温州某重大事件:新幹線は中国に何をもたらすか   

 11年08月03日



レルネット主幹 三宅善信  


▼ 満州某重大事件

  2011年は、中国最後の王朝である大清帝国が崩壊し、中華民国が成立した「辛亥革命」から数えて百年目という中華民族とその周辺の少数民族にとって大変重要な歴史的節目である。革命が勃発した1911年(辛亥年)の10月10日を記念して、中華民国(台湾)はもとより、中華人民共和国(大陸)でも大々的な祝賀行事が繰り広げられるであろう。中国人たちはこの佳節を「双十革命」あるいは「ダブル・テン」と称して祝う。中国人にとっての「辛亥革命」の歴史的意義については、二年半前に『「歴史」となった中華人民共和国』で理路整然と分析したので、ご一読いただきたい。

  ただし、「ラスト・エンペラー」宣統帝溥儀の退位によって、三千年の長きに亘って連綿と続いた君主制に終止符が打たれたとはいえ、「共和制」という全く新しい統治システムが中国人の身に付いたとは言い難く、結果としては、古代の春秋戦国時代よろしく、まさに群雄割拠、百家争鳴の時代の幕開けとなった。要するに、北洋軍閥や清朝の残党、国民党軍に共産党軍に、帝国主義末期の欧米列強や新興勢力の日本やソ連がそれぞれ肩入れして、巨大な中国市場の覇権を求めて大陸内で果てしない内戦が繰り広げられた時代である。

  そんな時代背景の1928年6月4日、自ら「大元帥」と称して紫禁城に入場し、中華民国の主権者たらんとした奉天軍閥の張作霖が、蒋介石の率いる国民党の北伐軍によって北京を追われて満州(註:「Manchuria」の正字は「満洲」であるが、現在の日本では「満州」という表記が一般的なので、本文では便宜上「満州」と記す)の奉天(現瀋陽)に特別列車で逃げ帰る途中、清末(光緒年間)に中国人自身が初めて設置した鉄道「京奉線」(北京〜奉天)と、日本が造った南満州鉄道「連長線」(日本の大陸進出の窓口となった港湾都市大連〜満州の長春)が立体交差する「皇姑屯」(註:当時、「皇帝の姑」のものとされる墳墓が近くにあったので、そのような地名が付いたが、実は、初代皇帝ヌルハチの甥簡儀親王の墳墓であった)で、日本の関東軍によって爆殺されたとされる事件(註:犯人は、日本の関東軍首謀説が一般的であるが、それ以外にも、ソ連諜報機関説、国民党説、共産党説、朝鮮軍説等もある。その後の調査で、爆発物はロシア製と判明)が起きた。

  理由は簡単である。日本軍のテコ入れにより勢力を得た奉天軍閥の張作霖であったが、大元帥就任後は、「反日・反共」を標榜して「より旨味がある」と思われた欧米列強の側に寝返ったからである。それが、国民党軍に破れたといってノコノコと満州へ逃げ帰って来るなんて許せなかったのであろう。この点では、張作霖に「まだ利用価値がある」と踏んでいた田中義一首相と「奉天軍閥を武装解除して傀儡の満州国を建てよう」とした関東軍との思惑の違いがいろいろと齟齬を来たし、本事件は日本の帝国議会でも「満州某重大事件」として問題視され、野党の追求に答弁が二転三転した田中首相は、昭和天皇の信頼を失い、内閣総辞職するハメになった。

  当の張作霖は、「敗軍の将」の自覚もなく、北京から奉天まで「お召し列車」(註:張作霖が爆殺された際に乗車していたのは、あの西太后が造らせた豪華な特別車輌だった)で悠々と「退却」してきたので、爆破テロを狙うほうもターゲットが何両目に乗車しているか一目で判った。もちろん、近くを警備していた関東軍によって爆発直後に「犯人」として刺殺されたのは、予め用意されていた現地人であったが…。因みに、80年後の現在でも、ほぼ同じコースを豪華な「お召し列車」で悠々と何度も往復している人物が北朝鮮の「将軍様」ことキム・ジョンイル(金正日)総書記である。恐らく、キム総書記も張作霖と同じ運命を辿るような気がしてならない。現在では、さすがに爆破テロで殺害したのではすぐに首謀者が明らかになってしまうであろうから、おそらく「衝突・脱線事故」というような形式を取って「始末」されるのであろう。それほど、中国では衝突・脱線事故がよく起こるのである。そして、もし、そのような事件が、中国人民解放軍の諜報機関によって起こされたら、真相を報じることのない中国共産党の御用メディアは「満州某重大事件」とでも報じるのであろうか…?


▼ ほぼ同時多発テロ

  さて、80年前でも、日本人が設置した鉄道はダイヤどおり運行されていた。だから、見事に爆弾テロのターゲットに成り得たのである。何時何分にどの列車がどこを正確に通過するということが決まっていなければ、特定の人物を狙った爆弾テロ事件など不可能である。だから、仕掛けるほうも狙われるほうも時間にルーズな中近東辺りで起こる爆破テロは、一般市民も巻き込んだ無差別テロか、直接本人が身体にダイナマイトを巻き付けてターゲットを目視確認して爆破させる自爆テロのいずれかであって、時限爆弾という手段は成立しない。まさに「インシャアラー(神の思し召しのままに)」である。アルカイダによって起こされたとされる2001年9月11日の「米国中枢同時多発テロ」事件でも、第一撃がWTC(世界貿易センター)ビル北棟にぶつかったのが8:23、南棟が9:03、ペンタゴンが9:38と、三つのテロ攻撃に1時間25分の「時差」がある。

  また、2004年3月11日に、死傷者2000名以上の大惨事となったアブー・ハフス・アル=マスリー殉教旅団によって起こされたとされるスペインのマドリッド中心部の三つの鉄道駅で7:36〜7:40の間に起こされた爆弾テロ事件も、5分間のズレが生じている。なんでも、爆発せずに見つかった時限爆弾の中には、午前と午後を間違えてセットされたものもあったらしい…。ラテンの国に暮らす犯人たちの時間感覚が窺い知れる。一方、2007年7月7日、スコットランドでG8主要国首脳会議が行われている最中にロンドンの地下鉄で起きた700名以上の死傷者を出した三つの爆弾テロは、一発目の爆発が起きた8:50から最後の爆発まで50秒しか経過しておらず、1分刻みに表示される時刻表の誤差の範囲内と言える。時限爆弾テロも、その事件が起こされた国とテロリストたちの時間感覚に左右されるという一例である。


▼ 独自開発の高速鉄道「中華之星号」の失敗

  さて、いよいよ本題の2011年7月23日に浙江省温州市郊外で起きた、杭州駅発福州南駅(福建省)行きのCRH(中国高速鉄道)1型列車に、北京南駅発福州駅行きのCRH2型列車が追突した「中国版新幹線衝突事件」について述べよう。中国共産党設立90周年記念行事の一環として、北京と上海を結ぶ路線(日本で言えば、東京と大阪を結ぶ最大の幹線)1302kmを約5時間で結ぶ 京滬高速鉄道が、6月30日華々しく開業した。近年、急速に営業キロ数を伸ばした(註:200km/h以上で走る列車を高速鉄道とすると、中国で最初の高速鉄道が営業を開始したのは2007年であるが、2011年1月現在、4,175kmであり、1964年の開業以来47年かかって総営業キロ数2,892kmの日本の新幹線をわずか4年間で追い抜いている)中国の高速鉄道網であるが、その技術は、とうてい自主開発されたものとは言い難く、日独仏加などの高速鉄道先進国からそれぞれ導入した車輌や制御システムを組み合わせた「ぬえ」のような代物である。

  実は、広い国土を13億の人口を有する中国は、世界最大の鉄道大国であった(註:同じく、広い国土を有するといっても、ロシアやカナダやアメリカやオーストラリアは、人口密度が小さいので、人間の国内における長距離輸送はほぼ航空機が独占している。インドは、中国同様に人口密度が大きいので、大規模輸送を行うために広大な鉄道網を有する)が、21世紀に入っても、その平均巡航速度は70km/hにも達しない、エアコンもなく、快適なシートもない前近代的な「緑皮車」と呼ばれる車輌が国内を縦横無尽に走っていた。そこで、1972年の日中国交正常化以来、来日した中国首脳は、多くの場合、新幹線に乗って日本国内を異動し、その快適な技術に感嘆したものである。21世紀に入って経済大国化した中国は、2003年10月15日に有人宇宙船「神舟5号」の打ち上げに成功したが、これとてどう見ても、ロシアに40年以上前からあるソユーズ宇宙船そっくりであり、とうてい「独自開発した」と呼べるような代物でないことは明かであった。どこの国においても、宇宙飛行士は国民の生活とは直接縁のないものであり、自国民に「目に見える(実感できる)成果」を示したい共産党政府は、独自の高速鉄道開発を進めた。

  そして遂に、2002年12月、独自開発の高速鉄道「中華之星号」(DJJ2)が瞬間最高時速321.5km/hを記録してぬか喜びをしたが、実際に営業路線を走らせてみると、高速列車にとって必須のブレーキの効きが悪く、また、信号等の運行システムが噛み合わず、自力開発を断念した苦い経験がある。実は、鉄道において瞬間最高速度だけを上げることは、それほど困難なことではない。なんと、英国製のSL(蒸気機関車)のマラード号は、1938年(昭和13年)に最高時速203km/hをたたき出している。直線をただ早く走るだけなら、先頭車両を流線型にして、動力車輌(機関車)部分を多くすれば(つまり、客室スペースを減らす)、いくらでもスピードを上げることが可能である。軍用戦闘機がマッハ3でも出せるのと同じ理屈である。ただし、旅客用鉄道として、大量の乗客を安全かつ快適に輸送するとなると話は別である。快適な乗り心地は言うまでもなく、沿線近隣住民への騒音・振動対策も必要になってくるし、何より、1本の線路上に多数の列車を同時に走らせるための制御技術が必要になってくる。

  解りやすくするために東海道新幹線を例に取ってみよう。JR東海は、東京・新大阪間515kmに上下合わせて約80本の列車を同時に走らせているのである。のぞみ・ひかり・こだまと速度の違う列車を1時間に片道13本走らせるということは、約4分40秒に1本の割合で運行させる(先行車と後続車の間隔は12.8kmしか離れていない)ということであり、仮に途中駅で2分30秒停車するとすると、後続列車はわずか2分10秒の距離にまで迫ってきているのである。駆け込み乗車によって誰かがドアに挟まっただけでも、すぐに後続列車に影響が出てしまうのである。そのような状態が1年365日ひっきりなしで続くのである。新幹線は、1964年の開業以来47年間にわたって一度の死亡事故も起こしていないというまさに「夢の超特急」なのである。つまり、高速鉄道というのは、ついその高速車輌に目が行きがちであるが、ブレーキや信号やダイヤ等の全てを総合したシステムの総体なのである。


▼ パクリで固めた「ぬえ」高速鉄道

  ところが、中国の場合、独自開発の高速鉄道「中華之星号」の失敗によって、手っ取り早く、既に十分な実績のある海外の高速鉄道の技術を導入することに方針転換した。時あたかも、急速な中国の経済成長によって外国から高速鉄道を購入する外貨は呻るほどあったし、また、「世界の工場」から「世界最大のマーケット」へと変貌した中国市場へ参入したい国々が競って、各国の高速鉄道システムを売り込んだものだから、完全に「買い手市場」となり、「中国で商売をしたければ、それぞれが独自開発した特許技術も公開せよ」と各国メーカーに要求した。この中国政府の不当な要求(新幹線に限らず、金儲けのためなら、どんな理不尽な要求でも受け入れるという日本経団連辺りの賤しい根性が問題だと思うが…)に屈した日本メーカーは、当時の最新式の新幹線技術を提供した。私なら、現地ライセンス生産方式ではなく、完成した車輌しか売らないけれど…。

  そこで、中国の高速鉄道は、一気に「ぬえ」(註:奈良時代から江戸時代に至るまで広く恐れられていた猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尻尾を持つという怪獣)状態になる。まず、CRH1型と呼ばれる列車は、ドイツのボンバルディア・トランスポーテーション社(カナダの航空機メーカーの子会社)製のレギーナ(スウェーデンで営業速度180〜200km/h)にそっくりであるし、CRH2型は、東北新幹線のE2系(営業速度275km/h)に瓜二つである。CRH3型は、ドイツの諸大都市間(Inter City)Expressをはじめ、英仏海峡トンネルや欧州各国へ乗り入れているICE(営業速度300km/h)とそっくりであるし、CRH5型は、イタリア国鉄のETR600(営業速度250km/h)とよく似ている。ここまで、各国の高速鉄道技術をパクっておきながら、「中国の高速鉄道技術は独自開発されたものである」として、米露伯などで特許申請をしたものだから、世界は唖然とした。単なる意匠デザインの盗用に過ぎないミッキーマウスやドラえもんのコピー商品を造ったのとは訳が違う。公共交通機関という大勢の人間のいのちに関わる工業製品のパクリである。

  これには、新幹線をテーマにした日本製アニメ『超特急ヒカリアン』をそっくりパクった中国製アニメ『高鉄侠』なる作品まで登場する(註:両者の映像の比較は「(http://www.youtube.com/watch?v=wYn4CK8ZLbo」を参照すれば明白)始末である。この性根の腐った連中に自分たちの罪状を自覚させるためには、ワールドカップやオリンピックといった世界中の人がテレビ画面を通じて視ている場面で、土下座させて自己批判させて、中華人民共和国という国が如何に下劣な国家であるかを普く中国人民に自覚させるということをすべきである。それぐらいしなければ、彼らの腐った性根は改まらないであろうし、世界最大の人口を抱える中華人民共和国という国家が現在のままでは、人類全体の資質が下がってしまう。

  しかも、各国の高速鉄道の車輌技術をパクっておきながら、設計上の最高速度と巡航速度を混同して、最高速度で営業運転を始める始末である。ただそうしただけなのに、「日本の新幹線は275km/hしか出ないがわれわれが独自開発したCRH2型は350km/hで走れる…」と嘯(うそぶ)く始末である。私の愛車でも、運転席のスピードメーターは260km/hまであるが、そのことと、実際に260km/hで道路を走るのとは別である。日本の高速道路の最高制限速度は100km/hであるが、場合によっては、突っ込んできた車を避けたり、崖崩れの岩石や迫ってくる津波から逃れるために、瞬間的に200k./hを出して回避行動を取ることもあり得る。その緊急避難のためのポテンシャルなのであって、巡航速度(安全かつ快適に走行できる速度)とは別物である。そんなことも解らないようでは、「自主開発ではなくパクリだった」ということを証明しているようなものである。よくもまあ「和諧号」などという名前を付けたものである。いったい何と何を「和諧(harmonize」するというのであろう。温家宝総理の政治モットーが「和諧社会の実現」だそうである。推して知るべしである。


▼ 技術者にとって「事故は宝」のはず

  そのような混乱が続く中で、7月23日のあの追突脱線事故が起こったのである。第一報によると、先行車(CRH1型車)が落雷による停電で停車中であることを知らずに接近した後続車(CRH2型車)が追突したとのこと。しかも、先行車に気付いた後続車の運転手は、勇敢にも逃げ出さずにブレーキを踏み続けたままで衝突し、圧死したそうである。中国お得意の「英雄創出」である。そして、杭州の鉄道局の幹部3人に責任を擦り付けてこれを更迭したそうである。いつもの「犯人でっち上げ」である。中国においては、すべては共産党中央の指導に基づいて行われているのだから、もし、不祥事が起こった場合、その咎は共産党中央にあるはずであるが、そうは行かないのが中国という国である。いろんな国から、別個に導入した車輌を同じ線路の上を走らせているのだから、混乱が生じて然るべきである。何故なら、先述したように、新幹線をはじめ高速鉄道いうのは、単に高速で走れる車輌という意味ではなく、信号やブレーキやダイヤ編成等を含めた総合的なシステムだからである。

  そんな中で、私が一番驚いたのは、高架橋から宙吊りになった車輌が、クレーンで吊り下げられるのではなく、重機で叩き落とされたことである。テレビの画面を視ながら「そんなことをしたら、衝突の衝撃で折れ曲がったのか、落下したショックで折れ曲がったのか判らなくなって、事故調査できなくなってしまうやん!?」と思わず突っ込みを入れてしまった。犠牲になられた方や怪我を負われた方には申し訳ないが、技術者にとって「事故は宝」のはずである。自動車の衝突事故と同じで、突っ込んだ車輌の鼻先がどのように凹み、二両目以下の車輌の車台がどのように変形したかを見れば、衝突した速度を割り出すことができ、また、不幸にして今後再びこのような事故が起こったとしても、その衝撃に耐えられる車体の強度や乗客の安全確保等、この事故から学ぶことのできる資料はいくらでもあるはずである。そのような「宝」をみすみすフイにしてしまうのである。「いったいこの国の事故調査委員会はどうなっているんだ?」と思った。事故の技術的な原因を調べるにしても、また、刑事事件として、事故に至ったことへの関係者の注意義務違反のあるなしを問うにしても、「現場保存」は最優先の課題であることは常識である。

  ところが、事故現場からの中継のテレビ画面では、さらに驚くべき事態が進行していた。なんと、高架橋から突き落とされた事故車両を、あろうことか油圧式ショベルでメチャメチャに叩き壊し、目の前に穴を掘ってそれをさっさと埋めてしまったのである。これで完全に現場検証や事故調査は不可能となった。しかし、この一件によって、中国版の新幹線に寄せられた数々の疑問が一瞬にして解消した。何故なら、もし、自分たちで中国版新幹線を開発したのであれば、技術者たちは必死になってその残骸から重大事故の原因を学び取ろうとするであろう。しかし、そういうことを一切しなかったということは、この車輌は自分たちで開発したものではない。ということの良い証拠である。何故なら、金で購入したものであれば、壊れたらまた金を出して購入すればよいからである。無理して、事故原因の調査なんかしたら、かえって自分たちの不注意や怠慢によって発生した事故であったことが判明したりして、やぶ蛇になるかもしれないからである。もし、本当に自分たちで開発した技術であれば、何が何でも現場保存して事故原因を調査したであろう。

  日本としては助かった。今回衝突したCRH2型列車は、明らかに東北新幹線E2系のパクリであるが、この事故の1カ月ほど前に起きた「世界パクリ特許申請騒動」の際に、中国当局自らが、「日本から技術供与を受けたのは最高速度275km/hの新幹線で、それを元に中国独自の技術で開発した最高速度350km/hのCRH2型は別物である」と曰わったのだから、事故が起きた時に「日本の技術で造った高速鉄道だから事故った」と、言いがかりを付けられずに済んだ。おまけに、これから高速鉄道の導入を予定している国は、危なくて決して中国式の高速鉄道を導入しないであろう。新幹線のライバルがひとつ消えてくれたようなものである。


▼ 高速鉄道が中国社会を変えるかもしれない

  しかも、今回の高速鉄道事故のニュースは、従来の中国の「御用メディア」の枠を超えて、安全よりもその高速性や路線の拡大を優先してきた共産党中央の政策を公然と批判したことが画期的であった。もちろん、党中央は早速、メディアの規制強化に乗り出して、地方のテレビや新聞には、「独自取材は慎んで、国営新華社通信が提供するニュースソースしか利用しないように!」という通達を出したり、政府に批判的な発言をした報道陣を処分したりした。しかし、マスコミだけでなく、1億数千万人の利用者が居るといわれている中国版ツイッター「微博(Weibo)」等では、政府の姿勢を批判する書き込みが堂々となされており、いったん巻き起こったこれらの声をすべて殲滅することは難しいであろう。

  何故なら、党中央自身が、わずか1カ月前には、「中国共産党設立90周年記念事業」の一環として「中国版新幹線の開通」を人民に対して大々的に宣伝し、国威宣揚に用いたのであるから、今さらそれを消し去ることなんて不可能である。おそらく、党中央は、鉄道省の誰かを「スケープゴート(生贄の子羊)」にでっち上げて、人民の怒りの矛先をそちらに向け、さらには、共産主義とは何の関係もないナショナリズムに訴えて、新たな尖閣諸島事件等を起こして、反日デモを誘導して、人民の関心を逸らす方策に出るであろう。もし、簡単にそれに乗せられるようだとすると、中国人の民度がそれだけ低いということである。冒頭に述べたように、10月10日は、中国人にとって記念すべき辛亥革命百周年の佳節である。ナショナリズムに火が点きやすい環境にある。日本政府や与野党の政治家は、よくよく言動に留意して、中国政府に利用されないように慎むべきである。

  1964年に開催された東京オリンピックは、敗戦国日本の「戦後」が終わったことを全世界にアピールする材料となったが、高度経済成長の流れの中で、国民生活のあり方の根底を変え、今日至る社会環境をもたらせたのは、ある意味、同年に開通した東海道新幹線(と名神高速道路)であったとも言える。大阪から東京が日帰り出張圏となり、その後の新幹線網の拡大により、今では主要各都市のほとんどが、東京への日帰り圏となったのであるが、そのことは、国土の均等な発展よりもむしろ、極度の東京一極集中をもたらす結果となった。私が子供の頃は、大阪にも大手都市銀行をはじめ、一部上場企業の本社がたくさんあったが、今ではほとんど東京へと移転してしまった。

  都市と農村部に戸籍上の差別がある中国でも、高速鉄道網の整備は、社会構造に大きな変革をもたらせるであろう。そのもたらされるものが、はたして中国共産党政府が望むものであるか否かは、誰も解らない。ただ、今回の高速鉄道衝突事故のニュースそのものを人民の目から隠して「温州某重大事件」として処理しようとしても、人民の間にいったん拡がった政府への不信感は、政府がそれを打ち消そうとすればするほど、根深いものとなって行くであろう。その意味で、今回の中国版新幹線の衝突事故が中国社会にもたらせる変化は予想以上に大きいものとなるであろう。


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