実はアメリカ市民権獲得戦争
 
 03年04月18日


レルネット主幹 三宅善信

▼米兵に有色人種が多いのなんでだろう?

 初めてテレビが現場から戦争を実況生中継した今回のイラク戦争報道を視ていて、読者の皆さんはその画面からいろんなことに気付かれた(註:日本でわれわれが視ていたTV番組は、米国メディアと中東メディアの両者の作成映像に加えて、日本人の特派員が現地から実況したものもあったので、かなり公平に戦地の様子を知ることができたが、米国内では、イラク国内での民間施設への米軍の誤爆現場や、死傷した婦女子の映像あるいは、大切な家族を失って嘆き悲しむ人々の映像は、まったくといってよいほどオンエアされず、政府の意志によって意図的に偏向された報道によって、米国民の世論形成が行われたことに対しては、声を挙げて警鐘を鳴らすべきであることはいうまでもない)と思うが、中でも私が気になったことは、アメリカ軍の兵士(註:この場合の兵士というのは、イラク国内で地上戦を行った陸軍および海兵隊員のことであり、遥か遠くの洋上から巡航ミサイルを発射するだけの海軍や航空機から精密誘導兵器を投下するだけの空軍士官のことではない)の民族的多様性である。

 もちろん、そもそも移民によって建てられた国であり、現在でも創られつつある国であるアメリカ合衆国という国家には、世界中の多くの人々が、「国」という言葉を聞いた時に一般的にイメージするところの国民国家(Nation State)という意味での民族(Nation)は存在しない。経済的に豊かで政治的にも自由な生活を求めて、「アメリカ合衆国市民(註:米国では「国民(nation)」という言葉はあまり使われず、一般的には「市民(citizen)」という言葉が使われる)になりたい」と思っている人々は世界中に数多くいる。歴史的に、民族によってではなく、「この指とまれ(イデオロギー)」によって建てられたこの人工国家には、今でも世界中から多くの移民希望者たちが殺到しているのであるからして、そういった国民によって構成される軍隊の兵士の肌の色が多種多様であること自体は当然である。しかし、それにしても、アメリカ合衆国の平均的な民族別人口構成に従って、その兵士たちの肌の色の比率も決まるはずである。もちろん、最大多数がアングロサクソンをはじめとする欧州系(白人)であり、続いて中南米出身のヒスパニック系、それからほぼ同数のアフリカ系(黒人)、さらにはアジア太平洋系……。と続くはずであるが、どう見ても、敵陣深く入り込んで危険な地上戦を展開している陸軍や海兵隊兵士の顔の色は、欧州系白人よりも、ヒスパニック系やアフリカ系やアジア系といった有色人種の比率が高いように思われる。

【解説】 アメリカ合衆国という国は、われわれ日本人の常識(註:日本人の両親の間に生れることが、その子供が日本人になる一番の条件である)とは異なり、その人がアメリカ国内で生まれさえすれば、その人の両親の元の国籍に関わらず、合衆国の永住権を取得することができるのである。したがって、身重の女性がアメリカへ入国し、現地で子供を出産(註:出産証明書が必要)し、わが子に合衆国の永住権を取得させるということがよく行なわれる。一方、自然国家である日本にはそのような感覚はない。ペルーの現職大統領であったアルベルト・フジモリ氏が、外遊で日本滞在中に、突如として大統領職を辞任し、「日本への亡命」を希望した際、入国管理を所轄する法務省は、「アルベルト・フジモリ氏の両親は日本人であった」というだけの理由で、つい数日前までは、ペルー共和国の国家元首だったフジモリ氏が「生れた時以来、ずっと一貫して日本国籍を有していた」との珍解釈(註:もしそうだとしたら、ペルー共和国は、知らずにずっと外国人を国家元首として戴いていたことになる。たしかに、現在でも、英国王が歴史的な経緯からオーストラリアやカナダの国家元首を兼ねているが、これとは少し事情が異なる)をつけ、ペルーからだけでなく、ICPO(国際刑事警察機構)から「お尋ね者」として指名手配された現在でも、フジモリ元大統領を日本人として保護しているくらいである。

▼グリーンカード兵士って何?

 このように、アメリカ合衆国の歴史的経緯から考えて、米軍が多民族による軍隊であること自体には、なんの不思議もないが、今回のイラク戦争に従軍した約20万人の米兵のうちの実に37,000人(18.5%)もの兵士が、実は、合衆国の市民権を持たない「グリーンカード兵士」と呼ばれる人々で構成されていたという事実を読者の皆さんはご存じだったであろうか? 「グリーンカード」とは、外国で生れたアメリカ合衆国への移民が、当局(移民帰化局)へ申請して、一定の条件を充たせば付与される合衆国への「永住許可証」のことである。われわれ日本人がアメリカ合衆国を訪れる時には、当然のことながら日本国発行パスポートが必要であり、さらに、合衆国領事館発行の滞在ビザもしくは一時滞在旅行者のための「I-94」と呼ばれる薄緑色のビザ免除書類が必要である。もちろん、たとえこれらを揃えたとしても、合衆国への滞在期間には制限があるが、このグリーンカードを取得さえすれば、アメリカ合衆国への出入りは事実上自由になり、納税の義務も生じて、見た目には普通の合衆国市民と同じような生活ができるのであるが、実は選挙権がなく、犯罪等に巻き込まれた時には、あくまで外国人として扱われる(註:国外強制退去もありうる)のである。

 ところが、米兵の中には、グリーンカードしか保持していない(つまり、外国人の)兵士が相当数(18.5%)いる(註:もちろん、フランスのように戦争のプロである傭兵から構成される「外人部隊」のある国や、世界中から大義のために馳せ参じる「義勇軍」というものがあるが、米国の「グリーンカード兵士」とは意味が異なることは、いうまでもない)というのである。これって、何か変なことはないだろうか? ヒスパニック系の不法移民が数多くいるというカリフォルニア州南部のロサンゼルス辺りでは、米軍への入隊希望者の実に半数以上が非合衆国市民であるという。これにはひとつの理由がある。長年、比較的緩やかであった米国の移民受入れの門戸は、2001年の「9.11(米国同時テロ)事件」以後、急激に狭くなった。ところが、このところの世界的な経済退行もあって、経済「一人勝ち」の感のあるアメリカ合衆国への移民の希望者数はますます増大し、合衆国への永住権(グリーンカード)取得は、実に「狭き門」となってしまった。いわんや、市民権となると「高嶺の花」そのもので、ほとんど不可能となってしまったのである。

 一方で、「テロとの闘い」を標榜し、圧倒的な軍事力によって世界を思うままにリードしていくことを国是として掲げたブッシュ政権ではあるが、その実、ベトナム戦争後、徴兵制を廃止した合衆国においては、慢性的に兵隊の数が不足していた(註:特に1990年代の好景気は高所得が期待できる民間への就職希望者を増した)のであるが、その不足分を兵器のハイテク化(精密誘導兵器化等)と指揮命令系統の高度情報化で補ってきた。ブッシュ政権は、その軍拡政策を進めるため、2002年7月に、「グリーンカード保持者で米軍に入隊した者は、直ちに合衆国市民権取得の申請ができる」という大統領令を発した。これまでは、たとえ軍に入隊しても、市民権の申請までは3年間かかった(註:女郎屋の年季奉公と同じ構造である)のであるが、これが「入隊と同時に合衆国市民権所得の申請ができる」となったのである。もちろん、このことは、「ほとんど自動的に市民権を取得できる」ということを意味する。さもなければ、メリットのないその人は即、除隊してしまうことになるであろう。

▼崇高な目的のための戦争か?
 
 こうして、約半年間の周到なイラク戦争の準備が始まったのである。なにせ、12年前の湾岸戦争の際、あれだけ軍事力で圧倒しながら、フセイン政権を崩壊させることができなかったのは、ひとえに、地上戦をせずに空爆だけしかしなかったからであって、今回は人手の要る(犠牲の出やすい)地上戦を行なって、バグダッドまで征かなければ、本当に戦争に勝ったことにならないことが明らかであるからである。このような状況下で、たちまち、ヒスパニック系やアジア(中国・韓国)系移民の入隊希望者が殺到した。圧倒的な軍事力の差によって、数千人規模の兵士が殺されたイラクの共和国防衛隊や正規軍とは異なり、事前に予想されたアメリカ軍の戦死者数はごくわずかであり、たとえイラクへ戦争に赴いたとしても、その人が戦死する確率は米兵の中では数千分の一以下であろう。この確率は、アメリカ国内で一般市民が普通に道を歩いていて交通事故で死ぬ確率とあまり変わらない。そういった安全度の中で、わずか数週間、中東に滞在するだけで、「取得することがほとんど不可能」と言われている市民権が取れ、その後の「豊かで安心した合衆国市民としての暮らしが保障される」と思った人々が殺到したのである。

 今回のイラク戦争におけるアメリカ軍2人目の犠牲者となったホセ・グティエレス海兵隊上等兵(名前からしてヒスパニック系)も、このようなグリーンカード兵士の一人であった。開戦翌日の3月21日に、早くも「お国のため」に名誉の戦死を遂げたグティエレス上等兵は、その「殉職」によって2階級特進された上、4月2日に「夢にまで見た合衆国市民として」アメリカ合衆国の「靖国」であるアーリントン国立墓地に葬られたのである。読者の皆さんはこの事実を聞いてどう思われるか?

 実は、アメリカ合衆国という国が新参者の移民を最も危険な戦場に送り出してきたのは、今回のイラク戦争に始まったことではない。60年前の太平洋戦争の際にも、すでに、正規の手続を終えて合衆国の市民として暮らしていた12万人の日系移民たちは、全く不法に(註:なんの法的手続もなしに、「日系人である」という理由だけで財産を没収され、日系人が多く暮らしていた西海岸の諸都市から遠く隔れた(中西部の砂漠地帯にある)強制収容所へ収監され、さらに合衆国への忠誠の踏み絵として、自ら米軍への入隊を誓った日系兵士たちは、ドイツ戦線の最も危険な最前線へと送り出されて行ったのである。アメリカ軍が戦った欧州における戦争で、日系人部隊が最も大きな犠牲を払ったことは歴史の事実である。

 このような日系移民に対する法的な不公正(註:同じ敵国でも、ドイツ系移民やイタリア系移民たちには強制収容は行なわれなかった)は論外としても、今回の「グリーンカード兵士」のように、これがたとえ合法だったとしても、相手の弱い立場を利用して軍人を募集するという方法には、私は大いに不快感を覚える。合衆国政府が言うように「今回の戦争は、石油などの利権確保が目的ではなく、あくまで(イラクが隠しているとされる)大量破壊兵器を無力化し、フセイン独裁体制によって抑圧されているイラクの人々を解放する」という崇高な目的のためというご立派な大義名分を有していたのではなかったのか? それを、「合衆国の市民権が欲しい」という弱い立場の移民を、使い捨ての兵士として組み込んで行ったのである。このことひとつをもってしても、アメリカ合衆国という国家の説く「正義」の欺瞞が見え隠れしていように思えてならない。


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