<対 談>


04年05月24日
日本は何を守るべきなのか
虎ノ門戦略研究所 理事長
                          関はじめ

                       (株)レルネット代表取締役
                          三宅善信

 自衛隊の初の多国籍軍参加をはじめ、日本の安全保障を取りまく環境が急変しているにもかかわらず、国会がほとんど機能停止状態に陥っている中で、小泉首相のパフォーマンス政治に任せておいては、日本人の生命と財産を保全することすら心許ないが、わが国では、これまで真正面から安全保障問題が論じられることが少なかった。そこで、防衛問題に数々の有益な提言をされている虎ノ門戦略研究所理事長の関はじめ氏をゲストに招いて、三宅善信代表と対談していただいた。


対談で大いに盛り上がる
関はじめ氏と三宅善信代表

三宅善信:  本日はお忙しい中、遠路はるばる東京からご来駕ありがとうございます。それにしても、実際に中東地域では「戦争」が行われ、「後方支援」や「人道支援」とはいえ、日本の自衛隊もそこに参加しているにもかかわらず、また、北朝鮮という脅威が日本のすぐ近くに存在しているのに、国会もほとんど意味のない政争に明け暮れており、困ったことです。そういう訳で、安全保障問題の専門家である関先生が日本の国をリードする場で活躍できることを望んでおります。


関はじめ:  こちらこそ、わざわざお時間を取っていただき、ありがとうございます。先生のように、宗教界にも安全保障の問題にご関心をお持ちの方がおられることをありがたく思います。


三宅善信:  それでは、現在の日本を取り巻く状況を分析するために、少し過去に遡って、「なぜこうなってしまったのか?」というところから考えてゆきたいと思います。

  まず、米ソ冷戦時代においては、こと防衛問題に関しては、日本は全く「蚊帳の外」だったのでしょうか? あるいは、核兵器をたくさん持っているソ連には日本は勝てっこないから、日本政府は、自らの力で「自国民の生命と財産を守る」ということすら想定していなかったんでしょうか。初めから「アメリカの一部でございます」というような意識で……。


安全保障問題の専門家 関はじめ氏

関はじめ:  いきなり厳しいご指摘ですが、これは、冷戦後に竹下さん(註=竹下登首相)が言った話ですが、「五十五年体制」によってできた二大政党である自民党と社会党というのは「持ちつ持たれつ」といいますかね。絶妙のバランスだったんですね。もし、アメリカからきついことを言われると、自民党政権は「社会党がいるから(そんな政策を実行すると、選挙で自民党が負けて、日本に社会主義政権ができるぞ。だから)できない」と答え、ソ連からきついことを言われると、社会党はそれを受けて「自民党がいるからできない」と、お互いに日本の言い訳をするために補完していたということなんです。

  しかし、アメリカとソ連の間においては、冷戦というのはまさに戦争だったんですね。「冷たい戦争」でしょ。その中で、日本(の指導者)だけがそういう感覚であったということは、とんでもない話なんですよね。ですから、正直申し上げて、日本の政治家たちは「安全保障というのは、完全にもう忘れていた」ということだと思うのですね。

  私の知っているある大蔵省の幹部なんか「自衛隊にお金かけているの(防衛予算)は、アメリカに対する交際費みたいなものだ」と言い放ったことがあるんです。ということは、彼の頭の中には「安全保障」という観念が全くないわけですね。「アメリカがガタガタ言ってくるから、しょうがなく付き合っている」と……。

  一方、逆説的な言い方ですが、アメリカ自身も「あまり日本の軍事力が大きくなっても困る」という点があったんですね。第二次世界大戦後、「常に日本を(軍事的に)弱体化しておきたい」という思いがあるわけです。ですから、アメリカのほうも「適当なところで自衛隊があればいい」と……。


三宅善信: 日本の安全保障の本質的な問題を指摘されましたね。第二次大戦後、アメリカの基本的なスタンスは、もちろん「共産主義」という新しい敵であったソ連も念頭にありましたが、それ以上に、実際にアメリカに牙をむいたことのある日本とドイツをいかにスポイル(去勢)し続けるかという重要な課題がありました。

  例えば、アメリカは航空自衛隊に最新鋭の戦闘機を売りつけても、決して空中給油装置を付けさせない。つまり、いったん戦争が始まると、飛行場が真っ先に攻撃されますから、空中給油装置のない軍用機は、たとえ敵の攻撃を逃れても、燃料が切れたものから勝手に墜落してゆきます。そんなことですから、脚(航続距離)の短い飛行機しか持ってないので、イラクに行くのでもバッタみたいに、やたらあちこち停まり停まりでしか行けませんでしたね。


関はじめ:  よくご存知ですね。アメリカから買ったC130や、C1といった大型輸送機は、沖縄までも行けないくらい航続距離を短くしてあるのですね。まったく実戦では役に立ちません。


安全保障問題に独自の視点から
切り込む 三宅善信代表


三宅善信:  だから、今回イラクに行く時も、あろうことか隊員は日頃は首相らが使う民間機仕様の政府専用機(ジャンボ)に乗せて、荷物はなんと、ロシアに頼んで、アントノフ(超大型輸送機)で運んでもらいました。そんなの世界の軍隊ではありえません。自己完結していないじゃないですか。向こう(イラク)に行って、アメリカの兵隊を乗せてあげる時、「米兵が機関銃持っているかいないか、武力行使を一体化しているかいないか」と、くだらない議論を国会でする前に、自衛隊そのものがロシアに運んでもらうということが、ギャグ以外の何者でもありません。

  もっとも、北海道の自衛隊の基地へロシア軍の輸送機が降りて、「日本の資材を積んでくれる」という光景は、ある意味、国際協力としては非常に微笑ましいといえば微笑ましいんですが……。向こうの人(ロシア人)は、きっと舌を出して笑っていると思います。まあロシアは正規の高い運賃を日本が払ってくれるから「いいお客さんだ」と思っているでしょうけれども。

  このように、安全保障という感覚は、日本国そのものがずっと欠落してきたということです。たまたま島国だったからなんとかなってきたんですけれどもね。


関はじめ:  おっしゃるとおりです。日本人の安全保障に関する感覚は、遺伝子レベルに遡るくらい「甘い」ものがありますね。


三宅善信:  二十数年前の学生時代に、「キリスト教倫理学」という単位を取ったら、ドイツ人の教授だったんですよ。その方は今、学会の大御所として、宗教倫理学会の会長になっておられるんですけれども……。牧師として来日された直後だったのですが、その先生の講義では「正戦論というセオリーが確立されている」というのです。つまり、「こういう条件が整ったら戦争してもいい」というんですね。

  当時の平均的日本人なら、「正しい戦争なんかない。いかなる戦争もしてはダメじゃないか」と思っていましたから、ミッション系の大学でこんなことを教えているとは思いもしませんでした。しかも、『キリスト教倫理学』と講座のタイトルが付いているわけですよ。教授が宗教に関わる人ですから、世俗の人よりも、より倫理的ハードルが高いものだと思って講義を聴きましたら、「これこれこういう条件が整ったら戦争をしても(人を殺しても)いい。しかし、こういう条件が整っていない戦争は罪になる」と……。もの凄いカルチャーショックを受けましたね。


関はじめ:  キリスト教神学の先生がそんなことおっしゃったんですか?


三宅善信:  はい。倫理学なんていうから、説教臭い話かと思っていたのですが…。興味深かったです。で、キリスト教がヨーロッパ全域に広がった4世紀のアウグスチヌスから始まって、19世紀のカントに至るまで、丁寧に、西洋における戦争の正当化について教えてくださるんです。

  あの当時、SALT(戦略兵器制限交渉)とか、デタント(東西緩和)の時代でして、米ソ両国の核弾頭保有数は、アメリカもソ連もお互いに敵を十回くらい全滅させあってもまだ余るくらいの「オーバーキリング」の状態になっていました。その授業でICBM(大陸間弾道ミサイル)以外にも、MIRV(複数核弾頭)とかSLBM(潜水艦搭載型ミサイル)とかいった専門用語を習ったんですけれども、思いもかけない場面で、思いもかけない先生から、そんなことを習って、逆に、日本と同じ敗戦国なのにも関わらず、ドイツではこんなこと教えているんだと感心したものです。




白熱した安全保障に関する
議論が続けられた

関はじめ:  確かに、日本と同じ敗戦国であったドイツ(当時の西ドイツ)が、安全保障に関しては、あまりにも日本とは異なるアプローチ、つまり、軍事力の再整備をしていたにもかかわらず、近隣諸国からは批判されずにいたのに、軍事的には全く自重していた日本が、近隣諸国から、いつまでも目の敵(かたき)のようにされていたのとは大違いですね。


三宅善信:  そうなんです。ヒトラーのナチスに率いられたドイツ軍のベルトのバックルには、「Fuer Got und Fatherland(神と祖国のために)」と書いているわけです。ドイツの敵であったアメリカも、いつも「May God Bless America(アメリカに神の祝福あれ)」とことある毎に言いますよね。あれは、どちらも同じキリスト教の神様を持ち出すんですよ。つまり、敵味方と言っても同じコインの裏表です。


関はじめ:  そういう意味では、無神論の共産主義ソ連や、アラー(神)を戴くイスラム教徒との戦いは、異質なのですか?


三宅善信:  そうです。共産主義の「教祖」マルクスはユダヤ人でしたから、「宗教を否定する」といっても、そこでいうところの宗教とは、無意識の内にユダヤ教のことを想定してしまっています。欧米の多数派であるキリスト教徒にとってみれば、イスラム教徒ほど異質ではなくても、やはり、異質でしょうね。むりやり自己中心的な論理を展開しようとすれば、「神」を持ち出すのが一番手っ取り早いし、事実、そうされたんです。

  けれども、問題は、自分が「そういうことをしている」という自覚があったらね、それでいいことだと思うんですけれども、自覚なしにやっている連中が一番迷惑だと思うんです。「私は悪いことをしている」という自覚のある人は、泥棒でもなんでも、褒められたものじゃないですけれど、一応、自己抑制が働いているじゃないですか。でもね、「自分は善いこと(相手のためになること)をしている」と思っている原理主義みたいな人こそ問題です。

  アメリカという国も、ある意味そうでしょ。「イラクの人たちは独裁者に抑圧されているんだ。だから、フセインを正義の軍隊が取り除いて、自由な議会を作ってあげたら、良い国になるだろう」と……。もちろん、他にも石油の利権とかの問題があるわけですけれども……。イラク人の民族感情とかいった問題を無視して、自由の押し売り一点ばりです。

  日本もお人好しですからね。戦前,東アジアの諸国民に対して同じような問題がありました。それに、関先生が主張されているように、「(アメリカの言うように)日本型の戦後統治がうまくいったからといって、この方法(GHQ方式)がイラクでもうまくいくというのは日本人とイラク人の両方に対して失礼ですよね。


関はじめ:  これだからアメリカは単純というか、ある種の救い難さがあるんですよね、あの国には……。しかも、軍事力がずば抜けて強いから皆に迷惑がかかる。それにしても、宗教家であられる先生が、「自己正当化するのに神を持ち出してはいけない」だとか、「悪人のほうが安全だ」といった主張をされることに、いつもながら感心させられます。このような先生がおられるところが金光教泉尾教会の素晴らしさというか、凄いというか……。


三宅善信:  おかげさまで、亡祖父(註:故三宅歳雄師=諸宗教間対話による平和の構築活動についての実績では世界的に有名)以来、私が育った泉尾教会では、机上の空論ではなく、紛争の現場に立って、世界平和を模索してきましたからね。そのような客観的な分析力が身についたのだと思います。


温厚な語り口の中にも自信に満ちた
論理を展開する関はじめ氏

関はじめ:  なるほど。いつも私の学生時代からの友人である亀井静香(代議士)が、「三宅先生は凄い」と言っているのが解る気がします。

  ところで、先ほどのアメリカの単純さに話を戻しますが……。


三宅善信:  その点、(千数百年にわたって隣国と戦いを繰り返してきた歴史を持つ)ヨーロッパの人々は、フランスでもイギリスでもドイツでもしたたかじゃないですか。ある意味で、日本とアメリカの共通点というのは、そういう妙なナイーブさ(単純バカさ加減)というか、お人好しさというものが根にありますよね。両国とも国際的には歴史の浅い新興国だからか知りませんけれど、共通点がありますよね。


関はじめ:  確かに日米両国ともにそういうナイーブさはありますが、アメリカのような社会システム的な強さは日本にはあまりないのじゃないですか?


三宅善信:  そうですね。アメリカはやっぱり。言葉は悪いですけれども、一言で表せば「アングロサクソンというのは悪い(成熟した)連中」ですよ。マッカーサーが来た時に、「日本は6歳の少年(のように社会的成熟度が低い)」と言われたでしょ。悔しいけれど、その比喩は当たってます。市民社会の成熟度合いという尺度で見れば、やっぱり日本は子供なんですよ、発想が……。


関はじめ:  日本も江戸時代には成熟社会があったんですけれども、ただ鎖国政策のせいで、植民地を海外で経営するとか、異民族との交流がなかったんですよね。そこでその辺がとても甘くなったんですね。


「知識の怪人」の本領を発揮する三宅善信代表

三宅善信:  欧米の成熟社会とは別の形で、江戸時代は立派な日本型の成熟社会が形成されていました。市民社会の資本の蓄積とかについては、江戸時代は建前上はお侍さんのほうが身分が高かったけれども、実際には、商人のほうが圧倒的に財産を持っていて、商業資本主義はもう立派に完成していたわけですね。今でも銀行に関する「為替」・「手形」・「両替」・「頭取」といった専門用語は全て、江戸時代にできたものをそのまま使っているんですからね。


関はじめ:  なるほど、そう言われてみれば、そうですね。いつも三宅先生は面白い点に気付かれる。その点、現在の金融用語である「デリバティブ」や「エクイティ」や「スワップ」など、すべて英語であるということは、そのことだけを見ても、日本の金融界が優位性を失って、アングロサクソンに支配されているという証拠みたいなものですね。


三宅善信:  そうなんですよ。しかも、この立場がひっくり返ったのは、そんな昔のことではないはずです。昭和4年(1929年)にニューヨークのウォール街で金融恐慌が起きたとき、驚くなかれ米国には「金融先物市場」がなかったんです。大阪の堂島に、米の先物相場が確立したのは、四百年も昔のことでしたからね。つまり、江戸時代にこの国の金融システムは独自の形式で完成していた。日本が欧米型の近代国家になるところで巧くいったのは、とりもなおさず、江戸時代からの蓄積があったからだと思います。


関はじめ:  自分のところに全く素地も何もないところで、たとえ借り物であったとしても、それなりの社会制度を作ることなんてできませんよ。


三宅善信:  そのとおりです。アジアやアフリカでは、「近代化」がなかなか巧くいっていませんが、それはただ欧米的な上物を乗せるだけでは社会の発展はないということです。単に「貧富の差」が拡がるだけで、最終的には社会混乱に陥ります。


関はじめ:  その点では、明治維新も素晴らしかったと言えますけれど、ただ欧米の制度の取り入れ方が間違ったんだと思いますね。まあ、抽象的な言い方ですけれども、「和魂洋才」といいながら、本気で洋魂になろうとした。洋魂なんてなれる訳ないのに、極めて上っ面だけを真似て、そうしよう(欧米化)としたのです。


三宅善信:  「国家神道」なんて完全に、メイド・イン・ジャパンの制度のように思われていますが、これもヨーロッパ各国にあった「国教会制度」みたいに、近代国民国家の国王が国民教会のトップを兼任して国民統合の象徴になるというヨーロッパのシステムの「国王」の部分を「天皇」に置き換えただけのことです。


関はじめ:  「国家神道」というのは戦後の概念ですよね?


三宅善信:  もちろん「国家神道」(State Shinto)というネーミング自体はGHQ(連合軍総司令部)の発明ですが、制度そのものは、明治国家の官僚によって創られた概念です。見かけは(伝統的な)神社の形をしていますが……、橿原神宮や平安神宮や明治神宮など皆、近代国家の官僚が創った神社であることは間違いないわけで、それらの総称が「国家神道」という概念です。


関はじめ:  官僚の頭の中がおかしいんですよ(笑)。それは現在も変わらないと思いますけれども……。


三宅善信:  関先生は、東大卒のバリバリの元キャリア官僚ですから、その関先生にキャリア官僚の悪口を言うのは、失礼ですけれども……。

関はじめ:  いえいえ、ご遠慮なさらずに、どんどんと官僚の悪口をおっしゃってください。私も長年官僚生活をしてみて、「こんなことではいけない」と思いましたので、政治家の道を目指したのですから……。


三宅善信:  それなら遠慮なく言わせていただきます。日本の歴史を顧みてみますと、まず、奈良時代には、なんでもかんでも当時の先進国であった中国(唐)の真似をして、都の道路も縦々横々の碁盤の目状にして、政治システムも律令制度を取り入れて、服装や髪型も、それまでの大国主命(おおくにぬしのみこと)みたいなみずらを止めて、唐様の昔の一万円札の聖徳太子みたいな恰好にして、漢字も取り入れて、要するになんでも唐様を真似たんです。

  しかし、中国の三千年に及ぶ歴代王朝でも、いずれの王朝でも、制度的にずっとあって、なおかつ日本が取り入れなかったものが三つありました。すなわち、纏足(てんそく)、宦官(かんがん)、そして科挙(かきょ)の制度です。隋・唐以来、中国の歴代の王朝は科挙ですよね。「科挙の制度」という試験で高級官僚を選出するというのは、明治に高等文官試験(キャリア)ができるまで日本にはなかったことです。中国や韓国では、文官が武官よりも上になるのですが、日本は藤原摂関政治でも平家でも源氏でも完全な門閥政治でしょ。大臣になるには、まず藤原氏に生まれることが最低条件…。江戸時代でもそうですよね。同じ大名家でも外様は絶対に幕閣にはなれません。


関はじめ:  日本では、文武いずれにしても門関政治です。しかも、この国では孟子の「易姓革命」(註:「天命」を受けた「王朝」が交替すること)の思想は拒絶されました。なんといっても「万世一系主義」ですからね。


三宅善信:  しかも、「文・武」の順ではなくて、鎌倉幕府ができてからは、常に「武家」のほうが上に居るわけですよね。でも、「侍」といっても、戦士ではなく「刀を持った武官出身の文官」が政治を司っていたのです。江戸時代、実際に、人を斬ったことのある侍はほとんどいませんでした。彼らは通常、刀の代わりに筆を持っていたわけですけれども、やはり、その基本は「武」であった訳です。

  しかし、同じ時代の朝鮮王朝なんかの両班(ヤンバン)では、やはり、「文・武」の武は下っ端で、試験で登用された文官が偉そうにしていました。この違いというのは、欧米列強と接するようになった時に、もの凄く大きいですよね。それらのすべてがうまく機能していたのに、明治になって日本も、「試験で官僚を選ぶ」というシステムを採用してしまいました。


関はじめ:  明治維新の過程で「統一」のためのいくつかの国内戦争がありましたが、諸外国の干渉をうまく排除して近代国民国家を樹立し、日清日露と来るわけでしょ。その過程では、かつて武士であった連中の感覚がやっぱりうまく働いたんじゃないですか? ところが、その後は、結局、試験に受かった官僚が政治の中心になっているわけですよ。日本の歴史で初めて文官のほうが上になったわけです。これが間違いの始まりです。現在、「日本人は国際政治が解らない」と言われますけど、その背景には「武」ということがわからないからでしょうね。


三宅善信:  防衛庁ご出身の先生に対して、「釈迦に説法」になるかと思いますが、「武」の世界には、たぶん、世界共通のものがあると思います。たとえ、敵・味方であったとしても、武同士の運用感覚というか、軍人だったら当然、この局面ではこうするとか、そこを攻めるとしたら、ここから補給するという、いわば、「武のスタンダード」があるのでしょうけれども、日本の官僚は「武」が解らない連中が就いていますから、その感覚が抜けちゃっているので、いつもおかしいことをするのじゃないでしょうか?


関はじめ:  たしかにそういうことが言えますね。さらに、世界的にも言える傾向ですが、たいていは文官のほうが軍隊を動かしたがるものです。本当に優れた軍人は、非常に慎重ですよね。現在のアメリカのパウエル国務長官。もともと参謀総長(軍人のトップ)であった彼は、今回のイラク攻撃に最後まで反対でしたよね。ところが、文官のラムズフェルド国防長官のほうが、兵を動かすことに積極的でしたよね。

  このことひとつをとってみても、イラクに派兵することにブッシュ大統領みたいに、自分の名誉だけほしいという人は一生懸命現地で動かされるかもしれませんが、本当に軍事力行使の恐ろしさを知っている人は、やっぱり軍隊を簡単に動かすことはしないと思いますよね。


三宅善信:  ところで、今年は日露戦争開戦百周年に当たり、先日も亀井静香先生をはじめとする議員団が明治神宮に参拝しておりましたけれども、「日露戦争」と、例えばその後の「シベリア出兵」にしても、あの頃までは、日本は軍事力行使に非常に慎重だったですよね。実際、陸軍が海を越えて外国に兵を送るということは、後方の補給から考えても大変なことなんですよね。

  昔でしたら、アレキサンダー大王の時代以来、遠征先では分捕り合戦。これはこれで意味があったんですけれども、近代における国民国家の軍隊はそうは行きませんから、逆にロジスティックつまり補給線とか大変ですよね。そんな訳で、軍そのものは、極めて慎重でしたのに、たまたま日清戦争でも下関条約で、賠償金もらったり、領土の割譲を受けたりしていますから、必ず戦果を上げたら後々フルーツがあったのに、でも、今回の「シベリア出兵」は何も成果がなかったから、「手ぶらで帰ってくるのか」ということになって、結局、現地に居ついてしまった。そのことをして「日本には領土的な野心があるんじゃないか?」と思われてしまう。


関はじめ:  そうですよね。1918年(大正7年)の「シベリア出兵」の時も、最初は、アメリカのほうが「(日本と一緒に)シベリアへ行こうじゃないか」と言い出したのに…。結局、日本のすることは、いつも後追いです。


三宅善信: あの時(シベリア出兵)も、ヨーロッパではドイツと、イギリス・フランス連合軍が戦って「西部戦線(ドイツから見て)が膠着(こうちゃく)状態になったので、もうひとつ東部戦線(註=ロシアを通過して、日本軍がドイツ軍を東側から攻めるという状況)を作ってくれ。日本よ来てくれ」と頼まれたのだけど、日本は「自分一人で行くのは嫌だ。アメリカと一緒だったら行くよ」ということになりました。

  ところが、そこでロシア革命が起こって、ロシア国内の状況が騒然となり、「ロシア国内に取り残されたチェコの部隊を助けるため」という理由で、アメリカ他数カ国と一緒になって出兵したのです。アメリカも「人道支援のための軍事介入」という形をとったのです。何か現在の国際情勢と似たようなところがあります。

  先日、この「シベリア出兵」(『イラク派遣を前にシベリア出兵を検証せよ』参照)について、調べていて驚いたんですが、その際にシベリアで結成された八カ国からなる多国籍軍の指揮権は、なんと日本にあったんですね。後にも先にも、国際的な多国籍軍の指揮権を日本が持っていたなんて、非常に珍しいケースなんですけれども、結局、全然それが機能しなかったのは、まさに官僚主義の結果です。


関はじめ:  それにしても、三宅先生は宗教家で、しかも、平和活動に熱心な泉尾教会で育たれたのに、とても軍事問題にお詳しいですね。


三宅善信:  平和活動であれ、ただ口で「平和! 平和!」と唱えるだけで平和になるのだったら、誰も苦労しません。問題を解決するためには、まず、取り組むべき相手のことをよく知らなければなりません。それから「歴史を学ぶ」ということも大切です。それらのことを知っているということが、問題に関わろうとする者の最低条件です。その意味で、この時代の曲がり角に、軍事問題のスペシャリストである関先生に日本の進路を決めるプロセスに参画してもらいたいと思っています。


関はじめ:  有難うこざいます。アメリカの立派なところは、大きな目的が変わると、たとえ多少の犠牲は出しても、すぐに調子が悪い自分を変えてゆくわけですね。
ところが、日本はそれができない。いつまで経っても、銀行の不良債権処理は進まないし、国会もまともに機能していない。この「失われた十年」を取り戻し、日本を再び元気で世界の人々から尊敬される地位へ戻すのは、われわれの世代の使命でもあります。その意味でも、引き続き、この泉尾教会からのご支援ご指導を頂戴したいと思います。


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