巨人が日本の野球を駄目にした
01年10月05日


レルネット主幹 三宅善信

▼長嶋退任がトップニュース?

 9月28日、入院先のベッドの上で、NHKの午後7時のニュースを見て驚いた。『ニュース7』のトップは、なんとジャイアンツの長嶋茂雄監督の退任の映像が映っていた。長嶋監督の後ろには大きく読売ジャイアンツの旗が貼られ、ナベツネこと渡辺恒雄オーナー(読売新聞社長・主筆)と、退任する長嶋監督、そして、次期監督に決まった原辰徳ヘッドコーチが畏まって映っていた。9月11日の米国での同時多発テロ事件以来、日本のニュースは常に同時テロ関連のものがヘッドラインのトップを飾っていた。もちろん、どのような大事件であっても、いずれは風化するというか、他の事件にトップニュースの座を奪われるのが世の常であるが、このような空前絶後の同時テロ事件および、それに伴う米国とイスラム原理主義勢力との戦争が時々刻々と迫っているという緊張感の中で、そのニュースを凌ぐニュースというのは、よほどの大事件か、あるいは国家的なイベントがそれに取って代わるというのなら判るが、たかが一私企業の人事、しかも、一プロ野球チームの監督人事が、日本のトップニュースになる(新聞の「号外」も配られた)とは思いもしなかった。

 私は、長嶋茂雄の監督としての力量が図抜けているとは思わないというより、「並」と思っている。監督としての力量なら、同じ日に退任を発表したオリックス・ブルーウェーブの仰木彬監督のほうが、監督としての通算勝ち星も日本シリーズの優勝回数も多いであろう。また、「往年の名選手」という言い方をすれば、たしかに長嶋は大スター選手ではあったが、記録という点から見ると、そんなに図抜けた記録を残している訳ではない(例えば、王貞治のホームラン世界記録と比べるまでもないことであるが、あの阪神タイガースの野村克也監督と比べてみても、生涯本塁打数で200本近く劣っている)。しかし、長嶋茂雄は、「記録に残る選手」より「記憶に残る選手」と、彼個人を称えるために無理やり造られたと考えられる言葉によって、大スターとして日本プロ野球界に君臨してきた。

 ある世界でのダントツの人を表わす表現として「ミスター○○」という呼びか方があるかもしれないが、それでも、ただ単に「ミスター」という称号だけで、ある特定の人を指すということが行なわれた例は、長嶋茂雄をおいて私は知らない。よく、「時代の寵児」という表現があるが、長嶋茂雄が立教大学を卒業してプロ野球界に入ったのは1958年(私が生れた年)だ。そして、2001年まで半世紀近くにわたって「時代の寵児」でありえたというのは、およそ常識では考えられない。物事には流行りがあれば、必ず廃りがあるはずである。これが、もし長嶋茂雄個人の人気だというのなら、彼が阪急(現オリックス)や東映(現ニッポンハム)といったチームに入団していても、人気があったはずである。しかし、それはそうとはいえないであろう。彼が、「巨人」という特別のチームにいたから、彼の国民的人気は高まったのである。


▼巨人とアメリカの共通性

 そもそも、「読売ジャイアンツ」といったれっきとしたチーム名があるのに、どうしてこのチームだけが「巨人」と呼ばれるのか? 企業名をできるだけ伏すNHKにおいても、ことプロ野球に関しては「ロッテ」や「ダイエー」といった企業名を丸出しにして放送している。また、それらの企業も、そのことによる宣伝広告効果を考えて、赤字のプロ野球球団経営しているのである。日本プロ野球機構は、長年にわたってセ・リーグに加盟する6球団と、パ・リーグに加盟する6球団の合計12球団によって構成されてきたが、12球団のうちのひとつにすぎないある特定の球団だけを、これまで特別扱いにしてきた。

 FA制度でも、ドラフト制度でも、そのつど、巨人に有利になるように恣意的に制度が変えられた。多数決の原理から言うと、ひとり巨人が「右」と言っても、残りの11球団が「左」と言えば、「左」になるはずであるが、そこがそうならないのが、日本プロ野球界のおかしいところである。国際社会におけるアメリカ合衆国と他の国々の関係に似ている。私は、これまで何度もアメリカの横暴を『ドラえもん』のジャイアンに譬えてきたが、この球団の実態は、文字通り「ジャイアン(ツ)」である。もし、巨人がとんでもないわがままを言って、それを他の全球団が反対しても、巨人は「いいですよ。私は現在のプロ野球機構とは別の、私を中心にした新リーグを創ります。すると、あなた方のリーグのほうが人気がなくなってしまうでしょうから、私を中心としたリーグに加盟したい球団はこの場で手を挙げなさい。ただし、その場合は、私の命令には絶対服従ですよ」と巨人に脅しをかけられると、どのチームも黙ってしまう。これも、アメリカと他の"同盟国"との関係によく似ている。

 私に理解できないのは、パ・リーグの6球団である。セ・リーグの5球団は対巨人戦がドル箱試合なので、ある程度、巨人の言うことを聞かなければならないという特殊事情があるかもしれないが、もともとパ・リーグの6球団は、対巨人戦という旨みがないので、巨人の言うことなんかを聞く必要はまったくないはずである。にもかかわらず、どういう訳か巨人の言うことを唯々諾々と聞いているのである。なぜなら、巨人はいつも、「今のセ・パ2リーグ制を廃止して、誰もが巨人と試合ができる1リーグ制にしましょう。それには試合数が多すぎてはいけないので、人気のない4チームほどに解散してもらって……」などという身勝手なことを言い、またそれにビビらされているパ・リーグなのである。しかも、この「1リーグ制」という読売の空手形で、30年間にもわたって騙され続けている。バカも休み休み言え! 11球団がこぞって巨人をボイコットすればいい。いくら巨人でも、ひとりで「試合」はできないだろう。


▼マイナー化する日本のプロ野球

 FA制度導入以来、巨人のチーム編成は、各球団からエースや4番バッターばかりを強引にかき集めて、いわば「全日本」のようなチームを編成しているのにも関わらず、優勝できないことが多い。これは、監督がよほどボンクラだったということの証明でもある。にも関わらず、長嶋茂雄の責任は問われなかったのである。ということは、ボンクラな奴ほど人気があるという結果に結びつく。この国では、とかく"でき過ぎる男"は嫌われるのである。日本プロ野球界と大リーグとを比べてみればよく判る。大リーグは年々加盟チーム数を増やし、全体として隆盛してきたではないか。それは特定のチームのわがままを許さなかったからである。新しい球団を創るときには、各チームから一流選手の拠出を義務づけ、また、特定のチームだけがTVの放送権を独占するといったことを避けてきたのである。一方、日本のプロ野球はその逆である。その結果、今や日本のスポーツニュースでは、本日のプロ野球試合結果の前に、必ずその日のイチロー選手(と新庄選手)の活躍を報じてから、その後に日本のプロ野球の試合結果を発表している。文字通り、日本のプロ野球全体がマイナーリーグ化したのである。

 中でも、イチロー選手の活躍に国民的注目が集まっているが、これもおかしい。これだけイチローのプレイ絶賛するのであれば、7年連続首位打者を獲得したオリックス時代の試合をなぜ日本のメディアはほとんど放送してこなかったのか? 私が見ている限り、神戸でプレイしていたときのイチローも、シアトルでプレイしているイチローも、イチローはイチローでそんなに変わりはない。イチローという天才的選手の価値をイチローを失ってからしか判らなかったとすれば、日本のメディアはよほど間が抜けている。神戸の試合をもっと中継すべきだったのである。ちなみに、私はこれまでパ・リーグの試合しか見に行ったことがない。私が若かりし頃、大阪地区には阪急ブレーブス(現オリックスブルーウェーブ)、南海ホークス(現福岡ダイエーホークス)、近鉄バッファローズ(現大阪近鉄バッファローズ)と、パ・リーグの半分の球団があったし、セ・リーグの阪神タイガースも含めると、全プロ野球球団の3分の1が、電車で30分間の地域にひしめいていた。しかも、皆、親会社は電鉄会社ばかりだ。今でも、大阪ドームはわが家から歩いて行ける距離にある。こんなことでは、ナベツネのわがままを唯々諾々と聞いている情けない日本のプロ野球に、少しでも野望を持った有能な若者は魅力を感じないだろう(註:これと同様のことは、「頭脳流出」の世界では、もっと起きている)。


▼日本で稼ぐ大リーグ

 イチローのケースは、神戸と姉妹都市のシアトルの球団マリナーズが彼を獲得したのであるが、これには裏がある。だいいち、大リーグの球団といっても、マリナーズのオーナーは、64機やゲームボーイの任天堂である。これで、イチローならびに"大魔神"佐々木のキャラを任天堂のゲーム機に使える。それだけでも、元を取ったようなものである。マリナーズの本拠地セーフコフィールドでの試合中に(ほとんど全試合NHKがオンエアしてくれる)、バッターボックスの後方の壁に、任天堂のコマーシャルが流れている。しかも、アメリカの球場であるのに、マリナーズが攻撃するときだけは日本語の任天堂の掲示板が描き出されているのである。明らかに日本向けの放送を意識したとしか言いようがない。逆に言うと、この試合は全米に向けては放送されていないということである。もし、アメリカに放送するつもりがあるのなら、英語の看板を出すはずである。アメリカでもGame Boyというのは立派に市民権を得た玩具であり、Nintendoも有名なブランドになっている。

 次に、アメリカ側のメリットとしては、落ちぶれたとはいえ世界第2の経済規模を誇る日本市場に、「スポーツ中継」というソフト(番組)を売ることができることである。何試合分かのテレビの放送権だけで、イチローを獲得するためにはたいた十数億円なんて、あっという間に回収できる。アメリカには4大プロスポーツ(チーム競技)がある。アメリカン・フットボールを行うNFLと、バスケットボールのNBAと、アイスホッケーのNHL、そして、いわゆる大リーグと呼ばれているMLBがある。これらの4つのプロスポーツのリーグは、全米各都市にチームが分散しており、ほぼ同じような運営方法で行なわれ、年中アメリカ市民がプロスポーツを楽しめるようになっているが、それぞれの「選手権」試合であるスーパーボール(NFL)、ファイナル(NBA)、スタンレーカップ(NHL)などの「特別の試合」を除いては、レギュラーシーズンの中継は、NFL、NBA、NHLの3者は日本ではそれほどポピュラーにはならないであろう。

 中継をした場合のテレビの視聴率という点だけから見れば、ひょっとすると、タイガー・ウッズの出場するPGA(プロゴルフ)の試合ほうが高いかもしれない。そこで、唯一、日本でも同じようなプロリーグがあるMLBつまり大リーグの中継を売りこむのが一番いいと考えた。日本には他にプロスポーツといえば、Jリーグぐらいだ(大相撲や各種格闘技は個人競技だ)。航空機の墜落事故のニュースでも、犠牲者の中に日本人が一人でもいると、事故の様子が詳細に報道されるが、日本人がいないとなると、百人死んでも、第一報のみである。同様に、いかにバリー・ボンズ選手がすごいバッターであったとしても、それだけでは日本人の喚起を呼べない。どこまでいっても一部の大リーグマニアしか中継を視ないであろう。

 しかし、イチロー選手がメジャーリーグに加入してからは、家庭の主婦に至るまで、メジャーリーグの醍醐味を知ってしまった。特に、時差の関係で、マリナーズの試合がオンエアされるのは、平日の午前中から昼頃にかけてのことであるので、生中継の視聴者の大半は主婦と想定される。この副作用として、日本のプロ野球中継は、まったく低調になってしまった。もともと平日の午後8時頃にオンエアされている日本のプロ野球中継は、オヤジが会社から帰ってビールを飲みながら視るもので、あまり恰好のいいスポーツではなかったが、MBLと比べて、日本のプロ野球中継のダサさが決定的なものになってしまった。これらの現象は、日本一の人気チーム読売ジャイアンツについても顕著に現われ、しかも、読売新聞・日本テレビというメディア会社が親会社の巨人は、この視聴率の低下に危機感を抱いた。4月から9月までのゴールデン・タイムの番組制作を、巨人戦の中継があるので、事実上、しなくてよかった日本テレビのショックは隠し切れない。


▼野球界の癌

 現在、7、8名の日本人大リーガーが活躍しているが、これらはすべて、数年前に近鉄から野茂英雄投手が単身渡米し、大活躍をして、日本人プレーヤーが、大リーグでも実績を残すことができるということに活路を開いたことから始まる。その意味で、野茂選手の功績は大きい。しかし、その後、渡米した選手のほとんどは、ロッテの伊良部、近鉄の吉井、オリックスの長谷川と、パ・リーグの球団のエース級ばかりであった。エース級の実績を持って、セ・リーグから大リーグへ行ったのは横浜の"大魔神"こと佐々木投手だけである。しかし、佐々木投手の場合は起用法等をめぐって横浜ベイスターズ球団との折り合いが悪いことから渡米したということである。このままでは、パ・リーグの投手がいなくなってしまう。

 何事も巨人中心(結果的にセ・リーグ中心)の日本プロ野球界において、いくら実力があっても、また選手としての魅力があっても、テレビで放送もしてもらえないパ・リーグの実力派選手たちが、これからもどんどん渡米するであろう。しかも、渡米した選手のほうが、日本のプロ野球でやっているよりはるかに高い評価を日本で受ける(新庄が良い例)ようになってきたのであるから、これらに連れてセ・リーグの実力派選手たちもドンドン渡米し、あるいは渡米するつもりがなくても、巨人とのFA入団交渉の際の契約金引き上げの取引のネタに利用するであろう。このことは結局、日本プロ野球界の首を絞めて、プロ野球そのものの衰退を加速するであろう。今すぐ、他の11球団が一致団結して巨人の横暴を打倒しないと、日本のプロ野球全体が駄目になってしまうだろう。

 しかし、もしそうなったら、わがままな巨人のことである。日本プロ野球界機構を脱会して、ひとり自分だけ大リーグに入れてもらう交渉を始めるに違いない。これが、巨人という自己増殖しか眼中にない癌のようなチームの実態であり、また、長嶋茂雄という人の人気を支えてきた日本のプロ野球の実態なのである。この弊害は、ひとりプロ野球だけでなく、高校野球や少年野球にまで悪影響を及ぼしている。さらに、付け加えて言うなら、プロ野球界における巨人の独善を容認する(よう文句を言わない)構造は、国際政治におけるアメリカ独善主義体制と軌を一にしている構造であるといえる。

 


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