おしおきだべぇ

 11年08月31日



レルネット主幹 三宅善信  


▼ はじめはクマゴローとして

  2011年8月29日、日本を代表する声優の滝口順平氏が逝去した。享年80。日本でテレビ放送が本格的に始まった昭和30年頃から亡くなる1カ月前まで、「現役」の声優として、半世紀以上にわたって常に第一線で活躍していたので、滝口順平が「出演」した番組やキャラクター数は枚挙に暇がないので、その人の年齢によって、どの時代によくアニメを視ていたかで、声優滝口順平の代表的作品が変わるかもしれないが、いろんな声のキャラクターを演じ分けるのが一般的な声優の世界では珍しく、滝口はどれもほとんど同じような声と喋り方で通していた。否、アニメ作品自身が、逆に「滝口順平独特の喋り方」を前提にしたキャラクター設定を行っていたという点では、他に類を見ない圧倒的な存在感を持った声優であった。

  1958年生まれの私にとっては、物心ついて最初に耳にした滝口順平の声は、まだ本格的なアニメが日本には存在せず、『ポパイ(Popeye)』や『トムとジェリー(Tom & Jerry)』といった1960年代前半のアメリカ製のカートゥーン(cartoon)全盛の時代の作品『クマゴロー(Yogi Bear)』の主役である自然保護区(国立公園)に棲む熊のクマゴロー(註:原題の『Yogi Bear』は、当時人気のあったNYヤンキースの名捕手ヨギ・ベラのもじり。この作品は、世界中のほとんどの国に輸出され、各国語に吹き替えられたが、何語でも「Yogi」という固有名詞+その言語で「熊」を現す言葉の組み合わせなのであるが、日本語版の場合だけは、何故か「クマゴロー(熊五郎?)」となった)の声であった。内容は、ジェリーストーン国立公園の自然監視員スミスとクマゴローと彼の息子が毎回他愛もないドタバタを繰り広げられるだけである。

  ディズニーの『くまのプーさん(Winnie the Pooh)』が蜂蜜に目がないと異なり、クマゴローの好物は、自然公園を訪れる人間たちのバスケット中身のサンドウィッチである。つまり、観光客のランチをくすねることによって発生するドタバタ劇であったが、この時代のカートゥーンやテレビドラマに共通する、当時、まだ貧しかった日本人にとって、圧倒的に豊かなアメリカ人の生活を垣間見るチャンスでもあった。しかし、野生の熊に「人間の食べ物」の味を覚えさせることは、自然界における餌不足の際に、熊が自然保護区から出て人里に出没し食糧をあさり、その結果、「危険動物」ということで捕殺されることを招く(註:日本でも、人里近く出没したことによって捕殺されるツキノワグマやヒグマは年間数百頭に及ぶ。因みに、熊に殺される人間は年に一人以下だから、スズメバチに刺されて死ぬ人のほうが可能性が高い)ので、現在の視点では、「ピクニックのバスケットの中身…」という設定そのものが問題視されるであろう。


▼ ライオンと猪八戒

  国産の作品では、厳密にはアニメではないがが、1964年から1969年まで続いた国民的人形劇『ひょっこりひょうたん島』の「ライオン」さん(註:「ライオン」という名前のライオン。元来はライオン王国の王様であったが、その暮らしに飽きてひょうたん島の住民となった途端に愛玩動物にいないひょうたん島では、子どもたち以下の一番低い社会階層に置かれた。なぜだか、サーカスに入団することを希望し、博士さんを尊敬している)の声優である。私の中では、滝口順平の声のキャラクターは、幼年期によく視た『クマゴロー』と『ひょっこりひょうたん島』の二作品によって刷り込まれたと言ってよい。

  それともうひとつ、1960年代で忘れてはならないアニメ作品に手塚治虫原作の『悟空の大冒険』がある。日本初の本格的連続テレビアニメとしての金字塔を打ち立てた『鉄腕アトム』の後継番組として1967年に始まった『悟空の大冒険』は、あまりにも、前作の『鉄腕アトム』が「不朽の名作」(歴史を超えて評価される作品という意)であったせいか、はたまた、その表現方法が時代に先駆けてあまりにもシュールであったために、アニメ史上あまり高く評価されていないが、私は別だ。『西遊記』をベースにしていることは当然であるが、他の「西遊記もの」と異なり、孫悟空は三蔵法師のことを「おっしょう(御師匠)様」と呼ばずに、「坊さん」と呼びかけているのも洒落ているし、八戒と沙悟浄という随者以外に、子供用アニメにもかかわらず、当時としては珍しく「竜子」という独自のお色気キャラ――声優は、峰不二子でお馴染みの増山江威子――も登場させている点でも、先駆的である。

  もちろん、滝口順平の役は、豚面の怪物「猪八戒」である。『悟空の大冒険』に限らず、日本における猪八戒の役柄は、その豚面からの連想で、貪欲で三枚目と決まっているが、本来は、その名が示すように、天界の天蓬元帥が罪を犯して下界に落とされ、豚面の妖怪として人喰いをするようになるが、観音菩薩と出会ってからは、自ら五葷三厭(=八戒)を断つ決心をして僧侶としての精進生活に励み、取経者である三蔵法師の弟子となった人物である。もう一人の従者「沙悟浄」と共に、改心さえすれば、いかなる大罪人も罪人の姿のままで救済されるという大乗仏教の神髄を体現している。声優滝口順平が演じる多くの役は、猪八戒のように、人間の持つ「弱さ」故に犯してしまった罪という「負い目」を抱えながらも、陽気な性格の持ち主として描かれる役回りが、この八戒の役で確立されたと言えよう。


▼ マジンガーZのブロッケン伯爵

  声優滝口順平だけでなく、後の日本アニメに大きな影響を与えた作品は、1972年に始まった永井豪原作の『マジンガーZ』である。空を飛び回る巨大なロボットが登場するアニメは、1963年に始まった横山光輝原作の『鉄人28号』が最初であり、21世紀現在に至るまでこれを超える作品はないと思うが、正義感の強い「優等生」タイプの金田正太郎少年がリモコンで操縦する鉄人28号に比べて、このマジンガーZは、運動神経は抜群だが勉強は苦手な思春期真っ只中の高校生兜甲児が自らマシンに乗り込んで操縦するという点で大きな差がある。金田正太郎も兜甲児も科学者であった父(兜甲児の場合は祖父。両親は事故死)を亡くした少年であるという点では共通するが、背伸びして一生懸命大人であろうとしている金田正太郎と、あえて大人になろうとせず青春のモラトリアム期間を謳歌しようとしている兜甲児のキャラクターの違いは、同じ父親を亡くした少年と言っても、昭和30年代の前半を時代設定に創られた『鉄人28号』における金田正太郎の父は太平洋戦争で戦死したのに対して、高度経済成長後に創られた『マジンガーZ』における兜甲児の祖父はミケーネ文明の発掘という考古学調査で亡くなるというように、平和を維持するということに対するモチベーションに大きな開きがある。

  『マジンガーZ』のアニメ史上における大きな貢献は、人間が自ら乗り込んで――マシンと一体化して――操縦するという人型巨大ロボットものというジャンルを確立したことである。この系譜からは、後に『機動戦士ガンダム』シリーズや『新世紀エヴァンゲリヲン』シリーズという世界的作品群が生まれたことは言うまでもない。この『マジンガーZ』という作品で、コミカルな役柄の多い滝口順平にしては珍しく、筋金入りの悪であるブロッケン伯爵を熱演している。ブロッケン伯爵とは、超古代文明の秘密を手に入れて巨大ロボット軍団を組織し、世界征服を企むマッド・サイエンティスト――この時代のアニメの敵役はたいていマッド・サイエンティストであった――のドクター・ヘル配下の鉄十字軍団の隊長である。鉄仮面軍団の隊長であるあしゅら男爵と共に、ドクター・ヘルの手先としてマジンガーZと死闘を繰り広げることになるが、あしゅら男爵が身体の右半分が女性で左半分が男性(註:二体の古代ミケーネ帝国貴族のミイラをドクター・ヘルが縫合した人造人間)という生い立ちからさまざまなコンプレックスを抱えていたのであるが、根っからの軍人であるブロッケン伯爵は、戦闘中の爆発によって頭が吹っ飛んだにもかかわらず、首から下の胴体がその頭部を抱えて戦闘を続けたそうで、人造人間化した後も、その頭と胴体は離れたままである。

  このアニメの秀逸なところは、従前のステレオタイプ化された「正義の味方(=品行方正な善人)」VS「悪の手先(=度し難い悪人)」という単純な対決構造ではなく、兜甲児を取り巻く仲間の人間関係(恋人や級友たちも、それぞれ巨大ロボットを操る)だけでなく、首領ドクター・ヘルとあしゅら男爵やブロッケン伯爵たちも世界観の違いによる駆け引きや、それぞれの人間性の葛藤が見られる点である。この流れは、後の時代の『機動戦士ガンダム』におけるシャー・アズナブルのような過酷な運命故に戦いの野に自らを置いたアンチ・ヒーローの萌芽となったと言える。そんな中で、ブロッケン伯爵という冷酷な軍人というこれまでにない役柄を滝口順平は見事に果たしていた。


▼ ヤッターマンの“主役”悪玉三人組

  そして、いよいよ滝口順平の代表作とも言える1977年の元日に始まった『ヤッターマン』における悪の黒幕ドクロベエ役である。タツノコプロ制作のTVアニメシリーズの中で最も長く続いたのは、『ヤッターマン』も含めて8年間続いた『タイムボカン』シリーズ(1975年〜1983年)である。その“原型”を創ったのが、シリーズ第二作である『ヤッターマン』である。その“原型”について、説明しよう(ここは富山敬の声真似で…)。形式上の主人公(註:作品のタイトルにメカを操るその子供たちの名前が冠されている)である正義感の強い少年と少女(この両名に加えて、ペットの小動物や小型ロボット)が、巨大メカを操縦しながらタイムトラベル(あるいは世界の各地へ遠征)をして、お色気女性と知能派と怪力自慢から構成される個性の強い悪玉三人組(おとな)と、現地の人々を巻き込んで未知のパワーを秘めたお宝の在処を巡って争奪戦を繰り広げるというパターンが毎回繰り返される。しかも、必ずといって良いほど、最初に悪の首領から提供されたお宝の情報そのものが間違っていたというオチがついているにもかかわらず、悪玉三人組が首領から処罰を受けるという内容である。

  当然のことながら、このアンチ・ヒーローである悪玉三人組が、物語の事実上の主役である。子供向きのアニメながら、この三人の言動には大人社会の悲哀が充ち満ちていて、当時すでに大学生になっていた私でも十分に楽しむことができた。この三人の組み合わせは、『タイムボカン』シリーズの作品が変わって、それぞれ別の名前になっても、まったく同じお色気女性と知能派と怪力自慢から構成されるので、本論では、代表作である『ヤッターマン』におけるキャラクターに代表させて論じることにする。

  まず、お色気担当のドロンジョである。悪玉三人組のリーダーである彼女は、当時の子供向けアニメにしてはあり得ないパイプ煙草を燻らし、ボンデージファッションにサイハーブーツという「女王様」ファッションで、物欲丸出しの悪女であるが、その実、男運が悪く、日々衰え行く美貌を気にしながら、未成熟なヤッターマン側のヒロイン(アイちゃん)に対抗心を燃やしているという設定である。ドロンジョ様(ドロンジョのファンは皆、「ドロンジョ様」と呼ぶ)の声優は、小原乃梨子をおいて他にない。少年役の多い彼女は、『ドラえもん』の野比のび太の声を26年間も担当した(他に、『未来少年コナン』のコナンや、『アルプスの少女ハイジ』のペーター役等)にも関わらず、声優仲間からも未だに「ドロンジョ」と呼ばれているくらいこのアニメは、ドロンジョのキャラクターで成功したと言える。番組中、彼女が発した「スカポンタン」や「やっつけておしまい!(女王様風に)」という台詞は流行語にもなった。アニメの設定では、ドロンジョの年齢は24歳ということになっていたが、1935年生まれの小原乃梨子は当時すでに42歳という熟女の域に達しており、会話の内容もそれくらいの年齢の女性として話していた。驚くべきことに、制作費20億円を投入して作られ、2009年に公開された実写版の映画『ヤッターマン』に当時73歳になっていたにもかかわらず、小原乃梨子はどくろ鮨の客として、たてかべ和也と一緒にカメオ出演してファンを喜ばせた。小原は、洋画の吹き替え声優としては、ブリジット・バルドーやシルビア・クリステルといった美女の声をよく務めているが、この「ドロンジョ」という役名は、小原がよく吹き替えを担当する女優フランス人女優ミレーヌ・ドモンジョから取られたものである。

  続いて、悪玉三人組のメカ開発担当のボヤッキーである。でかい鼻が特徴で、ドロンジョに恋心を寄せているが相手にしてもらえない三枚目である。このボヤッキーも、当時としては考えられない「オネエ言葉」で喋っており、現在の「オネエ系」全盛のテレビ番組を30年以上先取りしていたという点でも、歴史的価値がある。低年齢視聴者向けに、番組内でいろいろと説明的台詞が多い。メカのボタンを押すときの「ポチッとな」や「全国の女子高校生の皆さん」という台詞は流行語となった。もちろん、声優は八奈見乗児である。滝口順平と同じ1931年生まれの八奈見乗児は、日本アニメの草創期から活躍しているが、『タイムボカン』シリーズまでは、野太い声質を活かした『巨人の星』の伴宙太をはじめ、『サイボーグ009』のギルモア博士や『マジンガーZ』の弓弦之助博士や『キューティーハニー』の如月たけし博士といった「博士役」が多かった。しかし、ボヤッキーのキャラが確立すると、確かに科学者には違いないが完全な三枚目役担当となり、その独特の話し方は、『ゲゲゲの鬼太郎』の一反木綿役でも活かされている。もちろん、いろんな人が八奈見乗児の物まねをする時は、このタイプである。

  そらから、悪玉三人組の怪力男担当がトンズラーである。トリオ漫才における「三人目の法則」に則り、ボケと突っ込み担当のボヤッキーとドロンジョに比べて、台詞(語尾に「○○してまんねん」と何故か大阪弁)が極端に少ないが、怪力なだけで性格は他の二人と違って極めて小心である。声優は1934年生まれの立壁和也(後にたてかべ和也に芸名変更)である。『黄金バット』のダレオ君や『はじめ人間ギャートルズ』の類人猿ドテチン役等、いつもちょっとおつむの足りない怪力自慢の役柄が多い。しかし、たてかべ和也と言えば、なんといっても26年間声優を務めた『ドラえもん』のジャイアンこの剛田武役で知られている。ジャイアンよりも台詞の多かったのび太役の小原乃梨子の当たり役が『ヤッターマン』のドロンジョ役である――もちろん、ドラえもんの当たり役と言えば大山のぶ代――にも関わらず、たてかべ和也の当たり役はトンズラーではない。


▼ ドクロベエにおしおきしてほしい人は…

  そして、本論の主役である滝口順平が務める悪玉三人組「ドロンボー一家」を支配している「泥棒の神様」ことドクロベエである。実の正体は、地球誕生時の爆発に巻き込まれて身体がバラバラになった宇宙人で、自分の身体の各部分を探させるために、「ドクロストーンというすごい宝がある」と嘘をついて、悪玉三人組にドクロストーンの在処を探させている。三人組はドクロベエの正体を知らず、いつも突然、テレビ画面等にドクロマークで姿を現し、ドクロストーンの在処情報だけ三人組に伝えて消える。自分のことを「わが輩」と呼び、語尾に必ず「○○だべぇ」とつけることから、「ドクロベエ様」と呼ばれている。このドクロベエの指令を受けると、ドロンボー一家は、まず、ドクロストーンの在処に行くためのメカを製造するコストを調達するためのインチキ商売を始める。たいていは、「ひとつ10万円の品を1万円に負けておく」などと言って人々を騙して資金調達するが、そのお店には必ず赤いドクロのマークが付いていることから、ヤッターマンにばれてしまい、追跡されることになる。

  その結果、目的地(たいていは、世界的名所や童話の舞台など)の人々を巻き込んで騒動となり、ドロンボー一家側が繰り出したメカ(註:発明者のボヤッキーは、戦闘が優位に進んでいる間は、ドロンジョから褒められるが、その際、コックピットから椰子の木が飛び出し、小さな豚のメカがそれに登って「ブタもおだてりゃ木に登る。ブーッ!」と言って、警鐘を鳴らす)とヤッターワン等の戦いになり、続いて、第二ラウンドとしての巨大メカから放出された「チビメカ」同士の戦いに至って決着がつき、最後は必ず、ドロンボー一家のマシンが大爆発を起こし(註:この際、必ず二段重ねのドクロ型のキノコ雲ができる)てボロボロの服装になり、悪玉三人組がタンデム(三人が同時に乗れる自転車)に乗って逃げ帰るのであるが、その途中、どこからともなくドクロベエが現れて、三人組に「ママより恐いおしおき」を行う約束である。しかも、ドクロストーンを奪うことに失敗したとはいえ、ほとんどの場合、そもそもドクロベエが持ち込んだドクロストーン情報そのものがガセネタであって、たとえ強奪に成功したとしても意味がないのであるが、ドクロベエは、自らの非は絶対に認めず、敗軍の兵である悪玉三人組に容赦ないおしおきを加える。このような一見、陰惨に見える設定であるが、それを声優滝口順平の演技が楽しいものにしている。それにしても、80歳でこの世を去った滝口順平は言うまでもなく、八奈見乗児、たてかべ和也、小原乃梨子も皆、70代の後半にして現役の声優を務め、なおかつあのような張りのある声が出せるなんて信じられない。

  翻って、日本の政治状況を見ると、本日で政権交代の総選挙が行われて丸二年が経過したが、権力を奪取した途端に、民主党政権のトロイカ(ロシア語で「三頭立て馬車」の意)であった小沢一郎・鳩山由紀夫・菅直人が権力争いを演じ、結局、政権交代の功績を自らパーにしてしまった。また、つい数日前まで「脱小沢」を推進した仙石由人・岡田克也・枝野幸男たちも、今回は「一回休み」と思っているのだろうか…? 福島第一原発の事故は明らかに「人災」であるが、東京電力・原子力保安院・日本政府の三者も本来するべきことを全うしたのであろうか…? これらすべての「三人組」に誰か厳しいおしおきをしてやってほしいと思っているのは、私だけではあるまい。故滝口順平氏には、あの世から彼らに「どーれ、おしおきだべぇ」と言ってもらいたい。

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