『平成東京物語』
 
 05年08月28日


レルネット主幹 三宅善信

▼『東京物語』に予兆された日本の姿

  映画『東京物語』について、今さら私が説明するまでもないであろう。1953年に公開された小津安二郎監督の代表作品である。若い読者のために、一応、あらすじを慷慨(こうがい)すると、広島県の尾道に暮らす老夫婦(平山周吉・とみ)が、独立した子どもたちの暮らす東京へ会いに来た(実は、老母はその後、東京から尾道へ戻った数日後に急死するので、これはいわば最期の親子対面となった)が、東京でそれぞれ内科医として、あるいは美容院の経営者として、社会的には成功している長男(幸一)と長女(志げ)が、せっかく久しぶりに子どもたちの顔を見に出てきた年老いた両親を邪険に扱うのである。これと対照的に、結婚してわずか3カ月で出征して戦死した薄倖の次男の嫁(紀子)は、身寄りのない戦争未亡人として自分自身も決して経済的には恵まれていないのに、血の繋がっていない義父母を一生懸命もてなす。

老夫婦は、親切にしてくれた紀子に「あなたはまだ若い、死んだ次男のことは忘れて再婚するように」と勧めて、尾道へ帰っていった。ところが、帰郷して数日後に、とみが急逝し、葬儀が行われるが、ここでも長男と長女は、長年、田舎で年老いた両親の世話をしてきた次女(京子)に礼を言うどころか、形見分けをめぐって実の子供にあるまじき言動を繰り返して、葬儀が済むとさっさと豊かな暮らしの待つ東京へと帰っていった。残された周吉(笠智衆)と紀子(原節子)が訥々(とつとつ)と、人には解ってもらえないお互いの寂しい心情を吐露し合うところがこの映画のクライマックスである。ラストのシーンは、周吉がポツンと、その尾道の海が見える座敷縁にひとり座って…。ローアングルの典型的な「小津カメラ」それを後ろから映している…。70歳の老人を演じた笠智衆は、撮影当時、実際には49歳だったそうであるから、その「渋い演技」には感心するというか、初めから「老け顔」だったのか…。

しかし、この映画は、まだ戦後の爪痕がハッキリと残る日本において、既に、高度経済成長へとばく進して行った一部の“勝ち組”による「(自らの出自も含めて)不都合な過去の抹殺」と、たとえ血の繋がった身内でも、自分が豊かで快適な生活を送るための平均速度を落とすと考えられる「足手纏いになった者は切り捨てる」というその後の日本社会の姿を予兆する作品であった。


▼ホリエモンは改革の旗手か、それとも…?

  さて、いろんな意味で、昨年から今年にかけて、最もいろんな分野でマスコミの話題に昇った人物と言えば、六本木ヒルズに本社を置くIT企業ライブドアの若き社長堀江貴文であることに異論を挟む人はないであろう。昨年夏の近鉄バファローズの買収劇から始まって、今春のニッポン放送買収劇に見られるように、新規参入を拒む閉鎖的な業界(註:長年プロ野球は12球団。放送局は政府による許認可制)に対して、堀江氏の“濃い”キャラクターへの好き嫌いは別として、新風を吹き込んできた人物として目されてきたことは事実である。しかし、よく考えてみると、これまでにも多くの人が、新規参入を図ろうとしたけれども、結果的には、その業界で長年培われてきた“文化”を尊重して参入を諦めてきただけのことであって、何も、堀江氏だけが特別の存在ではないことは言うまでもない。そのことを無理強いすることによって流されるであろう血の多さを斟酌すれば、少しぐらい自分の利益が出なくもと…。と、自己抑制をかけてきただけのことである。

  ところが、堀江貴文なる人物は、自らのことを“ホリエモン”(もちろん、藤子不二雄の代表作『ドラえもん』に登場するなんでも可能にする未来の猫型ロボットから取っている)と僭称し、「自分はなんでもできる」と勘違いしている人物である。しかも、その手段が、奇想天外なものではなく、一応は“改革の旗手”を自称しているが、たいていの場合、「金にものを言わせて解決」という陳腐な手段であることが多い。だから、どちらかと言えば、「ドラえもん」というよりも「スネ夫」のキャラに近いのかもしれない。たとえ、物事が巧く運ばなくても、「想定の範囲内」と言って、絶対に負けを認めないところも、スネ夫的である。

この堀江氏が、世間一般の人々に株式市場というものを身近な存在にさせたのが、この春のライブドア社によるニッポン放送の買収劇である。もちろん、堀江氏が狙ったのは、ちんけなローカルラジオ局ではなく、資本関係の捻れによって、ニッポン放送を買えば付いてくる商品よりも高価な“おまけ”であるところのフジテレビであったことは言うまでもない。この間の騒動については、十分メディアを賑わしたので、あらためて私が説明するまでもないが、最初は防戦一方に回ったフジサンケイグループは、「社会の綱紀であるメディアは特別な存在」などという都合の良い言葉を用いながら、その実は、能なしの現経営陣の保身を図り、あろうことか「綱紀」であるべき、新聞記者やテレビ局の報道記者を大量に動員して、堀江氏の個人的な生活や女性遍歴等まで暴き出すのに躍起になって、いかなる手段をとってもよいから、自分たちにとって都合の良い既得権益を守ろうとしているようにしか映らなかった。これが「社会の綱紀」とは、甚だ薄ら寒い内容である。


▼公共の電波を使って株価操作をした?

  ところが、どういう手が裏から回ったのかは知らないが、ある時、敵対してきたフジサンケイグループを率いる日枝久氏と堀江貴文氏は和解し、せっかくライブドアグループが借金までして購入したニッポン放送株をフジテレビに譲渡し、フジテレビによるニッポン放送の子会社化は成功した。その交換条件として、逆にフジテレビがライブドアに資本参加するという、世間を謀(たばか)るような結論となった。そのこと自体、社会の綱紀としてのメディアの本分をはき違えているというのに…。

あろうことか、そのフジテレビは、本年7月末のFNSネットワークのお祭り番組『27時間テレビ』に、細木数子なる胡散臭い占い師(註:私は従前から、社会に対して「百害あって一利無し」の行為である「占い・霊感」の類を、放送媒体が番組のエンターテイメントとして採り上げることを法律で禁止すべきであると主張している)を出演させて、堀江氏と対面させ、細木氏に「ライブドアの株価が5倍になる」などと発言させた。事実、細木氏の言葉を信じた視聴者が週明けのマーケットでライブドアの株を大量に購入したものだから、同社の株価は高騰した。そもそも、何千万人という人が視ているテレビ娯楽番組で、影響力のある人が具体的な社名を挙げて株価について触れること自体、十分、『証券取引法』が禁じているところの「風説の流布」に当たる行為であって、証券取引等監視委員会によって即刻、調査されるべき問題であるといっても過言ではない。

  しかも、ライブドアの大株主の一人になったフジテレビの番組で、「ライブドアの株価が5倍になる」とまで、細木氏に発言させた(註:番組に出演しているタレントの発言は、一見、彼らが自由に喋っているように見えて、その実、ほとんどは、テレビ局によって予め決められた「科白」であることは常識である)ことの犯罪性は大きいと言わざるを得ない。事実、フジテレビは今回のライブドア株の上昇によって、含み資産が百億円以上増大したと言われる。このようなことが「社会の綱紀」たるマスコミで行われて良いはずがない。これも、金儲けのためには、「法律すれすれの範囲内でありさえすれば何をしても構わない」という堀江氏の思想が伝染したものを考えても良い。まさにその意味で、堀江氏はフジテレビを「支配している」のである。このまま堀江氏の暴挙を見逃せば、この先、ホリエモンの暴走はどこまで行くのであろうか?


▼“刺客”はなぜ、尾道を選んだのか

  そこで、今回の本題である『ホリエモン劇場』の第三幕とも言える衆議院広島6区への突然の出馬の意味について検証してみなければならない。もちろん、計算高い堀江氏のことだから、今回、縁もゆかりもない広島6区から出馬した本当の理由は、マスコミのインタビューで答えているような「改革の速度を遅らせたくはない」などというご立派なものではないことは、皆さんに申し上げるまでもないであろう。若者の憧れ六本木ヒルズに会社も自宅も構える今をときめくIT社長が、広島県の片田舎に「パラシュート候補」として降り立つ経済的メリットはハッキリ言ってない。

ただひとつ言えることは、小泉純一郎総理にとっては、4年4カ月前の政権成立の時から、自民党内にあって、小泉政治の欺瞞(ぎまん)を見抜き、常に反主流派の立場を貫き、ずっと小泉氏を批判してきた亀井静香氏の選挙区であって、あまつさえ綿貫民輔元衆議院議長と組んで、小泉氏のライフワークともいえる「郵政民営化」を妨害してきた、憎んでも余りある亀井氏を政界から葬り去る最大の機会に、“刺客”として小泉政権に「貸し」を作ることによって、わずか一年半前には、読売新聞社の“ドン”渡邊恒雄氏から「何処の馬の骨か判らない奴」と言われたわが身を、押しも押されもしない「メディア王」たらしめんとした堀江貴文氏のどす黒い計算が入っていることは言うまでもない。総選挙後、小泉政権は堀江氏に何かの餌(利権)を与えるであろう。

  ちょうど、小津安二郎監督の『東京物語』が、尾道から「花の東京」へ出て行って経済的に成功した若者が、尾道に暮らす「不都合な過去」である年老いた両親を切り捨てようとしたのと同様の原理で、今度は、「花の東京」で成功した若者が、東京でのさらなる栄耀栄華を求めて、独裁者にとって不都合な反対勢力である尾道の年寄りを葬りに行くというまさに『仁義なき戦い』とも言える『平成東京物語』とも言える内容になっている。そう言えば、2002年度の『27時間テレビ』では、なんとそのものズバリ、宇津井健、八千草薫、松たか子らの配役による平成版『東京物語』がリメイクでオンエアされていた。

  最後に、全国でわずか9カ所しかない公明党が小選挙区で候補を立て、自民党候補が単純比例区へ回るという選挙区のひとつが、大阪にあるわが選挙区であるが、あろうことか、その大阪の場末とも言える自公協力選挙区の候補の決起集会に、かの超売れっ子占い師の細木数子女史がわざわざ応援弁士を務めに来訪するという報せを受けて、私は呆れてしまった。やはり、細木氏もグルだったのかと…。


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