論理的にあり得ない「予言」:似非宗教を見分けるコツ
 
1998/9/10

レルネット主幹 三宅善信

またぞろ「怪しげな似非(えせ)宗教」が蠢いてきた。元X JAPAN のヴォーカルTOSHIが「ハマっている」いるといわれる自己啓発セミナーや、横綱貴乃花が「洗脳されている」といわれる整体師らもこれに入れることができる。かれこれここ十数年来、次々と新手の霊感商法やカルト宗教が社会問題化しているというのに、相変わらず「騙される」人がいること自体の方が私には理解しがたいが、事実「騙される」人がいるのだから、似非宗教を簡単に見分ける方法とその論理的(神学的)証明をすることによって、一般読者のお役に立ちたい。

宗教専門の情報ページとして開設された「レルネット」の主旨に反するので、特定の教団・個人を批判(誹謗中傷)することは避けなければならないが、その一方で、「インチキ宗教を見分けるコツを教えてほしい」という一般読者からのリクエストも多いので、ここでは、その方法論を論じるに止め、最終的には、読者ひとりひとりが自分の判断で、それぞれの宗教について理解する判断力を身につけて欲しいものだと思う。

元X JAPAN のTOSHI夫妻が「ハマっている」いるといわれる自己啓発セミナーのことについては、『週刊現代』9月19日号等で採り上げられているし、横綱貴乃花が謎の整体師に「洗脳されている」といわれる事件も、昨日あたりから各局のワイドショーが一斉に報道じているので知らない人はいるまい。どちらも、最終的には、当事者同士の問題だから、私がとやかく言う問題ではないが、さりとて、TOSHIも貴乃花も超有名人で、同宗教(自分たちが「宗教」と呼ぼうが呼ぼうまいが、実態として「宗教的集団」という意味で)の「広告塔」として利用され、ナイーブな(英語のnaiveは「バカな」という意味もある)若者たちへの影響も大きい(今春、同じロックグループのギタリストのhideが自殺した時には「後追い自殺」した連中までいる)と考えられるので、一応、注意点を述べよう。

最初に、言っておこう。「各種の占いや健康食品(「食すると癌にならない」とかの類)とかは、宗教と科学の両方に対する冒涜である」これが私の基本的な立場である。逆に、読者の中には、「占いは宗教的であり、健康食品には科学的根拠がある」と考えられている人が案外多いのではないだろうか。こういう人が一番、似非宗教にハマりやすいのである。それでは、その論証を分かり易い科学の方からしてみよう。

世界中で数多くの科学者や医者が日夜、新薬の開発をめぐって競争しているのに、もし、健康食品の「アガリクス(キノコの一種)で99%癌が治る」のであれば、世界中の病院で、キノコが癌治療に使われているはずである。そして、とっくの昔にこの世から癌が無くなっているはずである。この種のインチキは、クレームを付けたら「99%治癒すると書いてあるでしょう。何も100%とは言っておりません」と反論する余地が初めから用意されているのである。「まともな薬」ですら効かない場合があるのに、この種の「健康食品」に病理学的な効果があるとは思えない。ちょうど、かつて民放番組でよく「UFO遭遇体験談」なるものが放送されたが、もし、本当にUFOが出現したのなら、7:00のNHKニュースが採り上げるはずだというのと、同じ構造である。その他の健康食品も五十歩百歩である。いずれも、もし、科学的効果が実証されたのなら、とっくの昔に医薬品として商品化されているはずだ。気功術等も同じだ。

次に、各種の「占い」についてである。「占い」が成立する条件として、「事前に全てのことが決定され」ている必要がある。だからこそ、その「未来(来るべき将来)を観よう」という意欲が湧くというものだ。さもなければ、占うこと自身、意味がなくなる。しかしながら、これから先に起こることを100%の蓋然性をもってハッキリと予測することは、論理的には不可能なことである。例えば、仮に「全能の神」のごとき存在があったと仮定しよう。その「神」が、1から6まで、どのような目が出るか判らないサイコロを創ったとしよう。そして、その「神」に、「サイコロを振って次に出る目は何か?」と尋ねたとしよう。もし、その「神」が、サイコロの目を当てることができなかったとしたら、その「神」の「全能性」は失われることになる。と同時に、もし、サイコロの目を当てたとしたら、最初の「どのような目が出るか判らないサイコロを創る」という約束が破られたことになり、これまた「全能性」が失われたことになる。この質問は、既に三千年前の中国で『矛盾』の故事(「どんな盾でも突き破ることのできる矛」と「どんな矛でも防ぐことのできる盾」を闘わせたらどうなるか)でも、 証明済みの初歩的な命題のはずである。

したがって、「占い」の前提となっている「決定論」が成り立たない以上、いかなる「占い」も成り立たないことは、自明の理のはずである。星座占い、血液型占い、仏滅・大安等々、いかにこれらを巧妙に組み合わせようとも、すべて論理的には整合性を持たない(インチキである)。私は、かつて、姓名判断(字画数)をするという人の話を聞いたことがあるが、「じゃ私がアラビア人だったら字画は何文字(ミミズのようなアラビア文字の字体は数えようがない)になるのか?」と尋ねたら、答えに窮していた。また、ある時、血液型占いの人に、ウソの血液型を言って、いちいち占い師の答えに納得して挙げたら、その占い師は「よく当たるでしょう」といったので、最後に、「最初に言った血液型はウソだった」と言ったら、彼女は反論のしようがなかった。

これで、最初に言った「各種の占いや健康食品とかは、宗教と科学の両方に対する冒涜である」の意味がお解りいただけたことと思う。「宗教家(セミナーのリーダーでも何でも)」と呼ばれる人が、この種のことを口にしたら、まず、「インチキ宗教だ」と疑って間違いない。だいたい、一週間やそこらの「自己啓発セミナー」で自分が良い方向に啓発できる訳がない。生まれてことのかた何十年かの間、変えることのできなかった自分の嫌な点が、そうあっさりと変えられるのなら、既に変えられているはずである。

だからといって、私は、宗教を否定する訳でもなければ、科学の成果を否定する訳でもない。いやむろ、積極的に両者を肯定してしている。本物の宗教家は科学の成果に謙虚であるし、本物の科学者もまた、いたずらに宗教を否定したりはしないものだ。私が幼かった頃、我が家には湯川秀樹博士(ノーベル物理学賞受賞者)や赤堀四郎博士(元大阪大学総長・生命化学)らが、よく来られた。宗教家である祖父(三宅歳雄)と夜を徹して、現代社会に生起する諸問題について、分野を超えて話し合っておられた姿を思い出す。お互いの疑問点を真剣にぶつけ合っていたのが印象的であった。

これで、基本的なことは、解っていただけたと思う。霊感商法等についても、言いたいことはいくらでもあるが、別の機会に譲るとして、今日のところはこのへんで筆を置きたい。


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