JR東海の「のぞみ」が叶うだけ
  03年10月10日


レルネット主幹 三宅善信

▼JR東海発足以来の壮大な夢?

  2003年10月1日、「東海道新幹線開業以来の大変革」とJR東海が銘打って、東海道新幹線(註:以下、単に「新幹線」と記した時は、東海道新幹線のことを指す)のダイヤ全面改定が実施された。JR東海(註:形式上はダミー会社である(株)ウェッジ)が発行する車内誌『WEDGE(註:東京出張時にはほとんど新幹線を利用するので、結果的には『WEDGE』をほぼ毎号ページをめくることになる。以下、本論で用いる新幹線に関するデータの出所は、ほとんど『WEDGE』による)』によると、今回の新幹線品川駅開業に伴うのぞみ主体のダイヤ改定は、1987年の「国鉄分割民営化」以来、十数年かけて準備してきた一大事業の総決算(註:『WEDGE』2003年10月号pp79〜80によると、「・・・・・・発足以来、16年余にわたる歳月をこの日のために注ぎ込んでいた・・・・・・壮大な夢であった劇的な輸送サービス改善が今実現する」と自画自賛しているのである)とのことである。


結果的に『WEDGE』は、
数少ない筆者の愛読雑誌である

近年の『WEDGE』には、この品川駅開業とタイアップするかのように、毎号「いかにJR東海自身がリスクを負いながらも(註:国鉄民営化の際に、本州三社の収支バランスを取るためにも新幹線の車輌そのものは『新幹線保有機構』という別組織の所有物とされ、実際に新幹線を運用しているJR東日本・東海・西日本の本州三社が、それぞれ新幹線の車輌を名目上は保有機構から「借り受ける」という形でスタートしたが、そのことによって、現実にはJR各社が管理運営している新幹線の車輌の原価償却費を会社の収支に織り込むことができず、次世代の新型車輌の開発および新型車両への転換に伴う費用をJR各社の「持ち出し」によって、先行投資しなければならないというリスクを負っていたということ)将来の発展を期して、JR東海が取り組んだが縷々(るる)紹介されているのである。

もちろん、『WEDGE』はJR東海が自己宣伝するために創った車内雑誌であるので、こと鉄道に関して書かれている記事については、多少は割り引いて読まないといけない(註:それ以外の国際政治や経済トレンドに関する話は、十分読み応えがあるし、特に「文化」に関するエッセイは秀作が多い)が、日進月歩で技術革新が進む高速輸送機関の世界で、日本の新幹線がいかに環境問題に対する配慮をしているかという点については、それなりの評価ができる。特に、地球温暖化ガスの排出削減を(註:元もと電気で動く新幹線が、直接排気ガスを出すわけではないけれど、新幹線システム全体が使う大量の電力を供給している火力発電所分の温暖化ガス排出量に換算しての削減量という意味) 目指す新技術の導入について、「電力回生ブレーキ」(註:旧来の車輌は、減速制御するときには、自動車と同じように回転する車輪にブレーキ板を押しつけ、その摩擦熱とブレーキ音とによって車輌の運動エネルギーを低下させる仕組みになっていたが、これはある意味、減速する度に、せっかく加速するときに費やした電気エネルギーを熱や音として無駄に空間に放出していたことを意味する。しかし、300系以降の新型車両は、減速時に勢いよく回転しているモーターから、運動エネルギーをもう一度電気エネルギーに変えてパンタグラフを通して架線へ戻すことによって、同一路線を加速中の別の車輌の推進力に転用するという画期的な新技術によって、新幹線では、平均走行速度が上昇したにもかかわらず、システム全体で費やす電力量の節約になったという意味)の開発等は、大いに評価できることである。


▼向上しない利便性

しかし、今回の新幹線品川駅開業およびのぞみ主体のダイヤ改定に関しては、JR東海自身が言うほど、評価できるものではないと思う。曰く、「東京・新横浜に次ぐ首都圏第三の新幹線駅を作ることによって、東京23区南部地域の人の新幹線へのアクセスの利便性が飛躍的に向上した」とあるが、大阪から上り列車を利用する場合、東京駅のわずか数分手前で品川駅に停車することにより、たしかに品川駅を利用する人には便利かもしれないが、この人数は大きく見積もっても、あくまでこれまで東京駅を利用していた人の20%〜25%の人が品川駅を利用すると推定されているのであり、ということは、依然として、大多数(75%〜80%)の東京駅まで行く利用者にとっては、無駄な数分間を品川駅に新幹線を停めるために費やすということになるではないか!


実際には、ほとんど人影の見えない品川駅

  しかも、1964年に東海道新幹線が開業した時以来使われてきた新幹線のプロトタイプとも言える0系が1999年、東海道新幹線から姿を隠したのに続き、今回のダイヤ改定で、0系のフロントマスクを少しスマートにした「二階建て」でお馴染みの100系(註:この両者は最高速度が220km/h)まで、まだ耐久年数に達していないにもかかわらず先行廃止し、巡行速度が270km/hの300系および285km/hの700系のみの車輌に統一することによって、ダイヤ編成の効率化(註:同一線路上に遅い車輌と速い車輌が混在することによって生じるダイヤの複雑化を避け、すっきりさせるという意味)を実施した。このことにより、「のぞみ主体のダイヤ編成になり、利用者の利便性が格段に向上した」と宣伝している。確かに、9月30日までの東海道新幹線の標準的なダイヤは、1時間中に、ひかりが4本、のぞみが2本、こだまが1本という編成であった(註:もちろん、時間帯によって多少組み合わせは変わるが、平均的な組み合わせという意味)が、この度のダイヤ改定によって、10月1日以降は、1時間当たり、ひかりが3本、のぞみが5本、こだま1本という構成になった。しかし、このことは必ずしも利用者に利便性をもたらすものではない。


『WEDGE』に紹介されている
データは信用できるか?

  なぜなら、9月30日以前は、新大阪←→東京間の最速のぞみの所要時間は2時間33分であったのに、今回のダイヤ改定で、なんと2時間36分にと3分間延びた。しかも、ひかりより料金体系の高いのぞみ(註:所用時間の大きく異なるひかりこだまが、同一料金であるのに、のぞみだけが別料金というのも納得できない)の本数を増やしたということは、広く一般の利用者に新たな負担増を強いることであり、確かに携帯やパソコンを通じて予約ができる『JRエキスプレスカード』を持っている一部の人には、「安くなる」ということになっているが、このようなIT機械の利用が不得手な人々(特に中高年)にとっては、デジタル・デバイドが生じ、利用者間の平等性を欠くということになる。


こんな機器は(筆者自身も含めて)
年寄りには使えない!

  また、利用者自身によるインターネットを通じた直接予約システムは、単にJR東海各駅「みどりの窓口」業務を軽減するだけのことであり、そのことにおける恩恵は、利用者だけではなくむしろJR東海が受けているのである。しかも、『ジパング倶楽部』等の高齢者割引制度や海外で購入する「Japan Rail Pass」等の割引切符は、たいてい、ひかりとこだましか利用することができない仕組みになっており、のぞみへの乗車に関しては、利用制限がある場合が多い。そこで、「のぞみ主体ダイヤになる」ということは、このような利用制限のある各種特典を使っていた旧来の顧客にとっては、不利益を蒙(こうむ)るだけである。


▼モラルハザードはのぞみが原因?

何よりも、「旧型の100系を前倒しで廃止して、営業速度が270km/h以上出せる300系と700系に統一した」とJR東海は謳っているが、それにしては、東海道新幹線の線路上にいる車輌すべてが高速タイプの300系と700系になったにもかかわらず、相変らず、ひかりこだまの営業速度が旧来から上がっていないことが気になる。これまでの理由は、「速い列車(300系と700系)と遅い列車(100系)が混在していることによって、ダイヤ編成に無理があった」ということであったが、すべて270km/hで走れる列車になったのだから、ひかりこだまも、早く走ってしかるべきである。新大阪を出てからは、京都と名古屋にしか停まらずに東京までゆく新型車両のひかりが、なぜわざわざゆっくりと走るのか理解できない。これでは、相変らず「早い車輌」と「遅い車輌」が同一線路上に混在しているではないか! 因みに、相変らず、まだ0系が現役で走っている山陽新幹線では、混在しながらも500系がなんと最高速度300km/hで営業運転している。

  そもそも、私は「のぞみ」という新幹線の存在そのものを邪道だと思っている。東京オリンピックが行なわれた1964年に、東海道新幹線が華々しく開業した時、新幹線は二種類であった。東京と名古屋と京都と新大阪にしか停まらなかった「夢の超特急」ひかり号と、すべての駅に停まるこだま号の2種類である。ところが、1972年の山陽新幹線の一部開業と前後して、ひかりの中でも、米原だの静岡だの熱海だの、いくつかの「こだま停車駅」に停まる格落ちの列車ができてきた。さらに、混乱をきたしたのは、1992年に、掟破りののぞみが登場したことである(註:この年に崩壊が始まった日本のバブル経済も、その後の各種強悪犯罪の急増加も、「のぞみ」という「掟破り」のモラルハザードが世の中に蔓延したのが原因という珍説も考えられる)。この時、300系という270km/h走行を可能にした新型車輌の登場(註:300系のフロントフェイスは、それまでの新幹線の伝統を蔑ろにして、正面中央の「鼻(非常用の連結器が収容されている部分)」がなくなっている)によって生じた新旧車輌の巡行速度の差を解消するために、当初は、深夜と早朝に、東京←→新大阪、各一往復という他の列車の運転時間に関係のない時間帯に運行されていたのである。ところが、そのうち毎時1本運行されるようになり、そして最近では1時間に2本に増便されるようになった。


▼ のぞみを廃止せよ!


品川駅どころか新横浜駅ですら不要である

  そもそも、ひかりすら停まる列車と停まらない列車がある新横浜(註:この駅の1日平均乗降客数3万人台は静岡駅と大差がない。因みに、東海道新幹線に比べて、総乗降客数で著しいハンデのある山陽新幹線の岡山駅でも、平均乗降客は5万人台)に、のぞみが停まること自体、ひかりを愚弄しているとしか思えない。ひかりすら停まらない駅にのぞみが停まるのなら、いったいのぞみの存在意義はどこにあるというのか? そもそも、東海道新幹線開業当初のお約束である超特急「ひかり号の停まる中間駅は、名古屋と京都だけ」というこの約束を守っていないばかりか、たまたま、従来のひかり(0系と100系)より早く走ることのできる新型車輌(300系)ができ、そこに相乗的付加価値を付けて国鉄の分割民営化に伴う混乱に乗じて「のぞみ」なる鵺(ぬえ)知恵的商品を開発したことそのものに問題があったが、このたびせっかく東海道新幹線の線路上を走るすべての列車が時速270km以上で走れることになったのだから、この際、リセットして、すべてを本来のひかりに一本化するべきである。私は、こういう点では「プロミス・キーパー」(註:アメリカ合衆国の政治用語。「建国の理念」を何にも増して尊重する)の立場をとる。アインシュタインも言ったように「ひかり(光)よりも早いものはない」のだから・・・・・・。


人気グループTOKIOを用いた
「Ambitious Japan」キャンペーン

そして、東京←→新大阪間を3時間15分かけて、すべての駅に停車するこだまの2種類の編成に戻すべきである。ひかりですら停まらない駅にのぞみが停まってみたりしたのでは、混乱が著しく、利用者はその都度、不便を強いられている。しかも、全ての車輌が270km/h以上の高速度で走れるようになったのであるから、ひかりのぞみを差別化することの意味は失われている(註:もし、速度差によって、のぞみとひかりを差別するのであれば、より速度差の大きいひかりとこだまにこそ料金格差をつけるべきである)。のぞみとは、ただ単に、JR 東海がより高額な料金を利用者に強要するために創り出したインチキ商品であり、その意味で、今回の品川駅開業に伴うJR東海のキャッチコピー「Ambitious Japan望みは叶う」のAmbitious(野望)とは、つまりAmbitious Japan Central Railwayつまり「JR東海の望み」が叶うだけのお話なのである。皆さん、夢々、JRだけに、口車に乗せられないように。


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