国際宗教同志会平成26年度第3回例会 記念講演
『エボラとデング─耳慣れない感染症の何が危険で何ができるのか』

関西福祉大学 教授
勝田 吉彰

2014年10月6日、金光教泉尾教会の神徳館国際会議場において、国際宗教同志会(村山廣甫会長)の平成26年度第3回例会が、各宗派教団から約40名が参加して開催された。記念講演では関西福祉大学の勝田吉彰教授を招き、『エボラとデング─耳慣れない感染症の何が危険で何ができるのか』と題する講演と質疑応答を行った。本サイトでは、この内容を数回に分けて紹介する。


勝田 吉彰先生
勝田 吉彰先生


▼制御不能!

皆さん、こんにちは。ただ今は過分なご紹介をいただき、有り難うございました。本日のテーマである、エボラとデングを中心にお話をしていきたいと思います。私もこれまでいろいろな所で講演をしてまいりましたが、こういった宗教界、つまりいろんな人を導く人ばかりが集まっている会でお話しさせていただくのは珍しいことです。今日は僭越ながら私が演台に立たせていただいておりますが、皆様は日頃からこういった演台に立って大勢の人々を前に話をされておられる方々だと認識しておりますので、本日は恐ろしい感染症について、「こういうことを人々に伝えていくと良いですね」といったお話をさせていただきたいと思います。

宗教者にも感染症の恐ろしさを解りやすく講演する勝田吉彰教授
宗教者にも感染症の恐ろしさを解りやすく講演する勝田吉彰教授

さて、本日はまずエボラ出血熱についてお話をした後、デング熱についてお話しさせていただこうと思います。これは皆さんもよくご存知のような、よく流れている映像のひとつです。まず、「エボラでどんなことが起こっているのか。エボラの流行で何が危険なのか。そして、感染症流行でわれわれができることは何か」ですが、実は、日本では考えられないことですが、アフリカの現地では感染症の症状が出ても、「病院に行くのが怖い」とか、「病院に行くべきではない」といった、いろんな考えの人がいます。
こちらは事実関係をまとめたものです。今回の流行は、昨年(2013年)12月にギニアで最初の感染者が出たことが始まりですから、まだ新しい流行です。感染症というのは、実際にはニュースになるよりもだいぶ前から徐々に流行がはじまっているということが多いのですが、今回は流行の拡散がこれまでより急速です。今年(2014年)の3月頃からギニア国内で拡大し、シエラレオネやリベリアといった隣国に拡大していきました。実は、シエラレオネやリベリアは、日本国大使館も置かれていないような小国です。6月にリベリアで発生し、フランスに本拠地を置く国境なき医師団というNGOが最初から入って行ったんですが、「ウチだけではどうにもならない」と、「制御不能」宣言をしました。この「Out of control(制御不能)」という言葉は非常にショッキングな言葉ですので、宣言の出た6月以降、世界中のマスコミが大きく報道しました。

ギニア、シエラレオネ、リベリアは隣接した国々ですが、見方によっては同じ国の中の一地方と言うこともできます。例えば、インターネットを開いてグーグルの地図を衛星写真モードに切り替えて見ていただきますと、ギニアやシエラレオネやリベリアの辺りは、ただ鬱蒼としたジャングルが広がっているように見えるだけで、その画面上に、人工的な黄色い国境線が引いてあるだけです。ということは、実際には国境管理ができないんですね。例えば、ジャングルの道なき道をたどって、ギニアの患者さんがシエラレオネの伝統的治療師のところへ行き、今度はその治療師を介して再びワッと広がってしまうといったことがあるようです。この3つの国に関して言えば、当然拡大するだろうという話です。

伝統文化

しかし、今年7月にナイジェリアにアウトブレイク(飛び火)したのは、かなり人工的な話です。実際に患者さんが飛行機に乗って、何カ国も通り過ぎて非常に離れた場所へ行ってしまったのは、エボラではこれが初めてのケースでした。そうしますと、事実上、国境すらハッキリしないような僻地限定で収束するだろうと世界中の人が思っていた流行が、そうではない。本当に大変なことになったと判ったのが現在であります。8月にWHOから「PHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)」が宣言されました。

日本のマスコミでは、よく「非常事態宣言」と表現されますが、実際に「非常事態宣言」で検索をしても思ったものが出てこないことが多いです。これで空港から飛行機に乗る人に対していろんな検疫対策ができるようになりました。と申しますのは、7月に原発3カ国からナイジェリアに飛び火した際、その患者さんは飛行機に乗る前から調子が悪かったんですね。空港内でしんどそうに廊下を行ったり来たり、床に寝そべったりしていた様子が、後になって防犯カメラに映っていたことが判り、報道されました。飛行機を降りてくる人(入国者)に対する検疫は何処の国でもちゃんとした設備がありますが、これから飛行機に乗るという人(出国者)に対してチェックをして乗るのを阻止する仕組みはこれまでなかなかありませんでした。

シエラレオネは1県を除いてほとんど全域が感染活動地域になっており、ギニアもリベリアも然りです。日本で例えて言えば、沖縄県以外の県はすべて色が付いているような状態です。ここに掲載されている現在の流行状況を示す数字は刻々と変わります。例えば、皆さんがそれぞれのお寺や神社に戻られて氏子や檀家の皆さんに説明する場合は、WHOのホームページで「ロードマップ」検索していただくと、時々刻々と変化する状況の最新情報について知ることができます。もちろん、更新は3日に一度ぐらいの割合だと思いますが、相当な頻度で更新されています。


▼エボラはどのように感染するか

次に、エボラという病気はどうやって感染するのか、その感染経路のお話であります。もともと深い森の中の病気で、例えばこれまで森の中でゴリラが1,000頭ぐらい死んでしまっているんですが、ゴリラが死ぬのは必ずしも悪い密猟者が原因とは限らず、エボラ出血熱が原因となっている場合も多々あります。これまでは、スーダン、コンゴ、ガボン、ウガンダといった中央アフリカの森や小さな村で発生し、たまに限定的ヒトに感染していたんですが、その小さな森や村を医療的にサポートすれば、すぐに抑え込むことができていました。しかし、今回はヒトへの感染が広がってしまったという訳です。

コウモリの移動 伝統的食文化

感染源は、もともとコウモリです。そしてコウモリに噛まれたサルからたまに限られたヒトに移っていました。感染様式は、感染した動物の体液─例えば、血液、唾液、吐物、汗、尿、便といったような─を介して感染します。決して特別な話ではありません。潜伏期は2日から21日ですが、この潜伏期はウイルスが身体の中に入って悪さをし始めているけれども、潜伏期間中は感染力はなく、発病後に感染力が発現するのですが、この発病は突発的です。この症状が出てくる前は、基本的に感染しません。ここに載っているのはトルコでの写真ですが、ナイジェリアからトルコに来た人で、エボラの疑いがあるということだったんですが、後で否定されました。しかし、ご覧の通りマスクをしているだけの格好で外へ出ていますから、もしこの人が感染していたら、クシャミや咳をして飛沫が飛んだら、移ります。あるいは、これはマスコミの人たちですが、こんな至近距離では相手が発症していた場合、レポーターやテレビカメラの人たちも感染してしまいますね。

最初の症状は、発熱、頭痛、筋肉痛、嘔吐、下痢、腹痛といった症状ですので、他の病気とあまり区別がつきにくいです。ただ、初期の症状が出だした段階で感染する可能性がありますから、患者さんの下痢便などが付いてしまうと拙いです。さらに進行していきますと、その病名の由来となった出血熱という状態になります。


▼脱水による多臓器不全

本来私たちの身体は、たとえ出血したとしても、自動的にこの出血を止める機能が備わっているのですが、このエボラ出血熱というのは、その機能が全部ストップしてしまいます。日常の生活でも、ちょっとした動きでも筋肉内の目に見えない毛細血管が切れて内出血があったりしているのですが、健康体の人は、それを瞬時に修復する機能が備わっています。

ところが、エボラウイルスに感染すると、あちこちから出血が止まらなくなって、鼻出血、眼出血、吐血、下血と、とにかく全身の穴という穴から出血します。血管というものはビニールホースと違って、本来、養分や酸素を供給するために目に見えない穴がいっぱい開いているんですが、そこから血が漏れ出さないようにちゃんと作られているものが、この病気はその機能が働かなくなり、古いホースのようにあちこちから漏れ出してしまいます。症状のひとつにあった下痢やこの血管から漏れていくことで、脱水症状が起き、多臓器不全を引き起こします。

よく、皆さんは熱中症対策などで脱水症状を起こしたら、水やポカリスエットやOS-1といった経口補水液(ORS)で水分を補い、それでも足りない場合は点滴をされると思いますが、そういった水分調整がちゃんとできれば、対症療法的にやっているうちに自分の身体が勝手に抗体を作って、自分の免疫でだんだん回復していくこともあり得るのですが、アフリカの国ではそれができないんですね。だから、たくさんの人が亡くなる。例えば、ある報道によれば、シエラレオネの施設では、(日本の水道水のような)衛生的な水がなく、給食も1日に1回が精一杯だそうです。ですので、脱水症状の患者さんには失われる血液や水分をどんどん補わなければならないのですが、それができないことで、身体から水分が出っぱなしの状態になり、ますます死亡率を押し上げています。

今回のアフリカでの流行はすべて統計が取られていますが、その報告によると死亡率は70%と言われています。これは、これまで取られた統計の中では最大です。ザイール型のエボラは最大90%、レストン型は最大50%と言われていますので、70%というのはザイール型ほどではありませんが、相当シビアな数字だということがお判りいただけると思います。日本だったら、アメリカだったら、助かっているかもしれない。それでも過半数は死ぬんですけれども、7割もの人が死ななくても良いのにと思います。しかし、それが現実に起こっている訳です。

先程、シエラレオネのお話をした時に、伝統的治療師(祈祷師)が主な働きをしていると申しましたが、これは「エボラを治癒するパワーがある」という口コミを聞いて、ギニアから患者さんがどんどんと越境してきました。この人々は潜伏期間ではなく、既に発症している訳ですから、今度はこの治療師の方からさらに365人の感染が認められました。この写真はそのご本人の写真ではなく、私がセネガルで勤務していた時に、たまたま知り合った伝統的治療師の方ですが、その方が儀式を見せてくださった時、お盆の上に乗った牛の角と石と貝殻をジャラジャラとやった後、その向きなどを見て「あなたの病気はこれです」と診断していました。アフリカでは、そういう伝統的治療師という人たちのほうが近代医療よりももっと信頼されているという現実があります。


▼文化的障壁の問題

次に「エボラの流行、何が危険なのか」ということですが、まず伝統的食文化の問題があります。この写真はブッシュミートと呼れるもので、現地の人たちはコウモリや猿といった野生動物を食べる習慣があります。私も外務省時代にコンゴへ行った際、道端で取ってきた猿をぶら下げた人から「猿を買わんか」と言われたことがありました。この写真の女の子は、自分が捕まえたコウモリを嬉しそうな顔をして自慢しています。これは先程出てきたオオコウモリですが、まさにこれがエボラウイルスの最初の自然宿主です。

今回のエボラ騒動でいろいろ話をする機会がありますが、「コウモリなんか食べるからいけないんだ」と言っても、やはり、それは彼らの伝統的食文化なのですから、あまり頭ごなしに「野蛮人だ」とか馬鹿にする訳にはいかないです。それを言い出したら、日本人だって鯨や数が減少しつつある鮪を食べる食文化がある訳ですから、欧米人がわれわれにするように、上から目線で否定するのはよろしくないですね。こういった従来の食文化に代わるものを、今後どうするのか。これは長期的な課題です。

図表2

この「病気の理解」も、厄介な問題です。例えば、私が「体液で感染するので、この患者さんは隔離して他の人に体液や血液等がくっつかないようにする必要があります」と説明すると、日本をはじめとする先進国はもとより、中進国やたとえ発展途上国であったとしても、大部分の人々は、その意味を理解しますが、現在実際にエボラが流行している辺りは、そうはいかない面があります。この症状を病気ではなく「呪い」と捉えたり、あるいは「自分たちの臓器を取って売買するために、白人がウイルスを持ち込んでばらまいた」といった陰謀論が噂になって流れています。それに対して、先程お話しした国境なき医師団などが一生懸命治療に当たろうとしましても、白人、先進国の人間、もしくは先進国の人間から治療方法を教わった現地の人々がやって来ても信用されず、伝統的治療師のほうが信用され、受け入れられています。

日本の常識で考えますと、病院に行かないで自分たちで何とかするかもしれませんが、彼らの場合、逆に医療スタッフを攻撃するケースがあります。一番悲惨な例は、ギニアで医師とジャーナリストが一緒になって啓発活動を行ったのですが、ある村に入った時に襲撃されてそのまま拉致され、1週間後に学校の浄化槽の中から遺体で発見されました。何故浄化槽かというと、そういった人たちは汚れているので、「清めるために浄化槽へ入れた」ということでした。その他、家庭や教会での感染者の隠匿、隔離施設からのエスケープ、家族が出向いて感染者の奪回、隔離施設の襲撃、医療者に対する暴力や襲撃といったことが起こっています。浄化槽にご遺体が投げ込まれるような話は稀ですけれども、医療関係者が車を取り囲まれて投石されるようなことはざらにあります。
次に「伝統文化」ですが、地域にもよりますが、葬式の際に、ご遺体をなでる、叩く、清めるといった行為があり、ご遺体とは感染して一番最後の状態ですから、ご遺体に触れた人々には、もろに感染します。葬儀の時は、集まった人々が皆同じ行動を繰り返しますから、ウイルスにしてみれば非常に効率よくどんどんと人に取りつくことができる訳です。ここまでが、最初の3国、つまり、ギニア、リベリア、シエラレオネでの話です。

先程、航空機での移動による感染について少しお話ししましたが、リベリアから搭乗したリベリア系米国人が、ナイジェリア・ラゴスで死亡しました。先週10月1日にアメリカでも発生してしまいましたが、これはまだその2カ月前の話です。この時は、搭乗前にバタンと倒れたり、空港で七転八倒したりと様子がおかしかったのに、そのまま搭乗してラゴスに到着後入院し、数日後に亡くなりました。この方はもともと米国のミネソタに向かっていたことが後で判明した時には、米国内でもずいぶん緊張が走ったようです。搭乗前の検疫は、今は実現しておりますので、搭乗前に明らかに体調がすぐれない人は搭乗できなくなっています。けれども、潜伏期間にある人は、まだ症状が表れていないため、非常に判断が難しい面があります。


▼われわれには何ができるのか

では、われわれは、いったいどんなことができるのでしょうか。まず、アフリカにおける「医療施設の貧困」が挙げられます。この写真は今回のエボラとは関係ありませんが、私が在スーダン日本大使館に在勤していた時に撮ってきた写真です。その後、私はカメルーンやギニアやガボンなどにも行きましたが、これはスーダンに限らず、アフリカでは何処へ行ってもこういった医療施設が標準的です。冷房がないため窓が開けっ放しなのですが、その開け放たれた窓からマラリアを媒介する蚊が入ってきます。また、アフリカは何処の国も戦争がたくさん起こりますので─日本の新聞では、内戦などはほとんど取り上げられませんが─、ご覧のように医療器具が何もない訳です。この医療施設は消毒薬などの他、試薬も少ししかありません。これはセネガルの病院の写真ですが、輸血パックが無造作に買い物袋に入れられています。つまり、アフリカの大多数の国々における医療施設は極めて貧困です。特に今回エボラが流行しているギニアやシエラレオネやリベリアは、その中でも特に医療施設の貧困が目立ちます。

図表3

それから「社会インフラの貧困」があります。この写真に写っている女の子たちが壺を抱えて歩いているのは、水道もなければ井戸もないため、片道3時間の道のりを歩いて飲料水を汲みに行きます。そうすると、水は非常に貴重ですから、そうドンドンと使えない訳です。1日に飲む水の量が限られているため、誰かが嘔吐しても、それを水で洗い流すようなことはしません。ですので、清潔な状態を保つことが非常に難しい。ですので、社会インフラの支援をすることが大切になってきます。

もうひとつ大事なのが「リスクコミュニケーション」です。これは、今流行している感染症の正しい情報を伝えることです。感染症が流行すると、いろんな流言や噂が飛び交いますから、社会不安が起こります。ですので、そういった流言を抑えること、そして差別を起こさないようにすることが大切です。

例えば身近なところでは、2003年に中国で新型肺炎SARSが流行した時、私は北京の日本大使館で勤務していたのですが、当時、葬式に参列するために日本に一時帰国したのに、「葬式には来ないでください」と断られた方や、中国からの帰国子女が日本の学校へ転入しようとしたところ、「ちょっと待ってください」と転入先の学校から言われた方が居られました。義務教育ではそういうことを言ってはいけませんから、さすがにこの時は当該地域の教育委員会も新聞で叩かれていました。このように、とかく未知の感染症に対しては、皆さん不安を覚えるので、先進国である日本でも、いろんな差別が起こります。

ところが、今回のエボラ騒動は、途上国以前のシエラレオネやリベリアが流行地なので、字が読めない人や、そもそも感染症を「呪いだ」と信じる人が少なからず居られる地域ですので、エボラに対する知識を文字で理論的に伝えるのではなく、村人を集めてきて、太鼓のリズムに乗せて歌で教えています。ノリの良いリズムで歌っていると皆踊り出しますが、踊りながら、歌いながら、一緒に正しい知識を得ることができます。私が何故、このスライド(歌って舞っているシーン)をご紹介しているのか、何となくピンとこられた方も居られると思いますが、私は宗教家の皆さんが感染症防止の一翼を担っていただけると有り難いと思っています。さすがに日本では「医者が言っていることは一から十まで呪いだ」と思う人はいないにしても、医者から言われるよりも、日頃から信頼を寄せている宗教家の方々から言われたほうがスッと入ることもあるのではないかと思います。


▼感染者への差別・偏見を抑える

次に、「感染者への差別・偏見を抑える」ということについてお話しいたします。ここでは、感染している人に対してどうして差別が起こるのかについて触れていますが、人は不安になっている時、どうやってその不安に抵抗するのか。そのパターンを4つに分けています。そのうちのひとつに「他者を否定する」というのがあります。感染した人がまだ少数派の場合は、自分たちから隔離して、その人たちを非難したり拒絶しながら、「その人たちと自分は違う。自分は安全だ」と思うことでホッとするのです。これは、遙か昔の例でいえば、アメリカの入植者たちが先住民族に対してやったことと同じです。あるいは、日本でも長年、ハンセン病の感染者は、瀬戸内海の島などに隔離されてきました。その他にもエイズの人に対する差別など、たくさんあります。

どうしても人間は心の動きにつられますので、感染者に対する差別が起こります。では、それに対してどうするかというと、もし誰かを「気持ち悪い」と思って差別しようという気持ちが起こった場合、胸に手を当てて考えてみる必要があります。それは、もしかしたら、ただ単に自分が不安なだけかもしれません。こういった話は、おそらく医者である私が言うよりも、宗教家である皆さんのほうがずっと上手に話されるのではないかと思います。

このスライドは「オルポートとポストマンの法則」について説明したものですが、これ(『How Customers Think』(邦題『心脳マーケティング』))を著したハーバード大学のジェラルド・ザルトマンという教授は、医者ではなく心理学者です。オルポートとポストマンの法則では、流言(噂)の量は「重要さと曖昧さの積に比例する」ということになっています。これは「重要さ」もしくは「曖昧さ」のどちらかが減れば、流言は減るということですが、「重要さ」は私たちの力でどうなるものでもありませんから、「曖昧さ」を減らすことが流言を減らすことになります。「これは何なんだろうか?」とか「この先どうなるのだろうか?」といった判らないことがたくさんあることが、曖昧さを生み出す原因になってますから、判っていることから「ちぎっては投げ」式にこまめな情報提供を行うことが大切です。

正しい情報に関しては、日本はアメリカほど有能ではないかもしれませんが、私共もなんとか少ないニュースの中から感染症に関する情報も得て発信していますから、皆様も是非、厚生労働省や国立感染症研究所のホームページなどから最新情報を収集し、檀家や信徒の方々へお話しされる際に役立てていただければと思います。

噂が拡大するには、「信じさせる力」と「伝えさせる力」が必要です。一般論として、あまりにも荒唐無稽な話はそれほど拡がりません。それでも拡がる噂に対してどうすれば良いかというと「否定戦略」と「対抗戦略」があります。「その噂は嘘だよ!」と正面から言うのが否定戦略で、直接否定せず違うイメージを流すのが対抗戦略です。例えば、2009年に「当時の」新型インフルエンザ(H1N1型)が流行った時、兵庫県や大阪府の高校生を中心に感染が拡大しましたが、神戸高校の生徒の感染が明らかになった時は、周辺住民が「校庭を消毒しよう」などと言い出しました。これは多数対少数故に起こる差別の話です。

当時、私は神戸新聞から連載を頼まれていたのですが、「何を書いても良い」と言われていましたので、ちょうど良いタイミングで出されたオバマ大統領の諮問委員会の「2009年末までに全人類の6人に1人が新型インフルエンザに罹る」という予想を引用して「この新型インフルエンザは、現在の感染者とその周囲の人に限らず、そのうち世界中の皆が罹る病気です(から過度に恐れずに)」という文章をどんどん出しました。こういったこまめな情報提供や、“権威筋”による否定が、結構有効だったりします。実は、このスライドは2009年に作成しました。当時は、「“権威筋”には○○省からみのもんた氏までひとそれぞれ」と書いていたのですが、さすがにそれは変更しました。現在では、「“権威筋”には○○省から池上彰氏までひとそれぞれ」という風に書いています(会場笑い)。日本では医者の服薬指導などに皆さん素直に従ってくださいますが、医療従事者が投石被害に遭ったりするケースは極端だとしても、アフリカの奥地では今回のように伝統的治療師や宗教家のほうが医者より信じられている地域の場合、科学的に正しい情報を伝えてゆくことで、感染症の社会不安に対して宗教家のできることは思っている以上に大きいと思われます。


▼とにかく水溜まりをなくすこと

さて、次はデング熱についてです。デング熱はすでに日本に入っており、しかも夏場に東京のど真ん中の代々木公園の件がたくさん報道されましたので、皆さん関心を持っておられると思います。実は、デング熱そのものの発症例は、これまでも日本で毎年200人ぐらい報告されていました。ただ、この報告された人々はすべて、海外で感染して日本に帰国後発症しているケースです。デング熱の症状は、発熱、関節痛、筋肉痛、頭痛、発赤腫脹、目の奥の痛みなどがあります。この病気はあまり重症化することはないですが、重症化は全罹患者の1〜5%程度。さらに死亡するケースは、この重症化例の1%ですから、先程、エボラウイルスに感染した場合の死亡率が70%と申しましたが、デング熱で死亡するケースは1万人に1人(0.01%)ぐらいのごく稀なものです。治療法は対症療法のみです。ただ、解熱剤によってはかえってデング熱を悪くする種類があるので、コンビニで解熱剤を購入するよりは、できれば、医療機関で受診していただいたほうが良いです。ワクチンは現在開発中ですが、完成には至っていません。以上が、デング熱の基本情報です。

「デング出血熱」という言葉を聞かれたことがある人もおられると思いますが、これは、デング熱を発症した患者の内、1〜5%の重症化したケースを指します。これはどういった人が罹るかというと、一度、デング熱に罹り、完治した人が運悪くもう一度デング熱に罹った際に、そのデング熱のウイルスの型が最初と異なる場合、発症する可能性が少し高まるとの統計上の結果が出ています。数としては微々たるものですが、重篤化するのは、相対的にそういったケースの方が多いと言われています。デング熱には1型から4型の4種類がありますが、現在、代々木公園周辺で騒がれているのはデング1型です。仮に今回デング熱に罹って治った人が、バリ島へ旅行に行って裸に近い格好で別のデング熱に罹った場合(バリ島で流行しているのはデング2型)、このような重篤化が考えられますが、相対的な数は微々たるものです。

図表29

いずれにせよ、デング熱は蚊が媒体しますから、蚊対策が一番基本になります。それにはボウフラの繁殖地を塞ぐことが有効です。この写真は、先月ミャンマーへ行った時に撮った駅ですが、これはヤンゴンの環状線の駅前の写真ですので、いわば東京の山手線や大阪の環状線のようなものです。この駅で折り返す電車が結構あるため、大阪環状線で例えるならば、京橋駅や天王寺駅といった感じでしょうか。その駅の真ん前にこのような水溜まりがあるのですが、雨期のため乾く前に次の雨が降り、いつまで経っても乾きません。この水溜まりを覗いてみますと、プクプクと泡が立ち上っていました。これは、生物がいる証拠です。こういった場所が普通に街中のあちこちにありますが、こういう所に土を被せて埋めます。宗教家の皆様の中には庭園などがある非常に環境の良い場所にお住まいの方もいらっしゃると思いますが、美しき繁殖地がないか、今一度見直してみるのも良いと思います。ボウフラが発生するシーズン前にそういった対策を取ることが、効果的な予防策になります。そう難しい話ではありません。そもそも最初の段階で蚊が発生しなければ、殺生をすることも少なくて済む訳です。

例えば、シンガポールでデング熱が流行る地区では、ネットを通じて「週に1回、10分間を蚊対策に使ってください」といったキャンペーンを展開しています。例えば、花瓶の水を交換する、植木鉢の水受けに溜まった水を取り除く、バケツを逆さまに置く、物干し竿立ては、使わない時にはカバーをする、落ち葉の溜まった屋根の樋(とい)を掃除するといった対策をシンガポールは政府として取り組んでいます。インターネットで「デング熱」と「シンガポール」と入力して検索していただくと、より詳しい情報をご覧いただけると思います。


▼一番よく効く虫除けは?

この他に、蚊に刺されないための対策として、虫除け(昆虫忌避剤、リペラント)や、蚊取り線香、蚊帳などがありますが、この中で、日本政府(厚労省)がいろんな規制をしていることによって窮屈な状態になってしまっているのが皮膚に塗布する昆虫忌避剤です。ディートという成分が有効なんですが、日本政府は、その成分の含有量に上限をかけています。実は、日本の製品で一番良いのがムヒなんです。この製品ですと「成分12%配合」と書かれています。通常薬局で並んでいる昆虫忌避剤(虫除け)に含まれる成分はだいたい6〜7%です。濃度というは何時間有効かということに大いに関係しています。ちなみに、薬局で売っている大半の忌避剤は2時間程度有効です。12%でも、せいぜい保って2、3時間でしょう。ですので、日本で売られている昆虫忌避剤は、2、3時間経てばすべて塗り直さなければ駄目です。という訳で、長時間屋外で作業する時は、日本製のものは効果が保たないことになります。

しかし、海外で売られている23%配合の忌避剤ならば5時間程度は有効ですし、もっと濃度が濃いものも売られています。例えば、これは私が先月ヤンゴンへ行った時に購入した製品ですが、ミャンマーは自国で虫除けを生産する産業がないため、すべて輸入製品になります。ですので、薬局に行くと、あちこちの国の製品が売られており、いわば虫除けの世界選手権状態です。

図表33

しかし、日本製品はひとつも売っていません。この写真に写っているのは、タイ製、インド製、オーストラリア製の忌避剤ですが、タイ製は20%で5時間保ち、160円。お金を持っていない人はインド製の虫除け(30円)を購入します。インド製は12%ですから、日本で売られている一番良いものと同じです。つまり、日本で一番良い製品とミャンマーで30円で売られているものの効果は同じということになります。お金を持っている人はオーストラリア製の80%のものを買います。お値段も1,300円ぐらいしますので、ミャンマーの人もそう気軽には買えません。

日本の場合は、国が規制しているため、製薬会社には製造する実力があっても、こういう製品を作ることができません。ですから、日本のクリニックの中で一部、海外渡航者のためのトラベルクリニックでは自主輸入をしています。ただ、そのまま売っては駄目ですから、ちゃんと処方薬として処方箋を書いて出しておられます。そういった規制がなければ、実は日本製の製品は優秀なんです。例えば、蚊取り線香は人間の体に直接付けるものではないので、政府の規制対象外となります。蚊取り線香は中のピレスロイドが有効成分で、これが蚊取り線香のコストの中で一番高いです。海外へ行くと30円で売っているものもありますが、こういうものはピレスロイドの濃度を低めて作ってあるため、煙はモクモクと出てきますが、その煙の中を元気に蚊が飛び回っています(会場笑い)。

先程、ヤンゴンで売られている昆虫忌避剤は世界選手権状態で日本製品は見当たらないと申しましたが、蚊取り線香は日本製のものが最適で、実際よく売れています。さすがに30円では買えませんが、それでも日本で買うよりはもう少し良心的なお値段で買うことができます。

図表35

個人がお金を出し購入しなければ手に入らない工業製品である昆虫忌避剤や蚊取り線香以外にもどこまで効果があるか判りませんが、この写真のような「蚊取りボトル」は、とても安価に作ることができます。ペットボトルの上部を切り、下の部分にブラウンシュガーとイーストと水を入れて、上部を逆さまにして嵌めます。そうすると、蚊がアルコールの匂いに釣られて入っていくという仕組みです。屋内の限られたスペースであれば、この容器を置いておくだけで結構蚊対策になります。詳細は、こちらのホームページ(http://tabi-labo.com/11829/mosquito/)をご覧いただければと思います。


▼蚊によって媒介される病気はもっと増える

さて、次は「蚊によって媒介される病気はもっと増える!」ですが、今回の日本におけるデング熱の流行では、100人単位の罹患者でしたけれども、インド、ミャンマー、カンボジア、ラオス、ベトナム、マレーシア、インドネシアあたりでは、毎年万単位で患者が出ています。実は今、日本の財界で「チャイナ・プラス・ワン」という動きがあります。これまで中国に進出していた日本の会社が、中国にはいろんな政治的リスクがある上に、中国人の1人当たりの賃金が4万円、5万円になったら「もはや中国に工場を置く旨味はない」ということで、中国の工場をたたんで、あるいは工場をたたまなくとも新しい工場を東南アジアの別の場所に造って、生産拠点を分散化しはじめました。では、具体的にどういった地域へ移るかというと、この地図で赤に色分けされている地域に移る訳です。真っ赤な地域における海外在留日本人の数は、12,000人から15,000人。これが今後は1年間で数千人増えるんです。

図表36

特に、これから増えることが見込まれるのがミャンマーです。つまりこれまで、この地図上の白い地域にいた駐在員が赤い地域へ移動するということですが、それは何も現地駐在員とその家族に限った話ではなく、日本からの出張者もそうですし、その国の人たちも研修で日本へやってきます。あるいは、観光キャンペーン効果を受けて、タイの人たちがたくさん日本へLCC(格安航空会社)などを使ってやって来ます。つまり、もっと広い範囲で、感染者の流行地域である地図上の赤い地域と日本の間で、これまで以上に人の流れが起こるのです。そうなるともちろん、蚊も渡航者と一緒に日本へ入ってきます。

蚊によって媒介される疾患として、今回はデング熱が東京都で流行しましたが、デング熱がすべてではありません。ネッタイシマ蚊やヒトスジシマ蚊はチクングニヤ熱を媒介しますが、現在はアメリカのフロリダ州やカリブ海あたりで流行っているこういうものも、日本に入ってくる可能性が非常にある訳です。ですので、来年は大阪でデング熱が流行って騒いでいるかもしれないし、チクングニヤ熱が入ってきて騒いでいるかもしれないし、何が起こってもおかしくありません。

終戦後、復員兵などによってもたらされ、大流行した三日熱マラリアも、1959年の滋賀県彦根市での流行を最後に終息し、それ以降、半世紀以上流行していませんが、お隣の韓国では未だに制圧できずにいることを考えると、日韓間の人的往来の多さからして、いつまた日本にマラリアが侵入するか判りません。いずれにせよ、これまでなかった病気が、地球温暖化と国境を越えた人々の往来の増加に伴って、これからもっと出てくるということです。パニックになることがあるかもしれませんが、私たち医療従事者だけでなく、宗教家の皆様にもご協力いただけますと、巧くいくのではないかと思います。本日はご清聴どうも有り難うございました。

 


(連載おわり 文責編集部)