微笑みがえし:浮上式原発のすすめ   

 11年04月21日



レルネット主幹 三宅善信  


▼ キャンディーズと解釈学

  元キャンディーズの「スーちゃん」こと、女優の田中好子が乳癌のため亡くなった。享年55。国民的人気アイドルグループとして一世を風靡した後、「普通の女の子に戻りたい」の名科白を残して1978年4月4日に引退したが、その後、女優として芸能界へ復帰し、TVドラマとしては、NHKの大河に3回、朝連ドラに5回出演をはじめ数々の民放ドラマに出演し、また、日本アカデミー賞初演女優賞に輝いた1989年の『黒い雨』をはじめ映画には1980年〜2008年に29本とほぼ毎年スクリーンに登場し、女優としてますます磨きが掛かってきた最中の訃報であった。私は、もちろん、キャンディーズとほぼ同世代なので、多くの共時性を有しているが、最も印象的だったことは、後楽園球場でのラストコンサートの翌日、当時、同志社大学神学部で「キリスト教史」を講じておられた藤代泰三教授(当時すでに70歳を超えていたと思われる)が、突如、キャンディーズの解散を引き合いに出して、ディルタイの解釈学を説明されたことである。

  ヴィルヘルム・ディルタイは、古典的なテキスト批判学を精神科学の分野にまで広め、対話哲学をいう分野を開いたユダヤ系哲学者のマルティン・ブーバーや、精神病理学者のカール・ヤスパースや、存在論的解釈学で古典的形而上学の解体を進めたマルティン・ハイデッガーらドイツ語圏の哲学者に大きな影響を与えた。神々の意思を人間に伝える役割を持つヘルメスに由来する「解釈学(Hermeneutics)」とは、元来、人間にとって理解不可能な(神の)言葉(=テキスト)や現象を、理解可能な形で表現するために創り上げられた技術で、中世以降は専ら聖書に書かれた事項に対する解釈の方法論であった。つまり、一見、複雑怪奇にして意味不明な事象をいかにわれわれに理解できるように調理するかという方法論であって、「神の言葉」のみならず、通常の文学・絵画・音楽から、社会的なさまざまな現象にいたるまで多種多様である。そこで、今回は、東北地方太平洋沖地震の津波によって、最悪の「レベル7」という深刻な事故を起こした東京電力福島第一原発へのレクイエムの意味を込めて、最初にキャンディーズのヒット曲の解釈を行った後、原子力政策についての拙見を述べたい。

  キャンディーズは、桜田淳子や山口百恵がデビューした1973年、当時全盛を誇ったザ・ドリフターズの冠番組『8時だョ! 全員集合』にレギュラー出演するアイドルグループとしてメジャーデビューした。今では、俳優やアイドル歌手どころか、学者・文化人から弁護士・政治家に至るまで、バラエティー番組に出演して平気でバカなことをしているが、当時としては、「おならもしない」ということになっていたアイドル歌手が、カメラの前でドジをしてお笑い芸人から弄られるという全く新しい演出様式をもたらした。キャンディーズのヒット曲の中には、今回の福島第一原発の事故を暗示するものや、東京電力と経済産業省・原子力保安院のもたれ合いを感じさせるものが多々ある。キャンディーズのシングル全17曲の内、歌詞が思い浮かぶものをリリース順に数曲ピックアップしてみても、解釈学的にも意味深である。

  例えば、デビュー曲の『あなたに夢中』では、「あなたが好き、とっても好き、私はあなたのすべてにいつも夢中なの。こんな広い世界の中、私が愛する人ならあなたひとりだけ。心をささげて、この命ささげて…♪」と、のっけから財政難に喘ぐ過疎地の自治体に原発誘致を働きかける電力会社と自治体関係者の関係を垣間見るようである。1975年にリリースされた『その気にさせないで』では、「…その気にさせないで、何故かあなたには隙をつかれそう。HaHaHa悪い人ね。HaHaHa泣けてきちゃう。HaHaHaあとが恐い…♪」では、原発誘致の見返り交付金にドップリと依存してしまった過疎地と原発事故の関係を暗示するようである。続いて発売された『ハートのエースが出てこない』では、ハッキリとこの原発路線をカミングアウトしている。「…ハートのエースが出てこない。やめられないこのままじゃ。電話が鳴ってもでないのは、優しい誘いに弱いせいなの…♪」さらに、年が明けて発売された『春一番』では、「雪が溶けて川になって流れて行きます。つくしの子がはずかしげに顔を出します…(中略)…別れ話したのは去年のことでしたね。ひとつ大人になって別れませんか…♪」と、これまでの蜜月に対して、危険な未来の予兆が見えてくる。「(メルトダウンで)燃料棒が溶けて、ドロドロになって(圧力容器から)流れで行きます。(原子炉建屋の天井が吹き飛んで、原子炉」収納容器がははずかしげに顔を出します…」冗談じゃない。

  1977年にリリースされた『やさしい悪魔』では、電力会社や経産省関係者の皆さんが「あの人は悪魔、私をとりこにするやさしい悪魔、レースのカーテンにあの人の影が映ったら私の心はもう動けない。ふたりの影はやがてひとつの燃えるシルエット♪」と、もう一蓮托生のズブズブの関係になっている。そして、とうとうこの年の暮れに発売された『わな』の歌詞、「…短かな沈黙の押し問答、背中つついたのは冷たい風…(中略)…でも、あいつはしくじった(fall in you)♪」は、今回の事故における東電あるいは菅内閣そのもの、つまり「あいつはしくじった」のである。そして、後楽園球場での解散コンサートへと向かうラスト曲(註:解散して7カ月後に発売された『つばさ』は含めない)の『微笑がえし』では、「春一番が掃除したてのサッシの窓にほこりの渦を踊らせてます。机本箱運び出された荷物のあとは、畳の色がそこだけ若いわ…(中略)…罠にかかったうさぎみたい、いやだわあなたすすだらけ。おかしくって涙が出そう…(中略)…やさしい悪魔と住みなれた部屋、それでは鍵がさかさまよ…♪」と、何度も避難させられた福島県民の皆さんの状態そのものである。放射性物質の塵が春風に乗って北上し、汚染された住宅や土壌は埃だらけ…。多額の補助金をもたらす原発という「(政府や電力会社の言う)優しい悪魔」によって先祖代々住み慣れた土地を追われる人々の気持ちはいかばかりか…?


▼ 私が20年前から指摘していた原発の改善点

  2011年3月11日は、日本人にとって忘れることのできない日となった。大津波によって死者行方不明者23,000余名という未曾有の大惨事となった東日本大震災が発生した日であることは言うまでもないが、もう一方で、3月11日という日は、日本史上初の、そして、チェルノブイリ原発事故以来25年ぶりの「炉心溶融(メルトダウン)事故」という不名誉な重大事故(註:ただし、これは事故そのものが公表されている民生用の原発事故についてであって、その多くが秘密にされている軍事目的の核施設における重大事故は多々あるであろう)が起こった日として、日本だけでなく世界の歴史の記録に留められることになるであろう。そこで、奇しくも33年前にキャンディーズが解散した日に上梓された前作『覆水盆に返らず』の文末に予告したように、今回の東電福島第一原発事故を踏まえて、もちろん、政府や東電首脳の後手々々の対応は万死に値する(註:キリスト教やイスラム教のように、世界理解の作業仮設として「唯一絶対神」を置く宗教では、人間ははじめから「不完全なもの」として規定されるが故に、その追うべき責任も「有限」であるが、神道のように、世界は「神々と人間との不断の共同作業によって生成・維持・発展している」と考える宗教では、もし取り返しのつかない不始末を侵してしまった場合は、神であっても人であっても、死をもって償わなければならない)が、全国民を挙げてこの国難を克服するため、単に政府や東電の対応を批判するだけでなく、大震災や大津波に対する対処法も含めて提言してゆきたいと思う。

  この国の原子力政策に関わる人々や各電力会社が、一貫して私の意見を聞き入れなかったことにも原因があることは明白である。私が原発反対論者ではなくて、一貫した推進論者であるにもかかわらず…。1991年に高速増殖炉「もんじゅ」が完成したとき、たまたま施工業者(東芝プラント建設=現、東芝プラントシステム)で実際に工事に当たったに知人が居たので、「見学したい」と頼んだら、「動燃(動力炉・核燃料開発事業団→核燃料サイクル開発機構→日本原子力研究開発機構と名称変更)が許可しない」と断られた。そこで、私は当時公開されていた資料を調べて、高速増殖炉の熱交換物質(第一次冷却系)に通常の水よりも熱伝導効率のよいナトリウムを使っているが、原子炉建屋内にある配管の内部を高熱・高圧の液体ナトリウムが勢いよく流れることによる「減肉(註:パイプ内を流れる液体の抵抗により、パイプの金属が徐々に内側から摩耗し、ついには破断してしまう現象。もちろん、パイプ接合部分やパイプ内に設置される各種センサー部分はさらに破断しやすい)」よって一時冷却系のパイプが破断して、二次冷却系である「水」とナトリウムが反応したら大爆発を起こす(高校の科学の時間で習う)への対策は取られていると思うが、それ以外にも、パイプ減肉によって漏れ出したナトリウムが原子炉建屋内の空気中に含まれる「水分」(酸素と水素が反応すれば、勝手に水が形成される)と反応して爆発してはいけないので、原子炉建屋内には不活性ガス(註:原子における最外殻電子が「満席」になっている元素であるヘリウム・ネオン・アルゴン・クリプトン・キセノンや窒素など他の気体と反応しにくい気体。製造や貯蔵コストを考えれば、窒素やアルゴンが有効)を充満させておけば、万が一、激しい化学反応(つまり爆発)を起こす元素であるナトリウムや水素が漏れ出しても爆発には至らないということを指摘したが、彼らは聞き入れなかった。その後、高速増殖炉「もんじゅ」がどのような事故を起こしたかは、皆さんもご承知のことでしょう。

  原子炉建屋内に空気を入れておく必要なんてない。何故なら、どうせ原子炉建屋内に入る作業員は、厳重なマスクを装着して入るのであるから、空気があろうと無かろうと関係ないからである。それに、窒素ガスを充填しておけば、誤ってネズミ等の小動物や鳥や昆虫などが建屋内に入ったとしても生きてゆけないので、それらの動物による思わぬ害からも守られる。ネズミが配線ケーブルを齧って断線することもあれば、鳥の糞の主成分である尿酸が原子炉内の高温によって金属配管と各種の反応を起こしかねない。原子炉建屋内に窒素ガスを充填しておけば、これらの事態も防げるはずだ。これぐらいのことは、高校の科学の時間で習ったことだけでも、容易に想定できるはずである。今回の福島原発の事故でも、震災発生翌日に水素爆発を起こしてから慌てて、未だ水素爆発を起こしていない建屋内に窒素ガスを充填しているのだから、お粗末極まりない。「原子炉建屋に窒素ガス」は、素人の私でも思いつく基本中の基本である。因みに、新型インフルエンザのパンデミックに備えて、私はウイルスや放射能汚染物質の吸引を防ぐ強力フィルターの付いた防塵マスクを購入して常備している。もちろん、長期着用に慣れるためにも、マスクを装着したまま就寝するという離れ業もこなした。確かに、かなり息苦しい。


防塵マスクをフル着装する三宅善信代表


▼ 太陽光発電は日本には不向き

  因みに、今回の福島原発の事故を見て、急遽「原発反対」を声高に叫んで、「太陽光などの再生可能なエネルギーに切り替えを!」などと主張する人間の軽薄さを見抜かなければならない。もちろん、21世紀の後半にもなれば、現在われわれが想像も付かないような方法で人類は大量のクリーンエネルギーを手に入れていることであろう(例えば、アニメ『ガンダム00』に登場するSSPP=夜や曇天のない地球周回軌道上の宇宙空間に巨大なソーラーパネルを備えた太陽光発電衛星を打ち上げ、そこからマイクロ波で地上へ送電するシステム等)。ただし、そのような再生可能エネルギーが5年〜10年の内に開発・普及できるとは思えない。その間、われわれの文明生活を支えるエネルギーをどこから得よと言うのか? そもそも、地上での太陽光発電なんか、四季があって雨天の多い日本の気候風土には向いていない(効率が悪い)。石炭や石油や天然ガスといった化石燃料を燃やす火力発電は、大量の温暖化ガスを排出するので増やせないことは言うまでもない。

  四方を海で囲まれた世界有数の火山列島である日本の気候風土に向いている再生可能エネルギーと言えば、潮力発電と地熱発電である。一日二回、巨大な月の潮汐力によって勝手に海面(実は、大地も上下している)が上下動するのであるから、これを利用しない手はない。四国と淡路島を繋ぐ鳴門大橋なんか、海面を見下ろせば「川の如く」海水が流れている。いわゆる「鳴門の渦潮」だ。この橋桁に発電用の巨大なスクリュー状のタービンを取り付けるだけで、かなりの出力が期待できる。もちろん、建造時「ギロチン」と呼ばれた有明海の閉めきり堤防も1〜2カ所開いてやってそこにタービンを付けてやればそれでOKだ。他にも潮の干満差の大きい地点は日本国中何カ所もあるであろう。地熱発電なんか別府温泉をはじめとする九州各地や、登別温泉をはじめとする北海道各地では簡単に設置できるであろう。

  他にも、日本の周辺の海底には、大量のメタンハイドレード(註:0℃近い低温と高圧下にある海底で、籠構造に結節した水分子の隙間にメタン分子が入り込んで安定している物質。見た目は、旅館の銘々鍋の下に置かれる加熱用の「固形燃料」のような感じで、着火すれば容易に燃焼する。燃焼時の炭酸ガスの排出量が石油や石炭の約半分のため、地球温暖化防止対策にもなる)が溜まっており、この「燃える氷」は気化させれば天然ガスほとんど変わりないから、既存の火力発電所の設備を使える。と実は、これらの比較的実現可能なクリーンエネルギーの普及を妨げてきたのは、電力会社にとって最もコストパフォーマンスの良い原子力発電を普及するために、大量の天下りを受け入れてきた電力会社と経産省の官僚たちの妨害によることは明白である。しかし、これらとて、既に既存の設備の整っている鳴門海峡と有明海以外では新たに設置するには10年は必要であろう。


▼「重力」を用いた危機管理システム

  ここからは、前作『覆水盆に返らず』同様、原発の具体的な地震(震度7級)や津波(高さ25m級)を想定した三宅善信流の原発立地方法を示す。読者の中には、私がこのアイデアを考えたのは、何もかもが「想定外」で片づけられた今回の東日本大震災の後のことのように思っている人もあるかと思うが、私のこれまで諸作品をご一読いただけばお判りのように、原発の構造については、二十年以上前から主張しているとおりである。「もんじゅ」の冷却用ナトリウム漏れ爆発事故の際にも述べたとおり、私の危機管理策は極めて単純で効果が大きい。危機管理には、この単純さが重要である。多くの条件が整わなければ作動しないような複雑なシステムは、何が起こるか判らない(これを「想定外」という)事態では、その真価を発揮できない。ましてや、原発内でも特殊な知識や技能を持ったごく一部の人にしか操作できないシステムも危険だ。事故が起こった時、たまたまその人が現場に居なかった(当然、休日などはシフトが敷かれているであろうが、昼食休憩やトイレ中というに事故が発生することとてあり得る)ら、初期対応に遅れが生じた結果、決定的な事態に立ち至らないとも限らない。逆に、単純なシステムは、「想定外」の事態に立ち至った場合でも、誰でも最善を尽くすことができるからだ。

  まず、皆さんはこの地球上に働く諸々の「力」の内で、最も普遍的に存在し、かつ、妨げることが困難な「力」は何かご存知であろうか? 言うまでもない「重力」である。リンゴは枝から地面へ落ち、水は高きから低きへと流れる。この単純かつ明瞭な「力」を最大限に利用するのである。電力すら必要としない。今回の事故のように、すべての電源が失われるといった「想定外」の事態が起こったとしても、緊急炉心冷却水のタンクを原子炉よりも高い位置(建屋の屋上とか、隣接する丘陵の上とか)に設置しておけば、最悪の場合、誰かが手動でバルブを捻れば大量の冷却水が「重力」によって炉心へ流れ込んで、燃料棒を冷却することができる。もちろん、使用済み燃料の保存プールも、福島第一原発のような原子炉建屋の上部に置くのは問題である。プールにひび割れでも入ったら、たちまち空気中に暴露してしまい、炉心とは比べものにならないほど小さいとはいえ、環境中に放射線を放出してしまうからだ。

  さらに言えば、今回、レベル7という最悪の事故を起こした福島第一原発の1〜4号炉(実は、隣接する5〜6号炉もかなりのダメージを受けた)は皆、沸騰水型(BWR)という軽水炉(註:「軽水」とは普通の水のことである。水は炉心の冷却剤としての役目だけでなく、燃料のウランから飛び出す超高速の中性子は軽水中では減速するので、その分、近傍する燃料棒に含まれる別のウランの原子核に命中する確率が上昇し、その連鎖反応をもって臨界状態を創り出せる一石二鳥のシステムである。世界の商業用原子炉の8割は軽水炉である。東京工業大学理学部応用物理学科卒の菅総理は、なまじこの知識があったため、電源停止によって沸騰しだした炉心を冷却するための非常手段である海水の注入作業を「再臨界の危険性が生じる」と中断させたのが裏目に出て、本当に炉心が「空焚き」状態になり、深刻なメルトダウンをもたらした可能性がある)である。福島第一原発の事故以来、このニュースが報じられない日はないので、皆さんもあのダルマのような形をした原子炉収納容器を持ったBWRの略図を何度も目にされたであろう。私は、本論の中では、作図作業を簡略化・模式化して記しているので、皆さんが日頃、テレビでご覧になっている形状と多少異なっているが気にしないでほしい。

  今回、メルトダウンという深刻な事故を起こした福島第一原発の圧力容器(註:炉心を囲む一番内側の小判型の容器)の構造をよく見て欲しい。臨界運転中の原子炉に異常が生じた際に、これを緊急停止させるために、100kw級のBWR(沸騰水型軽水炉)では数万本ある燃料棒と燃料棒の隙間に制御棒(註:厳密には燃料棒は数十本ずつ束になっているので、その束と束の間に断面が十字状の板構造)を挿入する。制御棒は、よく中性子を吸収する(註:核分裂の連鎖反応は、ウランの原子核が崩壊した際に飛び出した中性子の近くに別のウランの原子核があれば、これに命中しやすくなり、その刺激を受けた原子核が分裂して、さらに別の中性子を発生させることによって連鎖的に続く状態であるから、この原子核から飛び出してきた中性子を別の物質で吸収してやると収束する)性質をもったカドミウム合金等で作られている。今回の大地震が発生した際にも、福島第一原発に備えられた地震計が即座に揺れを感知して自動的に制御棒を挿入したので、直ぐに核分裂の連鎖反応は収まった。ところが、数十分後に到達した「想定外の大津波」によって全ての電源を喪失した(もちろん、東電の報告を信じたらのことであって、地震の揺れで停電を起こしていたり、大津波到達前に係員の誤操作で電源を切っていたりすればまったく別問題であるが…)ので、炉心への冷却水の注入が滞り、いくら緊急停止したとはいえ、まだまだ余熱がある炉心の燃料棒が「空焚き」状態(新たな冷却水の供給が止まれば、高温で熱せられた水は当然蒸発してしまう)になり、燃料ペレットを被覆しているジルコニウム製の金属管が融解した際に冷却水と反応して発生した大量の水素ガスによる爆発事故(註:この爆発によって、原子炉建屋の天井や壁の一部が吹き飛んだが、素人目には「原子炉収納容器が損壊した」と早合点させる結果となった)と、溶け出した核燃料が圧力容器の底に溜まる「メルトダウン」という最悪の事態を招いた。

  ここで、私が問題にしているのは、このBWRは核分裂を緊急停止させるための制御棒が圧力容器の下から挿入されるという設計になっている点である。そもそも、これが間違えている。前述したように、万が一、原子力施設内に停電が発生すれば、制御棒の挿入が困難になる。しかし、図1で示したように、制御棒を圧力容器の上から挿入するようにさえしていれば、ぶら下げているワイヤを外しさえすれば、人力でも制御棒は圧力容器の中に挿入されて核分裂を緊急停止させることができる。地球上では、いかなる力も重力には逆らえないからである。これこそ、フェイルセーフというものである。しかも、圧力容器の下から制御棒を挿入するというシステムでは、必然的に圧力容器の底に「穴が空いている」という構造になるので、万が一、メルトダウンが起きたとき、溶けた高温の核燃料が圧力容器の底に溜まるだけでなく、その穴から収納容器内に漏れ出してきて、収納容器内が高濃度の放射線で満たされ、事故対応が著しく困難になるという事態を招く可能性がある。ここがBWR型軽水炉の弱点である。


▼ 政治も危機管理も優先順位をつけること

  因みに、今回の事故を起こした福島第一原発をはじめ、東京電力管内の原子炉はすべてこのBWR型軽水炉である。というより、東北電力・中部電力・北陸電力・中国電力ならびに電力事業団によって設立された日本原子力発電(原電)の6社の商業用原子炉はすべてこの構造上の脆弱性を有するBWR(沸騰水型)軽水炉である。因みに、わが関西電力をはじめ、北海道電力・四国電力・九州電力の各社は、加圧水型(PWR)軽水炉という全く異なるシステムを採用しており、こちらの緊急炉心停止用の制御棒は、圧力容器の上側から挿入されるので、最悪の場合、重力によって落とすこともできるし、圧力容器の底に、無用の穴を開ける必要もないので、たとえメルトダウンが起きたとしても、高放射性物質が圧力容器の外に漏れ出る可能性が低い。しかも、沸騰水型の場合は、炉心を冷やした高い放射線量を有する第一次冷却水が原子炉建屋から出て別棟のタービン建屋まで移動するため、万が一の漏れに供えて、二つの建物を繋ぐパイプラインもタービン建屋も放射線遮蔽構造を設けなければならないが、加圧水型の場合は、高い放射線量を有する第一次冷却水と熱交換された第二次冷却水が原子炉建屋から出て行くため、二つの建物を繋ぐパイプラインもタービン建屋も放射線遮蔽構造を設ける必要がない。

  その上、私なら、原子炉収納容器の外側や原子炉建屋内の壁面には、最近、停電時の避難誘導案内表示に使われるようになってきた燐光物質(註:広い意味での蛍光物質。蓄光性能が従来の夜光塗料よりも遥かに優れている)を予め塗布しておく。もし、原子炉建屋内で停電が起こっても、壁自体がぼんやりと光るので真っ暗にならないから、緊急時の作業員の避難誘導にも有効であろうし、何よりも収納容器に目に見えないほどの小さな穴やひび割れが発生していた場合にも、そこから放出される放射線に反応して――その放射線からエネルギーを受けて(註:この反応は、蛍光灯のガラス管内部に塗布された蛍光物質が、蛍光灯内の電極間を飛ぶ紫外線からエネルギーを受けて、人間の目に見える白色光を発光する蛍光灯と同じ)――その場所だけが一際輝くので、小さな穴やひび割れ箇所が見つけやすくなる。このように、二重三重の安全対策などいくらでも考えられる。

  さらに指摘するのならば、福島第一原発の原子炉建屋やタービン建屋の配置もなっていない。私なら、原子炉建屋やタービン建屋を現在の1号基から4号基まで横一列に並べるのではなく、「三宅方式」では、図3のように真上から見て45度回転させたような配置で原子炉建屋やタービン建屋を並べる(図3は、紙面の関係で3基しか記入していないが、何基あっても同じこと)。理由は簡単である。もし、どれかひとつの建屋が爆発事故を起こしたときに、隣の建屋への被害を最小に抑えるための配置である。福島第一原発のように横一列に隣接していれば、どれかの建屋が爆発した際には、少なからず隣の建屋にも被害が及ぶ。しかし、「三宅方式」の配置では爆風の大半は逸れる。しかも、図2のように、原子炉建屋の天井は、側壁よりも薄く作るのである。また、同じ側壁同士でも、海側の側壁を陸側の側壁よりもやや薄く作るのである。なぜなら、原子炉建屋の上下左右をすべて同じ強度にしたら、内部の圧力が建物の限界まで溜まりまくった挙げ句、爆発するときはもの凄い破壊力で爆発するが、より「弱い部分」を造っておけば、内部の圧力が限界ギリギリまで溜まる前に、「弱い部分」が破壊されてそこから圧力が抜けて、壊滅的破壊を免れるからである。できるだけ、「より大切な部分」を守るために、そうでない部分との間にプライオリティ(優先順位)を付けるのである。国家でも、営利企業でも、「危機管理」こそ最重要な課題である。

  この国における戦後の「民主主義」は、「結果の平等」を追い求めてきたが、そんなものは政治でないことは言うまでもない。政治とは「優先順位を付ける」ことである。「最大多数の最大幸福」のためには、誰かに犠牲になって貰わなければならない。この「犠牲」を最小に留めて最大の「効果」を得るためのプロセスを「政治」と呼ぶ。例えば、わが大阪では、淀川の堤防は左岸(川上側から見て左側。淀川の場合、大阪市の都心側)のほうが右岸よりも約1m高い。理由は簡単である。台風や集中豪雨によって、もし淀川が決壊した場合、堤防の低い右岸側が先に決壊することによって、左岸側の大阪都心の浸水が免れるためである。もし、「絶対に決壊しない堤防」を造ろうとすると、両岸でどんどん堤防を嵩上げして行く(註:本当は「高さ」だけでなく、「厚さ」も必要になるので、「スーパー堤防化」することであるが、ここでは議論を単純化するために、「高さ」だけを問題にすることにする)必要があるが、このことは、建設コストを激増させるだけでなく、決壊時の被害をさらに増大させることになる。恐らく東京の場合でも、多摩川の堤防は、東京都側に当たる左岸のほうが、神奈川県側に当たる右岸よりも高く設計されているはずである。しかも、このようなことは、昨日今日始まったことではなく、400年前には既にそうなっていた。現在でもそうであるが、江戸時代、各藩の領地の境界線はたいてい山の尾根か河川によって定められていた。したがって、一本の河川を挟んで、幕府の直轄地である「天領」と諸大名の領地が向かい合っていた場合、諸大名の領地側の堤防は必ず、天領側の堤防より「3尺(約90cm)低く」しなければならなかったのである。その点から見れば、福島第一原発の配置なんぞ、江戸時代以下である。「絶対に安全」とか、「国民は皆平等」なんぞというバカげた幻想に囚われているから、かえって多くの非効率と不幸をもたらすのである。


原子炉図4

▼ 三宅式地上設置型軽水炉

  私が今回、述べてきた方法は、建設コスト的には、既存の原発とほとんど変わらないはずである。原発関係者に「頭を使え」と言いたい。さらに、堅牢な原発を造らせてくれるのなら、図4のような原発を造る。原発の立地場所をクレーターのような構造にする。まず、直径400m深さ50mほどの大きな穴を掘って、その原子炉建屋やタービン建屋や使用済み燃料貯蔵庫や汚染水の貯蔵タンク等の設備を配置し、その掘った土で周囲に高さ50mほどの土手を築く。つまり、土手のてっぺんから見れば、原子炉建屋等は約100m下のクレーターの底にある構造になる。もちろん、緊急炉心冷却用の貯水タンクはこの土手のてっぺんに配置しておくので、バルブさえ捻れば、かなりの水圧で圧力容器内まで達するであろう。もちろん、日頃の熱交換用の水はパイプラインを通して海水から摂取すればよい。冷却水(BWRなら第二次冷却系、PWRなら第三次冷却系)を海から取水する際に、海面から50mの土手が障害にならないかと言えば、ならない。原子炉建屋は土手の天辺からさらに100m下にあるから、サイフォンの原理が働くので水は勝手に流れ込む。

  これだと、高さ30mの超大津波が襲ってきても大丈夫であるだけでなく、たとえ原子炉が暴走して最悪の事態に立ち至ったとしても、この巨大なクレーター全体を水没(註:原発事故用語では「水棺」と呼ぶ)させればよい。爆発事故で各種の構造物が吹き飛んでも、ほとんどの瓦礫はこのクレーター内に留まるであろう。もちろん、非常時の注水用に備えて、土手を貫通して海から直接原子炉建屋に入るパイプラインも確保しておく。電源停止等の事態に陥った時は、人力でバルブを捻れば海面から原子炉建屋の床面まで50mの落差があるので、一気に海水が流入して原子炉を水没させることができる。

  さらに、私なら「ウルトラC」として、今回の福島第一原発事故のように、メルトダウン等が起きて、原発施設内に高濃度の放射性汚染水が大量に溜まってしまった場合の「排水」方法も考えている。原発からの汚染水の配管を海中へ入れるのである。日本列島の地図を思い浮かべてほしい。北海道の十勝沖から東北沖、関東沖、東海沖、南海沖、四国沖、九州の日向灘沖に至るまで、日本列島の太平洋岸はほぼすべて、陸から約100km以内にドン深の断崖になって、深さ数千メートルの「海溝」がパックリと口を開けている。その深淵部まで配管の先を伸ばしておきさえすればよいのである。近頃、話題の「海洋深層水」なんぞ、たいていは地方の中小企業がチマチマっとして設備で、“深海”(註:商業用の「海洋深層水」とは、沖合数kmの水深200m以上の“深海”から汲み上げたミネラルたっぷりの健康に良い水ということになっているらしいが、地球の表面積の3分の2を占める海洋の平均深度は数千メートルと言われるので、「水深200m以上の深海」というのなら、地球上の海水の95%は「海洋深層水」ということになってしまうという眉唾ものの商品である)から汲み上げているのだから、巨大企業の電力会社にとって、沖合100kmまでパイプラインを伸ばして、水深5000mの海溝にその先端部を下げることぐらい訳はない。


▼ 古代から変わらない日本人の汚染除去法

  そうして、万が一、高濃度の放射性汚染水が大量に発生してしまった場合は、このパイプラインを使って、超深海へ投棄すればよい。「海溝」とは、地球規模のプレート移動――だから、それが創り出す「プレート境界型」地震のエネルギーは凄まじい――によってできた地球の「割れ目」のような場所だから、その底に投棄された汚染水は、何百万年単位でそこに留まる――つまり、われわれの暮らす地表付近には何の影響もない――であろう。ひょっとすると、沈み込むプレートと一緒にマントルまで引き込まれて、何億年か後にアイスランドやハワイの火山――まだ、アイスランドやハワイが存在していたらの話だが――からマグマとなって吹き出るが、すでに半減期を何回も繰り返しており、放射能は消失している。プレート境界型巨大地震による大津波によって破壊された原発の放射性廃棄物を、プレートの境界にある海溝に送り返すのは道理に適っている。

  古代日本人は、究極の廃棄物 (当時は「罪汚れ」と呼んだが) 処理方法として、10世紀に編纂された延喜式の巻8に収録されている『中臣大祓詞』において、「…根国(ねのくに)底国(そこのくに)に坐(い)ます速佐須良比賣(はやさすらひめ) …」という女神に廃棄物の最終処分を依頼したことは、2000年1月26日に上梓した『速佐須良比賣(はやさすらひめ)のお仕事』で述べたとおり、日本人にとって「汚染(=穢れ)」とは、そのもの(=人)が持つ本質的な罪(=原罪)ではなく、あくまで、外部からその人にまとわりついたものであり、ある一定の過程を経て除去できるものである。そして、その除去方法とは、神から神へとリレーしてゆき(註:この役目を担う神々は、それぞれ「速川(はやかわ)の瀬に坐(ま)す瀬織津比賣(せおりつひめ)と言ふ神 大海原に持ち出(い)でなむ。 此く持ち出で往(い)なば 荒潮の潮の八百道(やほぢ)の八潮道(やしほぢ)の八百會(やほあひ)に坐す速開都比賣(はやあきつひめ)と言ふ神 持ち加加呑(かかの)みてむ。 此く加加呑みてば 氣吹戸(いぶきど)に坐す氣吹戸主(いぶきどぬし)と言ふ神 根国底国に坐す速佐須良比賣と言ふ神 持ち佐須良(さすら)ひ失ひてむ。 此く佐須良ひ失ひてば 罪と言ふ罪は在(あ)らじと祓へ給ひ清め給ふ事を 天つ神 国つ神 八百萬神等(やほよろづのかみたち)共に聞こし食(め)せと白(まを)す。」と役割分担して)、その間に罪汚れがドンドンと薄められてゆくことによって、最終的には検出できない程度の数値にまで薄めたら、「始めからなかったことにする」という論理構造を取るのである。

  今回の福島第一原発事故による汚染水の放射線量でも、問題になる数値はすべて、「○○ベクレルもある」というふうに発表されるが、こんなもの、もし1000ベクレルの濃度を持つ放射性セシウム134が含まれた汚染水が10tあったとすれば、水で100tに薄めればたちまち「100ベクレルの汚染水」に汚染レベルが低下してしまうのである。報道では、「仏アレバ社や米キュリオン社などが提供した(=高額で買わされた)放射能除去装置で放射性物質の除去…」などと報じられているが、こんなもの、放射性物質がゼオライト等の吸着剤に吸着しただけであって、地球上にある放射性物質の総量が減少した(註:放射性物質はそれぞれが持つ固有の半減期によって、勝手に崩壊してゆく)訳でもなんでもない。「ゼオライト」などとカタカナで書かれているので「放射能を除去する凄い物質」と勘違いされている向きも多いと思われるが、日本でも大量に産出する珪酸塩鉱物の一種で、高い金を支払ってまで外国製品を使う必要はない。因みに、チョウザメやメダカを飼っているわが家の庭の池の水――硬度1110という猛烈な超硬水(エビアンでも硬度400)が湧き出るわが家の井戸から供給された水――に含まれる鉄分を除去し、合わせて、好気性バクテリアを用いて池の水の窒素分を巡回除去するために私が設計した煉瓦造りの濾過装置(80cmx80cmx200cm)でも、砂などの濾材の他に吸着材としてゼオライトが用いられ(もちろん、多孔質の煉瓦そのものも吸着効果がある)ており、それなりの効果が上がっている。


▼ 出番を待っているメガフロート技術

  以上、長々と述べてきた「三宅式軽水炉」案であるが、実は、もっと立地条件を選ばずに――つまり、地元に多額の建設協力金を支払わずに済む――建設できる「夢の原発」システムがある。しかも、このシステムは、原子力発電所のプラントを丸々輸出できるので、単なる「安定的な電力供給源」としてだけでなく、これからの日本の有力な輸出産業の柱となることのできるシステムなのである。21世紀になる前から私はこの方法を主張しているのに、電力事業者の誰も耳を貸そうとしないのは何故だろうか? 先に外国にこの方法を行われて、特許でも取られたら、それこそ日本の将来にかかわると思うのだが…。原子力発電所に関わる最大の矛盾は、原発の設置場所と電気の消費地が遠いということである。電力は、送電中に電気抵抗によってかなり失われるので、理想を言えば、発電所は消費地の近くにあるほうが良い。だから、火力発電所は大都市近郊に立地されている。渓谷がなければ大きなダムが造れない水力発電所なら、人里離れた山間部にあっても致し方ないが、コンパクトな原発なら大都会に設置したほうが、送電ロスが無くなるだけでなく、原子炉を冷却するために排出される膨大な熱量を地域冷暖房の熱源として利用できる。

  だが、実際に都市部に建設された原発は一基もない。日本にあるすべての原発の中で唯一、島根原発が県庁所在地(松江市)内にあるが、それでも市街地まで数キロ離れている。それでは、最大の消費地である東京や大阪に原発が設置されていないのは何故か? そうしたら、東京電力も関西電力も原発の真横に本社ビルを建てることができ、トラブルが発生した際には、社長御自ら陣頭指揮が執れるし、政府やマスコミも人ごとではなく、より真剣に対処するであろう。何故、原発は電力の大消費地である大都市に立地されないのか? それは、電力会社も政府も「本当は原発は危険である」と思っているからである。ならば、日頃の「原発は安全である」という話は嘘になる。いやしくも、政府や公共企業は嘘をついてはいけない。そこで、電力の大消費地である大都市近郊に原発を設置し、なおかつ、事故が起こった場合にも容易に危機を回避でき、その上、原発のプラントを海外に輸出して儲けることのできる夢のような「三宅式浮上原発」について提案しよう。


1975年に開催された沖縄海洋博のテーマ館「アクアポリス」

  その方法とは、一基あたり300mX300mX30mのメガフロート(超大型浮体式構造物)を造ってそれに原発を「載せる」という方法である。現在、中東から原油を運んでくる超大型タンカー(ULCC)の標準的なサイズは、300mX60mX30m(註:最大のものは長さ450m)だから、ULCCを5隻横並べにしたくらいの大きさとイメージしていただければよい。鉄製の浮体構造物を建造すること自体は、既成の技術の延長で、さして難しいことではない。私が高校生の時に見た沖縄海洋博(1975年)のテーマ館「アクアポリス」は、100mX100mX30mの浮体構造物で、台風襲来時にはバラスト調整をして喫水を20mくらいまで下げることができた。また、住友重機によって2000年に横須賀沖に造られた実証モデルのメガフロートは、長さ1000m級で実際に航空機の発着実験も行われているので、喫水線が15mの300mX300mのメガフロートを建造するくらい日本の造船技術からすれば訳はない。そして、その真ん中に原子炉を設置するのである。ここで重要なことは、その炉心は喫水線よりも下に置くことである。そもそも、「原子炉を持った船」は、米軍海軍の原子力空母や数カ国が有している原子力潜水艦等、すでに世界中に何百隻もあるのであるから、さしたる技術でもない。


▼ 浮上式原発で起死回生の日本復活を

  このメガフロート内に一基100万kWクラスの商業用原子炉に必要な一切を載せるのである。当然、船体は超大型タンカー(UCLL)でも標準装備されている「ダブルハル(二重船殻)」構造(註:タンカーの場合は、座礁しても積み荷の原油が流出しないようになっている)である。しかも、主要空間には、これもUCLLの油槽の中と同様、不活性ガスで満たしておくのは、前掲のとおりである。このメガフロート原発には、万が一、汚染水が発生した場合でも、その空間内に100万トン以上溜めることができるので、汚染水の処理も落ち着いて行える。そして、このメガフロート原発を東京湾や大阪湾に係留すればよい。発電した電気は、海底ケーブルを通じて直接、大消費地である都市部へ送電できる。このユニットを3基X3基(900m四方)結束して並べたら900万kWの発電ができる。5基X5基(1500m四方)なら2500万kWの発電ができるので、それだけで大阪や東京が必要とする電力のかなりの部分を賄えるであろう。たいした面積でもない。900m四方でも81ha、1500m四方で225haに過ぎない。海上に埋め立てで造成された関西国際空港の面積が1055ha、最近拡張された羽田空港の面積が1450haもあることからすれば、そう大きな設備ではないことは明白で、大阪湾や東京湾内の適当なスペースは確保できるはずである。

  そして、何よりもこのメガフロート原発の利点は、東電他が採用している沸騰水型軽水炉(BWR)であれ、関電他が採用している加圧水型軽水炉(PWR)であれ、その原子炉を冷却するのに用いる水――もちろん、炉心にまで入ってくる第一次冷却系の冷却水は真水であるが、熱交換された第二次冷却水系以後の冷却水は海水――は、原子炉の回りにいくらでも存在するので、万が一、原子炉本体に異常が生じても、炉心部分をメガフロートの喫水線よりも下に設置しているから、バルブを開けて何万トンもの海水を注入すれば、一発で冷温停止状態になる。だいいち、地上と違って、海上では地震の揺れはほとんど影響がない。また、そもそも水面に浮いている大型船にとっては、高さ10〜20mの大時化(おおしけ)でも、波の影響はほとんど受けないことは、世界中の外洋を航行しているタンカーが実証しているので、大津波の影響もかえって少ないであろう。

  それでも、「想定外の事故」というものは、時として起こりうるものである。もし、メガフロート原発が爆発やメルトダウンを起こすような状況に陥ったらどうすればよいか? 答えは簡単である。陸地に影響の及ばない沖合にまで曳航(メガフロートにディーゼルエンジンを付けて自走してもよい)して行ってから修理すればよい。それでも手に負えないような危機的な状況に陥ったらどうすれば良いか? これも答えが用意してある。最初に述べたように、水深1万メートル近い日本海溝の真上まで曳航していって、そこでメガフロートを自沈させればよい。あとは、速佐須良比賣(はやさすらひめ)のお仕事である。日本海溝の底にいる深海魚なんてはじめから人間が食さないので、漁業への影響もない。ウナギの産卵場所はマリアナ海溝であるから大丈夫だ。

  そして、この安全安心なメガフロート原発のユニットを、日本の新しい産業として、欧米先進国や産業発展の著しい――つまり、電力不足状態に陥っている――BRICs諸国やG20に加わった新興国に輸出すればよい。それらの国々は、すでに核兵器を製造する技術も資金も持っているので、いまさら核開発技術の拡散を心配する必要もない。今回の福島第一原発の事故を受けて節電に取り組むのは良いが、再生可能な自然エネルギーに移行できるまでの当面の間の電力不足を補うのに「火力発電の復活」を訴える人は、地球温暖化問題を忘れている。原発事故は、一部の地域の人間生活に数十年の間、悪影響を与えるに過ぎないが、いったん「ポイント・オブ・ノーリターン(不可逆点)」を超えてしまった地球温暖化の影響は、何百万年にもわたって人類だけでなく何百万種もの生物に及ぶのである。そのことを考えれば、温室効果ガスを排出する火力発電のほうが罪深い。ましてや、自分の住む地域あるいは自国における原発の運転や新設に反対しながら、(今回の事態で言えば、関西電力が原発によって発電した電力の融通を受ける東京電力配電地域の住民のように)他の地域や国の原発によって発電された電気を購入して済ませようとしているような市民運動には大いに疑問符が付けられて良いと思う。

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