毒物混入事件をきっかけに環境対策を
1998.9.16
 

「レルネット」主幹 三宅善信


和歌山市の「毒入りカレー殺人事件」以来、想像力貧困な連中(模倣犯)による「毒物混入飲料事件」が各地で多発している。警察当局には、一刻も早い「犯人検挙」をしてもらいたいことはいうまでもないことである。私の家から徒歩10分以内にあるコンビニでも、模倣犯による同様の事件が3件も発生した。長野県では犠牲者も出た。これじゃ「おちおちウーロン茶も飲めないじゃないか」と思って、ハタと気が付いたことがある。

そもそも、いつごろから缶入りのウーロン茶なるものが世の中に出回り始めたのであろうか? 詳しく調べた訳ではないので確実なことは言えないが、まだ20年も経っていないであろう。私が大学生の頃(1970年代末)はそんなものなかったはずだ。もちろん、コンビニもなかった。80年代中頃、アメリカに留学していた時、私は、街角にある「CVS(コンビニエンスストア)」の看板の意味が判らなかったほどである。小型ペットボトル入りのミネラルウオーターにいたっては、かなり最近になって普及したはずである。それが、今では、日本国中いたるところにコンビニができ、お茶や水は自販機で購入するようになった。それとは反対に、「水筒」というものをほとんど見なくなってしまった。

しかし、よく考えてみると、本当にお茶や水を缶(スチール缶・アルミ缶)やペットボトルに入れて飲まねばならないものだろうか? 自宅で製造することのできないビールやコーラをはじめとする発泡飲料の缶は致し方ないにしても、お茶や水までそうすることはないと思うが…。 欧米では、そもそも「vending machine(自販機)」そのものがほとんど設置されていないし、一般に飲料物は、回収再利用が可能なビン入りで販売されている場合がほとんどである。

回収率の低い飲料物用缶は鉄やアルミ(精錬するのに莫大な電気を消費する)から、ペットボトルは石油生成物(主として塩化ビニル)から造られていることは誰でも知っていると思うが、毎日、大量に投棄されるこれらが、ゴミとして自治体等が処理に困っていることもあらためて私が指摘するまでもないことである。今直ぐにでも「デポジット制(容器の値段を予め商品に値段に加えておき、空き缶・ボトルを持参したした人には、その分の金額を返却するシステム)」を導入すべきであるが、私はもっとラディカルに「缶入り飲料・ペットボトル入り飲料全廃」を提案したい。これだとゴミ問題も一挙に解決する。

同じ「文明の利器」といっても、コンピュータや電話がなくなったら社会生活に大きな影響をきたすが、缶入り飲料やペットボトル入り飲料がなくなっても、慣れてしまえばそんなに困らないであろう。事実、自販機や缶入り飲料・ペットボトル入り飲料のない先進国もたくさんある。日本国内でも、東京ディズニーランド園内には、自販機もなければ、缶入り飲料・ペットボトル入り飲料も売られていないが、毎日、何万人も訪れる日本人客もそれほど困っていないであろう。要するに「慣れ」の問題である。

空き缶とペットボトルのうち、より環境に悪影響を与えるのは、もちろん塩ビで造られているペットボトルの方だ。空き缶は、単なる「資源の無駄遣い」であるが、ペットボトルの方は、これを燃やすと、猛毒ダイオキシンが発生する。しかも、私が言いたいのは、猛毒(発癌物質)としてのダイオキシンだけではなく、極微量でも生殖作用に影響を与えるという「内分泌攪乱物質(環境ホルモン)」としてのダイオキシンの作用をどう考えるかということである。

1996年に英国の科学誌『Nature』に発表された報告では、「北欧では、過去10年間で、男性の生殖能力が半減した」というのだ。正常な成人男子の精液1cc(ml)中の精子の数は、これまで約1億個といわれていたが、これが、わずか10年間で約5000万個に半減したというのだ。もし、2000万個を下回るようなことがあると妊娠させることがかなり難しくなるそうだから、ことは深刻である。「人類存亡の危機」ともいえる事態である。ダイオキシンは、人体では「エストロゲン(女性ホルモン)」に似た物質として正常な内分泌作用を攪乱させる(男性の女性化)物質として振る舞うことが判ってきた。

同年、アメリカでベストセラーとなった『Our Stolen Future(奪われた未来)』では、メス同士で営巣するセグロカモメやペニスが小さくなったフロリダのワニの例等が紹介され、世間に衝撃を与えた。日本でも、多摩川水系に棲むのコイのほとんどのオスの精巣に卵が造られて(つまり生殖能力がなくなる)いることや、全国の港で一般的に見られる巻き貝のイボニシのほとんどのメスにペニスが生えたというような研究成果が発表され、話題を呼んだ。

また、ダイオキシンは、オスをメス化させるだけでなく、女性の内分泌にも影響を与え、若い女性(出産の可能性の高い)の間で、子宮内膜症を急増させた。大阪医大の調査結果では、20〜30代の女性の内、子宮内膜症になっている割合が20%を超えたということだ。30年前には罹患率1%以下の病気であったから、驚くべき増加率だ。女性の方でも、不妊症になる人がかなり増えた。ここ20年間に急激に進んだ日本人の「出生率の低下」は、これまで、働く女性の増加・女性の高学歴化(結婚年齢の高年齢化)・狭い住宅事情などが挙げられていたが、もし、環境ホルモンによる日本人の「性的無能化」がその真の原因であったとしたら、ことは深刻である。

ダイオキシンの焼却炉からの発生の規制措置が、昨年12月からやっと始まったが、ダイオキシンの焼却炉からの発生が指摘されてから既に10年以上が経過し、日本国内で排出されたと推定されるダイオキシンの総量は、ベトナム戦争で散布された枯葉剤のダイオキシンに匹敵する量だそうである。しかも、現時点では、環境ホルモンの生殖能力への悪影響という大人への影響だけを問題にしているが、妊娠中の胎児への影響や母乳を通して母親から乳幼児へと移動することによって次世代へ与える悪影響については、まだまだ判らないことだらけである。なんでも、母乳に含まれるダイオキシンの量は、わが街大阪が、世界の主要都市の中では群抜いてワースト1だというから、おちおち子供も育てられない。


しかしながら、私は、何も環境庁のいうように「全ての焼却炉を最新の設備(高温で燃焼させられる)に改造せよ」というのではない。そんなことをしたら、今度は、余分な燃料が必要となり、地球温暖化の原因物質である炭酸ガスをより多く排出することになるだけである。またぞろ、役人が新型焼却炉業者から賄賂でも貰って「新型焼却炉転換政策」を進めているのではないか? と疑ってしまうほどである。最近では、「焼き場(火葬場)から出るダイオキシンを減らせ」とか、「神社仏閣の境内の落ち葉炊きを止めさせろ」だとかいう説もよく出てくるが、これなんか本末転倒も甚だしい。落ち葉や薪を燃やすことは人類始まって以来、何十万年にもわたって続けられてきた営みであって、そんな時にダイオキシンなんか微塵も発生していなかったはずである。ダイオキシンが発生するようになったのはペットボトルをはじめ、塩素を含むプラスチック製品を燃やすことによって生じたのである。

読者の中には、「自分たち(の町)はゴミの分別収集(燃えるゴミ・燃えないゴミ・資源ゴミ)を行っているから大丈夫だ」と思われる向きもあるかと思われるが、それは、とんでもない間違いだ。だいいち、大抵の場合、燃えるゴミである生ゴミを塩ビの袋に入れて回収場所に放っているではないか。あの袋が、焼却施設で生ゴミと一緒に燃やされたらダイオキシンになるのではないか。昔のような「ゴミ箱」をもっと設置すべきである。いや、むしろ、ゴミを放らずに済む(最小限に押さえる)生活様式を考える方が賢明である。

それには、冒頭で書いたように、缶入り飲料もペットボトルも買わない生活をすることである。そうすれば、「毒入り飲料を買わずに済む」という副産物まで付いてくる。数年程前、ドイツで自動車を運転中、道に迷ったので、車を止めて、歩道を行く人に道を尋ねたら「まず車のエンジンを切れ」と言われたのを思い出した。「エンジンは走るためのもので、止まって道を尋ねる間はアイドリングする必要はないであろう」と窘(たしな)められたのを思い出した。ドイツ人の合理主義では、「(スピードを出すことが)必要な時には時速200キロで走っても構わないが、たとえ1分間でも、止まっている時はエンジンを切るのが当たり前だろう」というのだ。

環境問題というのは、すべからく「少欲知足」である。自己の「便利さ」・「快適さ」を犠牲にしなければ、環境問題は解決しない。今回の「毒物混入飲料事件」を現代日本人への警鐘と受け止めて、今回の筆を置きたい。


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