『AIと人間:知の責任について』全国の書店で発売中

2026年5月10日

『神道DNA:われわれは日本のことをどれだけ知っているだろうか』に続く三宅善信の新著『AIと人間:知の責任について』(本体価格1,500円)が刊行されました。

『AIと人間:知の責任について』書影
『AIと人間:知の責任について』 書影

ある日、何気なく入力した一行の問いに、生成AIが即座に流暢な文章で応答したとき、私たちは小さな驚きを覚えます。それは単なる便利さへの感嘆ではありません。どこかで、「これはいったい何なのか」「人間とは何が違うのか」という、もっと深い問いが静かに芽生えているのではないでしょうか。

生成AIの登場は、私たちの生活を急速に変えつつあります。文章を書き、絵を描き、音楽を作り、時には人生相談にまで応じるAI……。事実、私は本書を執筆するに当たって、疑問に直面するたびに、その疑問にAIがどう回答するかをAI自身に尋ねてきました。その意味では、本書はAIと人間の共同作業でもあります。AIの能力は日々進化し、「考えるとは何か」「創造するとは何か」という、人間の根源に関わる問いを私たちに突きつけています。かつては哲学や神学の書物の中で語られてきたテーマが、いまや日常のスマートフォンの画面の中で現実の問題として立ち現れているのです。

本書『AIと人間:知と責任について』は、技術の解説書でもなければ、流行のマーケティング本でもありません。もちろん、AIの仕組みや歴史的展開、アルゴリズムの基本的な考え方にも触れます。しかしそれ以上に、本書が探ろうとするのは、「われわれはどこから来たのか」、「われわれは何者なのか」、「われわれはどこへ行くのか」という、人類が古来問い続けてきたテーマです。AIという鏡に映し出されることで、私たちは自分自身の姿を、これまでとは異なる角度から見つめ直すことになります。

第一章では、人間の「知性」の歴史を振り返り、近代合理主義から情報科学に至るまでの思想の流れを辿ります。人間はどのようにして自らを「理性的存在」と理解してきたのか。そしてその延長線上に、どのようにして人工知能という発想が生まれたのかを明らかにします。そこでは、デカルトやカントといった哲学者の議論が、現代のAI研究と意外な形で響き合うことが示されるでしょう。

中盤では、「AI倫理と身体性」というテーマを取り上げます。判断とは単なる計算なのか、それとも身体を通した経験に根ざすものなのか。人間の倫理的決断は、痛みや共感、歴史的記憶といった具体的な身体性を抜きにしては語れません。本書は、AIの高度な判断能力を認めつつも、人間の倫理が持つ厚みと脆さを丁寧に描き出します。そこから浮かび上がるのは、効率だけでは測れない「責任」という概念です。

さらに終章では、「AIと人間はどこへ行くのか」という問いのもと、希望・責任・神学的展望をめぐる考察が展開されます。テクノロジーが進化する時代において、希望とは何を意味するのか。創造性や自由、さらには「創造」という神学的概念は、AI時代にどのような再解釈を迫られるのか。本書は、悲観的な終末論にも、無批判な進歩主義にも与することなく、慎重に、しかし大胆に未来像を描こうと試みます。

AIは人間を超えるのでしょうか。それとも、人間の可能性を広げる協働者となるのでしょうか。あるいは、私たちの倫理や社会のあり方を根底から揺さぶる存在となるのでしょうか。本書は、歴史・哲学・宗教・神学の視座を横断しながら、これらの問いに向き合います。専門的な議論を含みつつも、できる限り平明な言葉で語ることを心がけました。それは、この問題が決して専門家だけのものではなく、人類すべてに関わる問いだからです。

AIの問題は、未来の話ではありません。それは、いまこの瞬間の私たちの選択の問題です。どのような技術を望み、どのような社会を築き、どのような人間であろうとするのか。本書が、読者一人ひとりにとって、自らの立場を見つめ直す小さな対話の場となることを願っています。

AIを語ることは、人間を語ることです。そして人間を問うことは、希望と責任を問うことにほかなりません。本書の旅路が、読者にとって思索の扉をひらく第一歩となれば幸いです。 (序文より)

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