本当の"人類の敵"
   02年03月31日


レルネット主幹 三宅善信

▼ジェノバ・サミットから不幸は始まった

  いささか旧聞に帰すと思われるが、「9.11」同時多発テロ事件以後の世界情勢の変化を考える上でのひとつのヒントが隠されているので、話を昨年の夏に戻す。今年の春は、日本全国、異常に早く桜前線が上昇した。ある特定の地域の単年の現象だけで、一概に「地球温暖化が進んでいる」と言うのは、科学的根拠に欠ける。しかも、わが家の桜は律義にも、愚息の中学入学を祝うためか、花を散らさずに一生懸命枝にしがみ付いていてくれる。それにしても、庭に放し飼い(=棲息)しているアマガエルたちが、もう啼き始めた(3月31日初啼きの新記録)のには、さすがに驚かされた。

 以下の手紙は、昨年7月21日付で、私がブッシュ大統領宛に出した要請書(原文は英語)である。本件を考える上で、ひとつのヒントになるので、あえて掲載する(アメリカの政治的伝統には、市民からの手紙を担当する部署がある。この部署が狙われたので、「炭素菌」事件は大きな問題となった)。


アメリカ合衆国 大統領
ジュージ・W・ブッシュ閣下

 私、三宅善信は、1997 年12月に、京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3京都会議)において、貴国政府代表も出席して締結された国別による地球温暖化ガス排出規制の『京都議定書』を、貴国の議会が速やかに批准することを促すように、貴国政府に要請します。

 地球温暖化の可及的速やかなる抑制は、人類のみならずこの惑星上の空間を共有しているすべての生物にとって生存に関わる焦眉の課題であり、この課題の前では、人種・国籍・民族・宗教・文化・言語・政治体制などのいかなる相違の問題すら矮小化されてしまうほどの重要事項であります。

 しかるに、世界最大の温暖化ガス排出国である貴国が、貴国の産業競争力の維持という国益の近視眼的追求だけを計り、『京都議定書』の批准を拒否するどころか、国際的枠組みからの離脱を宣言するなど、日頃、貴国が自負されている「世界のリーダー」の地位と名誉を自ら放棄する傲慢な独り善がりの所行と見なさざるを得ません。

 ここに、私は、地球環境のこれ以上の悪化の抑制を願う、善意の各国政府ならびに諸国民と協調して、アメリカ合衆国の速やかなる『京都議定書』の枠組みへの帰還と、2002年からの発効を要請するものであります。

 なぜ、その時期に、私がアメリカ合衆国大統領宛に、このような要請書を送付したかというと、ちょうどその時、イタリアのジェノバにおいて、第27回主要国首脳会議(いわゆるサミット)が開催されており、また、同時並行的に、ドイツのボンで開催されていたCOP6の再会議(註:前年にボンで開催されたCOP6(気候変動枠組み条約第6回締約国会議)が積み残した課題を処理し、2002年冒頭の『京都議定書』発効を目指して、最終調整が行われていた)も進行中であった。

 このジェノバ・サミットは、いわゆる「グローバル化」に反対するNGOが大挙して訪れ、これを阻止しようとしたことを見るまでもなく、先進国による「世界を好ましい方向にリードする」という概念自体が、終末を迎えたことを印象づけた。本サミットにおいて、主要8カ国(G8)は『宣言』を採択したが、地球温暖化防止のための京都議定書問題については、最後まで米・欧間の対立が解けなかったことを踏まえ、宣言文にG8各国の「意見の不一致」を明記し、温室効果ガス排出削減に向けて「共通の目標を達成するために協力していく(註:明らかに京都議定書違反)」と訴えるにとどまった。また、例年盛り込まれる「軍縮、核不拡散、軍備管理」の項目は削除され、G8協調体制の限界が浮き彫りになった。もちろん、G8体制のほころびの原因は、この年に誕生したブッシュ政権のアメリカの国益至上主義のせいである。

 G8宣言は、@途上国の貧困削減のための戦略的アプローチ、A将来への遺産、Bあらゆる社会階層が参加する社会での一層の繁栄などから構成されており、前文で「グローバル化が、特に世界の貧困層を手助けするものとなるよう決意する」と強調し、ジェノバ・サミットの開催を妨害した反「グローバル化」主義の人々の活動を、「少数の暴力的な人々による妨害」と決めつけて、これを容認しない考えを明記した。しかし、これらの異議申立てが、必ずしも少数派によるものではないことは、明らかである。世界全体から見れば、グローバル化によって巨万の富を得るのは、ごく一部の人々で、大多数の人々は、かえって生活が苦しくなるのは目に見えている。このアメリカン・スタンダードによるグローバル化論に対しては、サミット終了後、数十日の間に強烈な異議申立てをして、世界中の人々が、これに刮目させられることになる。いうまでない「9.11」である。


▼ブッシュ大統領こそ"人類の敵"だ

 9月11日の米国同時多発テロ事件以来、3ヵ月間ほど、アメリカ人の目は、アフガニスタンにおける戦争(「ビンラディン捕縛作戦」に名を借りた復讐戦争)と米国内における炭疽菌騒ぎに向けられていたが、この間も、北アフリカはモロッコのマラケシュにおいて、21世紀の地球の運命を左右する重大な国際会議が行なわれていたが、この国際会議そのものに反対するブッシュ政権の企みか、日本のニュースを見ている限り、気候枠組み変動防止条約第7回締約国会議(COP7)について、ほとんど報じられていなかったのが残念である。4年前、日本が議長国になって京都で開催されたCOP3において『京都議定書』が締結され、先進国を中心に温室効果ガス削減のための国際的な合意がなされた(このときは、日本のメディアは洪水的に報道した)。それは、先進各国が1990年時点の温室効果ガス(主に二酸化炭素やフロンなど)の排出量に基づいて、そこからの国毎の削減量をそれぞれ国際公約し、これ以上の地球温暖化を防止するということが約束されたのである。


当時は環境大臣だった川口順子外相と話す三宅代表

 その『京都議定書』に基づいて、2002年からこの条約(気候枠組み変動防止条約)が発効されることになっていたが、ジェノバ・サミットにおいて、主要国の中で一人アメリカが「京都議定書の枠組から離脱する」と表明した。世界で最も多くのエネルギーを使っている国はアメリカ合衆国である。にもかかわらず、多くの国々が、「自らの経済的不利益を犠牲にしてでも、全地球規模での環境保護に対して努力を払ってゆこう」と決意しているときに、世界で最も豊かな(=大量にエネルギーを消費している)国であるアメリカが、自分たちの便利な生活、豊かさを維持するために、しかも、当時のアル・ゴア副大統領のイニシアチブによって締結された温暖化防止京都会議での約束を、自ら反古にしたのである。

 同時多発テロ事件が起きたときに、ブッシュ大統領はこの事件の首謀者を指して、「人類の敵」あるいは「文明社会に対する挑戦」と曰ったが、先進国も途上国も、あるいはイスラム教国もキリスト教国も、あるいは人類のみならずこの地球に暮らすすべての生きとし生ける物(一切衆生)にとって、致命的な影響を与えると考えられる温室効果ガス排出削減についての国際的な取り決めを、「自ら離脱する」と宣言しているブッシュ政権の行為こそ、「人類の敵」あるいは「文明社会に対する挑戦」と言わずしてなんと言うことができるだろうか! ブッシュ大統領自身は、テキサスの石油会社の社長をしていたくらいであるから、ブッシュ氏自身にエネルギー使用の削減――この場合のエネルギーというのは、石油をはじめとする化石燃料のことであるが――を求めること自体、無理な相談である。彼の父であるジョージ・ブッシュ元大統領がイラクとクエートの領土争いに介入して、これを多国籍軍を巻き込んだ湾岸戦争に拡大させたのも、ペルシア湾岸の石油資源と密接に関わっていたからである。現政権の「エンロン疑惑」もまた、石油絡みの事件であることは言うまでもない。


▼しず心なく花の散るらむ

 ジェノバ・サミットを前にして、欧米間を行き来した小泉首相の動きもおかしかった。『京都議定書』の発効を力強く推進するEU諸国とこれに反対するアメリカとの間に入って、「お互いの仲を取り持つ役をする」と、自らはしゃいでアメリカまで出かけてゆき、何ひとつブッシュ氏を説得するわけでなく、ただアメリカの見聞を唯々諾々と拝聴し、それを「ヨーロッパ側に伝えます」とだけ言い残して、今度はヨーロッパに行き、フランスのシラク大統領をはじめヨーロッパ各国の首脳に「あなた方の意見をアメリカに伝えます」とだけ言って日本に帰って来たでけで、具体的に何もしなかった小泉首相である。サミットの3カ月前に総理の座に就いた小泉氏が「自分の名前と顔を覚えてもらうためのパフォーマンスのためだけだった」と揶揄(やゆ)されても仕方あるまい。賎心(しずごころ)見え見えである。

 そんなもの、今回のテロ事件への一致団結した対応を見ても判るように、たとえ意見は異なっていたとしても、アメリカとヨーロッパはいわば「一衣帯水」の関係である。この間に日本が割って入って、お互いの仲を取り持つなどということは、どだい無理である。そんなことを日本に頼むバカはいない。そして、現在の状況は、最初に述べた通り、この先何千年・何万年もの期間、地球にどのような悪影響を及ぼすか判らない温室効果ガスの問題よりも、テロや戦争への恐怖のほうに人々の関心は完全に移ってしまい、最終的には、大規模な生物テロや化学テロよりも恐ろしい事態を招くことになってしまうのであろう。

 列島各地の桜の開花を異常に早めることになった今年3月の日本の平均気温は、平年を3度も上まわっていた。地球全体の平均気温が数度上昇するだけで、よく指摘されているように、地上(南極や各大陸の上)にある氷河が溶けて、海面上昇が起こり、太平洋・大西洋・インド洋上の島嶼国家が消滅してしまうどころか、ニューヨーク・東京・ロンドンをはじめ、世界の主要な大都市はほとんど海岸沿い(低地)にあるので、これらの主要都市の大半も水没するということになってしまう。もともと、防潮堤で囲まれた海面下の埋め立て地にあるわが家なんか、真っ先にアウトだ。これに加えて、氷河期ですら、地球全体の平均気温という言い方をすれば、現在の気温より5度しか気温が低くなかったのである。それでいて、あれだけの氷河で地表のかなり多くの部分が覆われたのであるから、その逆の事態になるということは、現在多くの先進国が位置している中・高緯度の温帯地帯のほとんどが、熱帯もしくは亜熱帯の気候になるということであり、このことは、世界全体の食料生産に大きな支障を来すだけでなく、マラリアをはじめとする数多くの熱帯特有の伝染病や毒蛇・毒虫の被害が世界中に広がるということを意味している。

 炭疽菌どころか、コレラ・腸チフス・マラリア・エボラ出血熱……と、ありとあらゆる伝染病が、多くの先進国を悩ますことになるのである。このような事態に至るかもしれないのに、依然としてアメリカ一国の国益の尊重のみを図る米国をして、他国のことを「人類の敵」呼ばわりする資格があるとはとても思えない。このような悲惨な人類文明の将来を危惧している私の思いも知らずに、わが家の庭の桜は、春の名残を惜しみつつも、初夏とも思える陽光の中で「しず(賎)心なく」散り始めている。


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