設からも「胃瘻を付けなきゃ受け入れない」と言われているので、仕方なしに胃瘻を付けさせていただくといった話も聞きます。昔は胃瘻を付けるのも大変でしたが、最近は胃カメラを飲むだけで15分程の処置で胃瘻を付けることができるようになりました。現在、日本では30万人ぐらいの方がこのPEGと呼ばれる胃瘻を付けておられるそうです。

胃瘻のジレンマ(伊藤氏による)

では、胃瘻を付けたらどうなるかと申しますと、どんどん意識がなくなるものの、ずっと栄養補給はされます。この栄養補給物質は健康に注意して配合されているものだから、心臓や肝臓や腎臓が良いので、3年から5年ぐらい寿命が延びてしまいます。という訳で、胃瘻を付けない時のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=人生の一番良い活動期)はここで終わってしまうんですが、胃瘻を付けると活動期もちょっと延びるものの、同時に嫌な時期(寝たきり期)もものすごく延びてしまうという事実を前にすると、どちらが良いと言えるのか。これは別にデータから計算した訳ではありませんが、胃瘻を付けない、つまり「口からご飯を食べられなくなった時を最期としましょう」と言えば、人は2週間以内に必ず亡くなります。だいたい平均10日ぐらいで亡くなります。

一方、胃瘻を付けた方の平均余命は、3年から4年です。胃瘻のほうがさらに平均1,000日生きると考えた場合、介護施設にそういう方がいっぱい居られると、胃瘻を付けずに平均10日で亡くなる方に対し、100倍のベッドを占領することになります。もし「口からご飯を食べられなくなった時を最期としましょう」ということを社会的に了解してもらえれば、介護施設はもっと手厚い介護ができながら、施設もそんなに作らなくて良い。「回転が速い」という言い方は悪いとしても、そうなることで、より多くの方が質の高い最期の時を迎えられる。いつ亡くなるか判らない状態の胃瘻では、介護施設がいつも満杯になりますし、お世話をするスタッフも毎日毎日顔を合わせると、いわゆる虐待問題も発生してくる。しかし、遠からず亡くなられると思うと、やはりそこには最期の看取りが一生懸命できる。人間にとって寿命の期限があることはなかなか良いことで、むしろ期限がないことは非常に辛い面があります。


▼平穏死のすすめ

そういうことで、この石飛幸三先生の『「平穏死」のすすめ』を是非とも読んでいただきたいと思います。先ほどの中村仁一先生は外科のお医者様です。外科医は今まで頑張ってきただけに最期の看取りによく問題意識を持ってもらって、この石飛幸三先生は循環器系のお医者様です。「口から食べれなくなった時に、もうそれで最期にしましょうよ」ということをおっしゃっているんですが、このことは、高齢者医療に関わる者は皆、喉まで出かかっていたんですけれど誰も言わなかった。しかし、この中村先生の著書が出版されたとたんに、急激に「その通りだ! 胃瘻を付けさせることは決して親孝行なんかじゃない。むしろ親不孝なんだ…」と世の流れが変わってきました。私も尊敬しておりまして、東京の施設まで行き、見学もさせていただきました。

皆さんも是非、こういった所へ訪れてみてください。宗教関係者の方々に失礼かもしれませんが、亡くなられた後のことはよくお分かりだと思うんですが、亡くなる直前の状態をちょっと見ていただくことも大事だと思います。胃瘻を付けられた方はどんどん体が丸くなっていき、真ん丸になってしまうんです。そうすると、亡くなってもお棺に入らないんです。そうすると、どうやってお棺に入れるかといいますと、背骨も足もボキボキと折るんです。そんなお棺の入り方って虚しいですよね。そして、病院で亡くなると最期は点滴漬けになって水膨れみたいになり、まるで溺死体みたいになってしまうんです。こうなるとご遺体が燃えにくいんです。

一方、癌で、最後に食べられなかったら、腹水も胸水も全部切れて非常に枯れた状態で亡くなるため、非常にやさしい顔で亡くなられるといいますので、死に方は非常に問題があるかと思います。中村先生は京都に、石飛先生は東京におられるので、是非、機会があったら訪ねられると良いと思います。



いのちには期限があるからこそ、人間の生き方がはっきりしてくると思います。私は、長寿よりも「楽しく生きる」こと、そして、「豊かな死」を提案しています。皆さん、「PPK」という言葉をご存知でしょうか? これは長野県でよく言われるんですが、「ピンピンコロリ」の略で、国際機関か何かの略称などではありません(会場笑い)。私は講演に出向く機会が多いのですが、七十代、八十代の方々にお話をさせていただきますと、「先生、私はPPKで死にたいです」とおっしゃる方が大半です。そういう方は「ピンピンコロリという死に方には、具体的にはどんな死に方がありますか? 私は、心筋梗塞や脳卒中、大動脈瘤破裂なんかは嫌なんですが…」とおっしゃいますが、私は「それがまさにピンピンコロリなんですよ」と申し上げています(会場笑い)。

人間というものは、健康に過ごしていますと、そう簡単には死なないんです。どこかで血管が突然詰まるか、脳に血栓が飛ぶか、動脈瘤がバーンと破裂すれば、これは突然亡くなります。私は循環器が専門ですが、例えば動脈瘤が破裂しますと一瞬にして血圧が下がりますから、たとえ、間をおかずに手術台に載せても助けられません。もし、こういう死に方をお望みになるのであれば、血圧降下剤などを飲んで健康的な生活をしてはいけません。いわゆる油もの、煙草、酒といったものを思い切り飲まないとこういう病気にはならないです(会場笑い)。皆さん、ピンピンコロリを願って、ずっと健康的な生活をされますが、それはその願望とは裏腹に、限りなく認知症へ近付く道を歩いおられるんですね。それが間違いです。

次に「高齢で気を付けること」ですが、体の衰えは当たり前です。病気のひとつもないほうがおかしいのです。しかし、糖尿病・高血圧・癌などになっても、こころの健康が保たれれば長生きすることが可能です。逆に言えば、昨今問題になっている十代、二十代の引きこもりは、体は健康なんですが、こころが大変なことになっている。例えば、癌で「余命1年」と宣告されても、シクシク泣いていたら3カ月か半年で亡くなってしまいますが、「楽しく生きられたらええわ…」と、むしろ残された時間を前向きに捉えますと、1年のはずの余命が2年、3年と延びることが臨床の現場ではかなり証明されています。ですから、お年寄りは「先生、(健康を維持するためには)何を食べたらいかんのでしょうか?」といった体の健康法をいっぱい訊(き)かれますが、私は「それよりも好きなものを食べて、こころの健康を大事にしてください」と言っています。

図表 肥満の予防と改善 8カ条
図表 肥満の予防と改善 8カ条

これは、ある会社の中で見つけた『肥満の予防と改善8カ条』なるものですが、「1、ゆっくりかんで腹八分目」、「2、不必要な間食・夜食は控える」、「3、欠食やまとめ食いをしない」、「4、いろんな食品をバランスよく」、「5、夕食は軽めに」、「6、お酒はほどほどに」、「7、適度な運動を行う」どれも皆、言われなくとも解っていることばかりです。ところが、これを毎日厳格に実行したらどうなると思われますか? ストレスになります。ところが、最後の項目が「8、 ストレスをためない」(会場笑い)。この1番から7番までの項目と、8番の間に絶対矛盾がある訳です。私は「1番から7番を実践するか、8番を実践するか、どちらかにしなさい」と言っていますが…。


▼男は戦うために生きている

図表 精神疾患を加え「五大疾病」
図表 精神疾患を加え「五大疾病」

最近、厚生労働省から、糖尿病、癌、脳卒中、心臓病に新たに精神疾患を加えたものを2013年から五大疾病とする方針が出されましたが、患者数からすると、いきなり精神疾患が第1位になってしまいました。それだけ日本社会は病んでいる訳です。私は先ほどご紹介いただきましたように、男性の更年期障害にも関心を持って取り組んでおります。男性の更年期障害そのものは、直接死に至る病ではありませんが、鬱(うつ)から自殺をされる方が多いため、私も苦慮しております。皆様もご承知の通り、今、日本は年間の自殺者が3万人と言われています。この10年間以上、ずっと3万人以上の自殺者数が継続していますが、この図表の通り、女性の自殺者はそれほど増えておりません。一方、男性の六十代、五十代、四十代といった、いわゆる中高年の男性の自殺が非常に増えたことが3万人という数字になっています。つまり、四十代から六十代の男性の生き方をどうするかが一番問題になっているのではないかと思います。

最近の自殺者数の推移/年代別の自殺者数の推移
図表 最近の自殺者数の推移            図表 年代別の自殺者数の推移

男性が女性と決定的に違う点は何かと申しますと、簡単に申しますと、23対ある染色体の内、一番最後の染色体が異なります。女性はXX、男性はXYという染色体を持っていますが、男女の差はたったそれだけの違いです。その違いによって、男性はテストステロンというホルモン、女性はエストロジェンというホルモンを分泌します。女性の場合、エストロジェンが体を守るためにすごく良い作用があるということがいろんな医学界の研究で判っています。ですから、五十代ぐらいになって生理が止まると、エストロジェンの分泌量が減って体の調子がおかしくなる。これが女性の更年期です。しかし、男性のテストステロンは急になくなることはありません。

では、テストステロンは何をしているのでしょうか? 現在判っていることは、「筋肉モリモリになって勇気が出る」の2つです。皆さんも4年に1回「テストステロン」という耳慣れない言葉を聞く機会があります。今年の7月にロンドンでオリンピックが開催されますが、この時に必ず筋肉増強剤を使う選手が出ますが、この筋肉を増強する薬がテストステロンです。何故、テストステロンがいけないかといいますと、単に競技会で狡(ずる)をするだけならまだ良いのですが、あまり注射しすぎると、精神に異常を来してくるからなんです。

ということで、テストステロンの働きによって、男性は筋肉質になって勇気が出る。だから、15歳ぐらいの思春期にさしかかると、髭が生えてきて悪さをし出しますが、これは男性として当たり前のことです。何故、男性はこのような性質を持っているかといいますと、「戦うため」なんです。現代社会では、男は頭を使って戦っていますが、農耕社会が成立する前の何万年間かは狩猟社会でしたから、男は猛獣と戦って餌を獲ってくるために力を付け、勇気を持たなければならなかった。そういう戦いがあまりにも多くなったので、それを抑制するために宗教ができたんですよね。

われわれ男性は、テストステロンとY染色体があるために、必ず攻撃性を持っています。女性の中には「なんで男ってこんなに攻撃的でイライラするのよ?」と思われる方もおられると思いますが、皆様に餌を獲ってくるために男はそのように創られておりますから仕方がありません。男性は「戦うために生きている」といっても過言ではありません。しかし、受験の時に頑張って勉強しても、挫けてしまうと引きこもってしまう男の子は少なくありません。女の子も引きこもるんですが、女の子の場合は割と社会性を保ちます。

巧く学校を卒業し、就職でき、仕事に行くようになりますと、仕事は戦いの真っ最中です。しかし、昨今の不況や鬱で失職すると、「戦う場」が奪われてしまうので、男は家でジーッとしてしまう。女の方は仕事を辞めても「また次へ行こうか」となりますが…。一番の問題が定年です。まだ戦えるのに「もういいよ」と言われることは、男性にとって非常に辛いことです。定年になってジッとしていると「濡れ落ち葉」と呼ばれるようになります。ですから、男性はある程度戦える場所があったほうが良いんです。面子(めんつ)やプライドがあるからこそ男性は戦える訳ですが、面子やプライドが高すぎると、人生の後半が生きにくくなります。ですので、面子やプライドは男性の生き方にかなり関係してきます。


▼熟年離婚されないために

直近の『週刊現代』にこんな凄い記事が出ました。『夫に早く死んでほしい妻たち─あなたの存在自体がストレスなのよ!─』という記事です。何故こんなに「夫に早く死んでほしい妻たち」が増えたのでしょうか? 

「何も死んでもらわなくたって熟年離婚でいいじゃないか」と皆さん思われるかもしれません。しかし、熟年離婚の場合、女性にとって3つ嫌なことがあります。1つ目は、別れる時に裁判をして争う必要がある。2つ目は、たとえ裁判に勝っても夫と財産は半分分けである。3つ目は、自分が選んだ男が駄目だったということを世間に公表するようなものだ。この3つがどうも癪(しゃく)に障る。しかし、旦那が65歳ぐらいでコロッと逝ってくれると、裁判で争う必要はなく、財産は全部自分のものになり、世間は皆、気の毒がってくれる。良いことずくめです。ですから、「密かに夫の死を望んでいる奥様たちが増えている」という、あくまでも噂の話です。でも、何人か後ろのほうで頷いておられるご婦人がおられましたから…(会場笑い)。

この話の中でひとつご紹介しますと、57歳の男性が、奥様とお2人で夕食の時に「子供たちも独立した。これまで私は家庭も顧みずに働いてきたが、退職後はお前の好きな温泉旅行や社交ダンスに一緒に参加しよう。これからは君と一緒にいる時間を大切にする。定年後は君の幸せを優先して考えたい」と、しみじみと語られた。この場に居られる男性の方々にしてみれば「何も問題はないじゃないか。なかなか良い旦那じゃないか」と思われるかもしれません。ところが、奥さんの反応は全然違った。妻の怒りが爆発し、「私の人生はあなたのせいで無茶苦茶よ。本当に私の幸せを思うならば、今すぐ死んで!」と言われたそうです。

何故こんなことになったんでしょう? 宗教関係の偉い方々は日常的に説教をされますので、皆様もちょっと気を付けていただきたいんですけれども、男性はつい「お前の幸せは俺が考えてやる」と、上から目線になってしまうんですね。しかし、人間ずっと上から目線で話されますと、この男性のケースのように奥さんの怒りが爆発してしまうんです。対等な目線というものが大切になってくるんですが、どうしても男というものは上から目線になってしまう。という訳で、熟年離婚がどんどん増えている。一瞬離婚が減った時がありますが、これはバブル期です。バブル期は男性はお金を持っていますから、女性は付いてきてくれるんですが、バブルがはじけた途端、また離婚が増えました。

そして、平成15年には、ついに年間離婚件数が30万件を突破しようという勢いでしたが、ここで減ってきました。2つ理由があると言われています。ひとつは、老齢年金の夫婦分割制度が国会で可決され、平成19年から実際に施行されました。それでも妻はまだ半分も持って行けません。しかし最近の噂では、強制的に半分持って行っても良いという制度になるそうです。それを待っている人がいた…。

それから、平成15年というのは、まだ団塊の世代が現役です。旦那が五十代後半になって奥さんが離婚したいと思った場合、そういう方は、旦那が60歳になるのを待たれるんです。何故なら60歳になれば定年で、退職金のまとまったお金が入ります。離婚したい奥様にしてみますと、「この退職金をふんだくらないことには死んでも死にきれないわ」という訳で、退職金をもらった途端に離婚というのが最近の風潮です。もし、皆様の中に「うちの嫁さん、ひょっとしたら危ないかも……」という方が居られましたら、退職金を一気にもらってはいけません。必ず分割してもらってください。そうすると奥さんが出て行くリスクが減ります。宗教関係の方々は定年退職がないので大丈夫だと思いますから、あまり関係ないと思いますが…。

皆様は恐怖の「わしも族」という言葉をご存知でしょうか? 男性は、こういった社会的な活動をしている間は良いですし、宗教者の方々も定年がありませんから良いんですが、サラリーマンの場合、定年を迎えると家でどうしていいか判らない。ゴミの出し方も知らなければ、ご近所に友達付き合いもまったくない。サラリーマンの場合は、名刺や肩書きがあると「○○商事の部長の××です」と名乗ることで相手の方とも話が進むんですが、定年になるとこれがなくなってしまいます。「○○商事の元部長です」といっても地域社会にはまったく関係ないので話ができないんですね。そうすると友達もいつの間にか居なくなってしまい、一番身近に居る奥さんに目を付けることになるのです。

そうすると妻が旅行に出かけるとなると「わしも、わしも」と付いていく。デパートに買い物に行くというと「わしも、わしも」と同伴する。これが「わしも族」です。これに加えて最近あるのが「お前も族」です。自分は出たいんですが、一人で出かけるのはちょっと…。そこで奥さんに「お前も来い。お前も来い」と言う男性を指します。別にそのこと自体は悪い話ではありません。何が悪いかといいますと、デパートへ一緒に買い物に行きたいと自分で言っておきながら、自分の買い物が終わったら「しんどい」、「早く帰ろう」と言い出す。また、奥さんが機嫌良くブラウスなど見ていたら近付いてきて値札を見て「お前、こんな高い服を買うつもりか? 隣のバーゲン品は半額であるぞ!」などと要らぬ忠告をするものだから、奥さんも一人で買い物に来たほうが楽と思ってしまう。

デパートに行かれたらこういう方がたくさん居られます。私は人間観察をするのが大好きなんですが、「わしも族」の方は、だいたいどちらかの方が半歩前を歩いておられて、2人とも面白くなさそうな顔をしておられる。何故、半歩前を歩いているかといいますと、会話がないんです。本当に仲の良い夫婦は横に並んで歩いていて、楽しそうにしゃべっておられます。手を繋いでいる方もいらっしゃいます。簡単に見分けられますから、これから日曜日にデパートへ行かれる機会がありましたら是非、夫婦で来ている方々を観察してみてください。だいたい8割の方が「わしも族」系で、2割ぐらいが仲の良いご夫婦です。


▼夫源病とは何か?

さて、旦那が「わしも族」になったらどうなるかと申しますと、妻が「亭主在宅症候群」になります。私はこれを「夫源病(ふげんびょう)」と呼んでいますが、どんな病気かと言いますと、ずっと旦那が家に居るものだから奥さんの体調が崩れるんです。「旦那の顔を見ると吐き気がする」、「旦那の声を聞いたら耳鳴りがガンガンする」、「旦那の足音を聞くだけで動悸が酷くなってくる」といった症状が挙げられます。熟年離婚の表向きの理由として、よく「愛情が冷めたから」と言われます。しかし、60歳ぐらいまで連れ添ってきて、結婚当時と変わらぬ愛情を持っている夫婦を私は未だ一組も見たことがありません。うちも30年ぐらい夫婦をやっていますが、惰性です(会場笑い)。しかし、惰性というのは悪いことではないんです。プラスでもマイナスでもない。そのままいったら良いんです。けれども「この人と居たら私の体がもたない」というのが、熟年離婚の一番の理由なのです。

宗教家の方には定年がありませんから皆さんに尋ねても無駄ですが、「定年後は何をしたいですか?」とサラリーマンの男性に聞きますと、「旅行」、「ゴルフ」、「釣り」の3つが出てきます。中でも断トツに多いのが「奥さんと旅行」です。しかし、JTBの調査によると、旦那さんの7割から8割は「妻と行きたい」というのに対し、奥さんの半数以上は「友達と行きたい」(会場笑い)。ここに問題が出てくる訳です。けれども、優しい奥さんは定年後2年ぐらいは旅行にも付き合ってくれるんです。61歳から62歳ぐらいの間は国内外いろんな所へ旅行に行きますが、奥さんは一緒に旅行してもしんどいので、だんだん飽きてきます。そして2年ぐらい経つと、男性は奥さんから「1人で行ってきたら?」と言われるようになるのですが、旦那さんは1人では行かない。そうすると、男性が思い浮かべていた定年後の生活がフワーッと無くなってくる。そこから起こるのが定年後の鬱(うつ)ですが、これが今一番問題になっています。「毎日何をしたいですか?」と聞いても、特に何もない。一方、家事には定年がない訳ですから奥さん方に「定年後何がしたい」という発想がそもそもありません。

夫と暮らすと妻の死亡率が2倍になるというデータがあります。愛媛県のある先生が60歳以上の男女約3,000人を3年間経過観察したところ、女性は夫が居るほうが死亡率が2倍。男性は妻が居るほうが死亡率が半分。逆に言うと、奥さんを先に亡くすと男性の死亡率が倍になります。奥さんを亡くした男性…。しんどそうにしてるなあと思っていると、翌年息子さんから「母の後を追うように父が亡くなりました」と喪中ハガキが届く。一方、旦那さんを亡くした奥さん…。一応、49日頃までは元気なさそうですが、半年後ぐらいしてから会うとむちゃくちゃ元気になっている(会場笑い)。そんな例はいっぱいあります。

何故かというと、夫が妻に依存し過ぎていて自立していないからです。自立には2通りあります。ひとつは経済的な自立。もうひとつは身の回りのことができる自立。今一番問題なのは、女性は経済的な自立ができていない。男性は身の回りの自立ができていない。ですから、女性も働き、男性も身の回りのことをできる時代が、一番リスクが少ないと言えます。

そういう訳で、高齢者の心中・殺人事件がすごく増えています。夫は「妻は絶対病気はしない」、「妻は俺より先に死なない」という妄想を持って信じ込んでいます。そうでも思っておかないと、実際に現実化したらえらいことになりますから…。しかし、実際はそういう訳にはいきません。奥さんが倒れると、介護殺人心中の加害者の76パーセントが男性なんです。介護とは、だいたい男性が倒れて女性が看取ることのほうが多いんです。何故こんなことになるのかと言いますと、夫が自立していないから奥さんが倒れるとパニックになる。それでも頑張る。そして男性は他人に救いを求めない傾向があります。いろんな所へ行けば手伝ってもらえるのですが、そういう手だてを取らない。そして思い余って最後に、寝たきりの妻の首を絞めにかかって自分も死ぬ。こんな悲惨な最期を迎える介護殺人心中を減らすことがこれからの大きな課題なんです。一方、妻は「夫は定年後すぐに死ぬんじゃないか」と思っていますが、実際はなかなかしぶとい。だから熟年離婚や別居が増えているんですね。男性側、女性側それぞれにこういう妄想があります。


▼夫婦揃って鬱(うつ)になる

「豊かでない死に方」というのがありますが、女性の平均寿命において日本は世界第1位。男性は少し落ちたとはいえ5位ですが、男女総合では世界1位です。また、GDPで第2位の座を中国に譲ったとはいえ、経済力もアメリカ、中国に続き世界第3位です。その他にも海外に行かれた方はお判りだと思いますが、日本は安全、清潔、食べ物は美味しい、医療レベルが高い、非常に良い国だと思います。しかし、イギリスの調査会社によると、「死の質」ランキングにおける日本は23位だそうです。これは全世界における23位ではなく、OECD(経済協力開発機構)30カ国、つまり先進国30カ国内での23位です。その理由として、終末期医療や緩和ケアが十分ないこと、また、高齢者の8割が意味もなく病院で死んでゆくことが挙げられています。「医療の質」は高いのですが、「死の質」が非常に低い。

最期に看取ってもらいたい場所
最期に看取ってもらいたい場所

東北大病院老年科の調査によると、最期に看取ってもらいたい場所を聞くと、約5割は「自宅」だそうです。男女別に比較しますと、在宅死を男性の6割が望んでおり、女性の4割が望んでいます。ここにちょっと差があるのは何故かといいますと、死ぬ時に大切なこととして、1位は男性・女性共に「苦痛なく死ぬこと」を望んでいますが、第2位に男性は「家で死ぬこと」を挙げる一方、女性は「家族や友人に迷惑をかけないこと」を挙げています。どういうことか? おそらくここに男女の自立観の差が出てきているのではないかと思います。女性もおそらく自宅で死にたいけれど「誰かに迷惑をかけるから、施設や病院で仕方なく…」というのが本音であり、もし男性が自立をしていれば、こういうことはないんです。

私はNHKの『ここが聞きたい! 名医にQ』という番組で、更年期障害を担当させていただいたのですが、共演した女医の先生がこんな面白い話をしました。今、女性の間で「昼食うつ」というのが増えているそうです。定年後の夫を持つ女性の最大の悩みです。今まで朝8時ぐらいに夫が出て行った後、夫が帰宅するのは早くとも夕方7時か8時ですから、朝ご飯と晩ご飯さえ用意しておけば良かった。ところが、定年後は朝ご飯を食べた後もずっと夫が家に居る。居るばかりでなく、やれ「お茶」、「コーヒー」と呼びつける。そして11時頃になると「昼ご飯は何や?」、「昼ご飯は何時頃や?」と聞いてくる。片づけが終わって1時か2時頃にやっと出かけようとすると、「何処へ行くんや?」、「何時に帰ってくるねん?」、「晩ご飯は何や?」と聞いてくるから奥さんもたまったもんじゃない。昔は65歳ぐらいで死んでたので、奥さんも5年ほど我慢していれば良かった。しかし、今や男性の平均寿命も80歳です。旦那の定年後、365日、20年間この生活が続くのかと思うと、奥さんが鬱(うつ)になってしまう。

奥さんは昼食で鬱になる。男性はすることがないから鬱になる。じゃあ、男性が昼ご飯を作れば良いんじゃないか。男性がご飯を作ると、昔は「変わった人だ」なんて言われましたが、今はご飯を作れる男性はむしろ「格好良い」、「素敵」と言われます。朝の番組では速水もこみち君が、夜はSMAPが料理を作っています。そもそも男性が料理教室を受講するきっかけは、自立とか娯楽です。しかし、料理教室に通ったことで、食に対する興味が拡がって、奥さんと楽しく会話ができるようになるという変化が生まれました。これがすごく良いんです。何故かというと、「わしも族」の旦那が奥さんと一緒にスーパーマーケットへ買い物に行くと、すぐに「早く帰ろう」とか「高い物を買うな」としか言わなかったのが、自分が料理ができるようになると、奥さんと一緒に行っても「わしもちょっと店内を見て回るわ」と食材を自分で買って帰る。男性はあまり本を見て料理しないので、買ってきたものの、どうやって捌(さば)いたら良いのか、どうやって味付けしたら良いのか分からない。そこで、奥さんを呼んで「どうやって味付けするの?」といろいろ聞く訳です。このことを通じて夫婦の間に会話が生まれますし、奥さんから教えてもらうことによって互いの立場が入れ替わり、旦那さんの従来の「上から目線」が変わることが非常に良いんです。

料理のできる熟年男性:すてき!!
料理のできる熟年男性:すてき!!

そんな考えから、実は私は料理教室をしょっちゅうやっております。私は大阪市の男女共同参画の委員をやっているんですが、今年から料理教室をバンバンやっていこうということで、2カ月に一度の割合で教室を開催しています。この教室に、75歳のおじいさんが来られたのですが、受講理由をお尋ねすると奥様が病気で倒れたことがきっかけでした。「これはもう私がやるしかない」と初めて包丁を握ったそうですが、私は初心者向けのコースをやっておりますので、楽で簡単です。基本的に15分でだいたい作れて片づけも簡単なものを紹介しています。この企画に最近、大阪大学が目を付けまして、大阪大学と大阪ガスが「アカデミック」と「クッキング」をくっつけて『アカデミクッキング』という料理講座を千里にある大阪ガスの展示場でやっています。この料理講座は男性向けのコースで定員が20名なんですが、これまではだいたい受講希望者は15名ぐらいで定員割れになるのが相場なんですが、この10月に開いた『千里でキムチ鍋』は、2日で定員満杯になり、30人のキャンセル待ちが出ました。何故かというと、「うちの旦那も是非受講させてほしい」と奥さんが電話をかけてこられるんです。

(講座の風景を教室の後ろから撮った写真を紹介しながら)ご覧いただくと判りますが、千里という場所柄か、皆さん、スーツの上着を脱いだだけです。背中を見るだけで仕方なく来ている様子がありありと見て取れます。けれどもこういう料理講座を介して参加者の方々とお話をしてみますと、皆さん楽しそうに「料理ってこんなすぐにできるんや」とおっしゃいます。「調理時間が15分ぐらいで調味料はひとつ」というのが僕の料理のミソです。土鍋を使うのは片づけを簡単にするためで、そうしないと旦那さんが料理したまでは良いが、後で奥さんが片づけをしないといかん。これは大変なので、私は片づけをメインにした料理教室をよくやっております。良かったらまた参加してください。


▼やっぱり病気で良かった

話は変わりますが、自殺をするような人は「ちょっと変わった人」か「特別な人」かのように思いますけれども、実は誰でも、些細な理由でそうなり得るんです。例えば「耳鳴り」。ある方は、3年前の耳鳴りから始まりました。「耳鳴り」や「ふらつく」といった症状が出ますと、多くの方は、まず耳鼻科へ行かれます。そして耳鼻科の先生から「多分、メニエール氏病の疑いかな…」と、薬をもらいます。その後も症状が改善せず、家で突然胸が痛くなって血圧が上昇する。救急車を呼んで、心電図やMRIやCTを救急病院で撮られます。2時間程すると担当医が出てきて「○○さん、良かったですね、なんともありません。おそらくストレスでしょう」と言われる。

それはそれでめでたしめでたしなんですが、そのうち毎週こういう発作を起こすようになる。発作を起こす度に救急車で同じ病院に連れて行かれる。同じ病院に連れて行かれると、夜間でしたら、だいたい4、5回も繰り返すと、同じ看護師さんやお医者さんに当たります。そうなると、救急車で運ばれて来るたびに「あの人また来たわ(どうせ調べても、どこも異常がないに決まっている)」と、医療関係者がまともに相手にしなくなる。そうすると、この方は病院に行っても相手にされなくなるので、病院に行くのが辛くなる。けれども病気が治らないから自殺したくなる。単なる耳鳴りであったものが、3年後には自殺直前まで行くことになるんですね。

その方が私のクリニックに来られたので、私が「あなたは鬱病と不安障害とパニック障害ですよ」と言ってあげたところ、「良かった! 先生、私、やっぱり病気でしたか!」と満面の笑みを浮かべてすごく喜ばれたんです。その理由をお尋ねしたところ、「お医者様から『あなたは病気じゃない』とずっと言われ続けてきたんですが、私、病気で良かったです。嘘つきみたいに思われていたので…」とおっしゃってました。どんな症状があるか尋ねますと「気分が落ち込む」、「不安感が強い」、「眠れない」、「肩こりがひどい」、「耳鳴り・ふらつきがある」、「胸が痛い」、「息がハアハアする」、「胃が痛い」、「吐き気がある」、「下痢」、「手足の痺れ」そして「勃起障害」。こんな症状が3年間治らなかったら、ここに居られる宗教家の皆様でも死にたくなるかもしれません。

そして、血圧を測りますと、上が170で下が110とえらく高い。何か薬を飲んでおられるか尋ねると「あらゆる血圧の薬を飲んでみたが、下がらない」とおっしゃる。「そんなことはないでしょう」と言いつつ、30分ぐらいお話をして治療方針を決めます。こういう方の場合、私は帰られる前にもう1回血圧を測らせてもらいます。そうすると、今度は上が130で下が90の正常値。40ぐらい下がっています。これは「白衣高血圧」といいまして、医者の前に出ると緊張して血圧が上がってしまう症状です。これは5分ぐらいお話ししたぐらいでは下がりません。やはり2、30分ぐらいお話しして安心されると、血圧も下がってきます。皆様も、有り難いお話をされる前と後に聴衆の方の血圧を測ってみて、もし講話後に血圧が下がっていたら皆様の講話が非常に良かったということになります(会場笑い)が、もし上がっていたら皆様方の講話が非常に緊張感を持たせてしまったということになりますから、気を付けていただきたいと思います。

先ほどの方は、降圧剤を処方したところ、なんと3日で「先生、おかげさまで良くなりました」とおっしゃいました。実際、降圧剤は3日間では効きません。だいたい2、3週間はかかります。ですので、これは降圧剤の効果が出た訳ではなく、患者さんご自身ホッとされたのだと思います。ホッとされたことで徐々に降圧剤の効果が出始めて、だいたい1カ月ほどで仕事に復帰し、3カ月ほどで落ち着いてきて、6カ月目で「薬は何も飲まなくて結構です」と言えるまで回復されました。けれども、この方は精神的にギリギリの状態に追い込まれて、下手したら自殺していたかもしれないのです。


▼鬱は医者によって創られる

もう少し簡単な例を紹介します。「胃が痛い」。そこで、消化器内科へ行って胃カメラを飲むと、医者は「異常なし」とはあまり言いませんから、大概は「神経性胃炎です」と言われ、薬を2つぐらい貰う。「目眩(めまい)がする」ということで耳鼻科に行くものの、いろいろ検査しても異常なし。しかし、医者は「メニエール氏病の疑いあり」と言って、また薬を貰う。頭痛がするので、脳神経外科へ行きCTやMRIを撮ってもらうと、腫瘍もない。動脈瘤もない。すると、脳神経外科の先生は必ず言います。「突発性頭痛です」と言われ、薬を2つか3つ貰う。皆様も「突発性○○」や「本態性○○」という病名をよくお聞きになると思いますが、あれは医学用語で「理由(わけ)分からん」という意味なんですよ(会場笑い)。けれども「理由分からん頭痛」と言う訳にはいかないですし、「本態性頭痛(あるいは突発性頭痛)」と言うと、いかにもという感じで格好良いじゃないですか…。

けれども、薬を貰っても効かない。手足が痺(しび)れるからと整形外科へ行くと、必ず言われるのが「ちょっとヘルニア気味です」とか「ちょっと頸椎がズレています」。そこで「手術するほうが良いですか?」と聞くと「手術もリハビリもしなくて良い」と言われる。私が「何を処方してもらっていますか?」と尋ねると、だいたいが痛み止めとビタミン剤でした。この人は、どこに異常があるという訳ではないんですが、十何種類も薬を飲んでおられました。ウチのクリニックに来られてた時に、私は「これは鬱じゃないけれども、もうちょっとしたら鬱になる前鬱状態です。ちょっと抗うつ剤を飲んでみませんか?」と勧めてみたところ、4週間で(気になっていた症状が)全部取れました。

ここで気を付けていただきたいのは、目眩が起きたらその前の症状であった胃の痛みがマシに、頭痛が起きると目眩がマシになる、手が痺れると頭痛がマシになるといったように、3カ月から6カ月周期でいろんな症状がグルグル回るパターンの方がいっぱいいらっしゃるという点です。そういった方に「特に何か施術されましたか?」と尋ねると、「特に何もしていない」と答えられるし、「原因は何か?」と尋ねてもよく判らない。そういう方が居られたら、「これは鬱の前触れかもしれないよ」と言い添えても結構かと思います。このCT写真をご覧ください。今は5分から10分でこんなきれいな写真が撮れるので、癌などの見逃しは以前に比べてずいぶん少なくなりました。もし、頭のCTを撮った時に、腫瘍と同じようにはっきり鬱が写っていたら良いのですが、当然、こういったCTに鬱病は写りません。鬱病の患者さんのCTも、健康体の皆様のCTと同じように写ってしまうんですね。

石蔵医師の熱弁に耳を傾ける国宗会員諸師
石蔵医師の熱弁に耳を傾ける国宗会員諸師

皆様は「鬱病の患者さん」というと、どんなイメージを思い描くでしょうか? 例えば、鬱病になると「下を向いてジーッと陰気な感じが漂う」人をイメージしますが、そんなことはないんです。実際、そういった患者さんは私のクリニックの外来では2割ぐらいで、5割ぐらいの方は健康体の皆様と同じ表情をしています。中には、ニコニコと笑いながら入ってこられますが、これは「微笑みうつ」といって、特に男性に多いです。何故かというと、男性はプライドが高いから、症状をなるべく軽めに申告する傾向があるんです。例えば「ちょっと眠れなくて疲れやすいんです」と症状を説明されると、忙しい精神科医のところでしたら鬱だと思われず、睡眠薬とビタミン剤を出して終わりです。

皆様の周りにも自殺をされた方がいらっしゃるかもしれませんが、周囲の方が「昨日まで元気そうにされてましたよ」、「そんな様子は一向に窺えませんでした」と言うのを聞かれたこともあるかと思います。鬱になった方は周りに気を遣うので、自分がしんどいということを隠そう隠そうとします。それでも、精根尽き果てて耐えきれなくなった時に、医療機関に来ていただけたらいいのですが、ある日、限界点を超えてしまい「もう私はこれ以上無理!」と死を選ぶ方が多いので、客観的には非常に判りにくいです。

私も判らないので、ウチの外来では奥さんにも来ていただきます。奥さんにお話を聞きますと「夜中に3回ぐらい起きてる」、「酒は浴びるように飲んでいる」、「キレやすくなった」、「体重が減ってきた」と、旦那さんの言っていること(自己申告)と全然違う。けれども、奥さんの言うことを信じて治療したほうがよっぽど当たっています。やっぱり他人が見る、近くにいる方が見るというのがとても大切です。鬱病というのは突然なる方は少ないです。イライラする、不安がある、憂鬱、仕事が手につかない、根気がない、興味がない、喜びがない、生きがいがない。この初期の不定愁訴(イライラ、不安、憂鬱)の段階で、先ほど申し上げた自律神経の症状(目眩、耳鳴り頭痛)があります。けれども全員が全員次の段階へ行く訳ではなく、10人中8人ぐらいは気晴らしをしたりしてまた元に戻ります。けれども2、3人の方はそこから深刻化して鬱病になる。この初期段階で捕まえていただいたら、医者もものすごく治療しやすい訳です。


▼巨人性うつと阪神性不安

もうひとつは「鬱と不安」という病気です。不安という病気は鬱と合併するんです。「あなたは鬱ですから、ちょっと治療しましょう…」と言うと嫌がる方が多いので、患者さんに対しては「何となく不安じゃありませんか?」、「ソワソワしませんか?」といった聞き方をします。宗教関係に来られる方にも、こういう方が多いと思いますが、これは病気としてちゃんと治療すれば治ります。不安という感情─高いところに登って怖い。お金がないから使わないといったような─は、あっても良いんです。それは良いんですが、でも、「玄関を閉め忘れたかどうか判らない」ということで、いったん外出したのにもう一度帰る。誰でもたまにはありますが、マンションの7階にある部屋の鍵を1階まで降りてから、またチェックしに上がるというようなことが毎日続くようになると、会社も学校も遅れますので、「これは治療しましょう」ということになります。つまり、「不安という感情が行き過ぎた時に治療しましょう」ということになります。

私は昔、『巨人性うつと阪神性不安』という本を書いてえらくヒットしたことがあります。阪神ファンというのは、おかしなことに、1位になると不安なんです。「いつ落ちるか判らない」ので1位になると気が狂いそうになるんですが、これは病気ではありませんから治す必要もありません。実は、このタイプの方は不安感が強いんです。お金も地位も持っている方を外から見ると「不安なんてないだろう」と思われるかもしれませんが、こういった人々は「落ちる(今、持っているものを失う)」不安が常にあります。むしろ、貧乏で「明日をも知れぬ」という人は案外あっけらかんとされています。これは「明日のご飯もどうにもならない」となると、生きることに必死になるため不安感が吹っ飛んでしまうんですね。不安感というものは、ある程度上の地位やお金を持っている方のほうが強いので、見た限りでは判りません。

人は、不安になると緊張が続きます。緊張が続くと、だんだん交感神経の活動が高まり、活動を停止しにくくなる。「自律神経失調症」という言葉をよく聞かれると思いますが、これは、アクセルである交感神経とブレーキである副交感神経がうまく作用すれば良いんですが、どちらかというとアクセルは踏めるけれど、ブレーキが踏めない状態です。皆様も、ちょっと緊張してお話しされる時には交感神経が高まります。交感神経が高まると、ここに書かれているように、汗をかいたりドキドキしたりおしっこが近くなったりと、いろんな症状が出ます。けれども、10分から15分経って自席に戻りホッとすると、ブレーキがかかってこういった症状がなくなる。

抗うつ薬の作用機序
抗うつ薬の作用機序

けれども、鬱の方や不安の方はこういう症状がずっと続いてしまうんです。ですから、「汗をかくから」、「火照(ほて)るから」といって更年期外来に行くと、「ホルモンバランスは大事だから」と漢方薬を。加えて肩こりや腰痛があり、頸椎が少し歪んでいるので痛み止めとビタミン剤も。動悸があり不整脈が出ているので不整脈の薬。下痢とおしっこが近いので消化器内科で下痢止めと前立腺肥大の薬等を処方されます。このように、形のあるものばかりを見て治そうとするのですが、治らない。患者さんは5つも6つも病気があるように思いますが、実は「交感神経が今乱れているんですよ」と言ってあげることでまず安心され、すべての病気が一気に解決するんです。


▼鍵を握るセロトニン

さて、鬱病にはセロトニンというものが非常にかかわっています。セロトニンとは、神経情報の伝達物質です。これがないと物事が考えられない。私はよくこの図を使って患者さんに説明するんですが、セロトニンの分泌量をダムの水と考えて下さい。若い時には水源がいっぱいあるので楽しくて仕方がない。しかし40、50歳になってくると上から下からいろいろ言われて気を遣う。この「気」がセロトニンと思ってください。気を遣うとセロトニンがどんどん減ってきます。ダムの水であれば「もう水を使わないでくださいね」と言えるのですが、脳の中にあるセロトニンの量は、残念ながら今の医学ではまだ測ることができません。こういう状態になるとどういう症状が出るかというと、疲れやすい。自律神経が乱れてきて目眩(めまい)がする。ただし、しばらくするとセロトニンの量は勝手に戻るんです。医者に行く必要はありません。

けれども、2割ぐらいの方は責任感が強く「俺は頑張りが足りない」と思い、セロトニンがなくなると情報を伝達する物質ですから考えがまとまらない。イライラしてくる。決断力がない。これは、当たり前のことなんです。車で言えば「ガス欠」のような状態です。別にエンジンが壊れた訳ではない。ところが、車が動けなくなってしまうから、「自分は駄目な人間だ」と思いこんでしまい、死を決意したりする訳です。ちょっと解説を要しますが、神経というのは中枢(脳)から末梢まで「1本の電線」のようにずっと続いている訳ではなくて、上の神経節と下の神経節との間は途切れており、その間は、神経伝達物質が分泌されて情報を伝達します。この図では、緑の丸がセロトニンですが、この丸がここから出て行ってここにくっつけば情報が伝達されるんです。その後、セロトニンはまた帰っていき、何回も使われます。

うつ病は脳内のエネルギー(セロトニン)の減少が原因
うつ病は脳内のエネルギー(セロトニン)の減少が原因

ところが、鬱病になると、セロトニンが減る一方で、帰ってゆく穴が増えるんです。ですから、たとえ分泌されても下の神経にくっつく前に元来た場所へすぐに戻ってしまう。セロトニンを増やす薬は今のところありません。ですから、セロトニンが減ってきた時にわれわれが使う薬は、この帰る穴を塞ぐ薬です。この薬を使うと、セロトニンがここで漂ってくっつくまでの時間が稼げますので、その間に休んでいただくのが原則です。しばらくするとセロトニンがダムの水のように上がってきますので、また働けるようになる。しかし、これは車で例えるとガソリンが5リットル入っただけ(註:乗用車はだいたい50リットル程で満タンになる)の状態です。車ならガソリンが5リットルしかないと知っていたら、いつなくなるか判らないから、誰も時速100キロなど出しませんが、測定することのできないセロトニンの場合は残量が判らないので、いつもと同じように飛ばしていると、あっという間に5リットルのガソリンがなくなってしまい、再び鬱になる。注意しなければ、その人はガソリンが5リットル貯まる度に飛ばして鬱になるのを繰り返すことになってしまうので、ここであまり無理をしないということが大事です。

ドーンと落ち込んでしまった時には、ここをある一定レベルまで戻す。本当は仕事量を調整して、抱え込んでいるものを100%から70%ぐらいにしていただきたいところですが、再び落ち込んだら薬を増やす。セロトニンが戻った途端にまたドーンと落ち込んで再び薬の量を増やす。こうして薬の量がどんどん増えていった場合、ある時、薬が増え過ぎて躁状態になる方が今増えております。感情がすごく上下する非常に不安定な状態になるんですが、実はこの「元の水準」(100%)に戻ろうとすることが間違いであって、目標とするラインを、元の水準の7割から8割を目指すことを「認知行動療法」といいます。

おそらく、どの宗教でもこういう話をされて「ボチボチやりましょう」ということが一番大事なところでしょう。薬物療法と認知行動療法の2つが精神科の治療として大事ですが、精神科医は忙しいので、たいていは薬による治療が中心になって、もう一方の認知行動療法が疎かになっています。そして、その分さらに薬が増えていくということが起こっています。私の場合は、診察に来られた患者さんと、電話でしょっちゅうお話をしています。患者さんが来られた次の日、3日目、5日目、7日目、10日目と、ずっと電話でやり取りをした後、2週間後にもう一度来ていただきます。とにかく、患者さんにくっついてくっついて話していくというのが、私の今のやり方です。実際はかなり大変なんですが、電話でずっと話していくと、1〜2週間経つころには大概の方が落ち着かれます。


▼腫れものには触れ

最近よく、宗教家の方からも「鬱病の患者さんにはどうやって声をかけたら良いのか判らない」と聞かれますが、そのような時は、普通にしていただいたら結構です。鬱病の患者さんは、腫れものに触るように接してこられると、本人は余計にしんどいので、高血圧や糖尿病の患者さんと同じように接してください。それから「死にたい」と言われた時にどうするのか? 「そんな馬鹿なこと考えるな」とよく言いますが、鬱病の患者さんというのは一般に、ちょっと言葉が足りない…。これは「死にたいほど辛い」という思いが「死にたい」という言葉になっていると思ってください。ですので、「何故そんなに辛いんですか?」と聞いてあげてください。

辛さは、だいたい家庭問題、借金問題、医療・健康の問題の3つに集約されます。家庭問題は宗教家にしっかり聞いていただくしかありません。借金問題は弁護士や司法書士。医療・健康問題はお医者さんの仕事です。なら、「自分でさっさと、それぞれの専門家のところへ行ったらいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、先ほど申しましたように、鬱病の患者さんは決断力がありません。ですから、皆様が適切なお医者さんや弁護士さんを探して予約をして「一緒に行ってあげましょうか」とまで言わないと、なかなか決断できません。ですので、まずは問題の解決策を一緒に探してあげることが基本になると思います。

最後に、私が書きました本をいくつか紹介しておきます。良かったら買ってやってください。『できる男は2食主義』私も最近だいたい2食で通しております。『男もつらいよ!男性更年期」、『女房に捨てられないための中年力』、『ラブ アンド ピース』そして最近「いい夫婦の日(11月22日)に出した本が『夫源病─こんなアタシに誰がした─』です。「奥さんの更年期は全部夫のせい」というとんでもない本を書きました。奥様方からは「よくぞ書いてくださった!」と言われ、男性からは「なんちゅう本を書くんや!」と言われています。この『下痢、ストレスは腸にくる』は、引きこもりの子供にも読んでほしいと思っています。

宗教家の皆さんは用(診察をすること)はないと思いますが、私はこの泉尾教会から程近い四ツ橋の診療所で週2回診察をしております。今、非常に多くの患者さんが「診てもらいたい」とおっしゃってますが、保険診療にしたら患者数がさばききれなくなりますので、自由診療にさせていただいております。お布施みたいなもので、初診料10万円をもらってやっております。申し訳ないんですが、1回目だけ自由診療の10万円がかかります。後は保険プラス3,000円でいけると思います。もし「どうしても…」ということでしたらご相談していただけたらと思います。どうもご清聴有り難うございました。



(連載終わり 文責編集部)