遥かなるイスカンダル
01年11月23日



レルネット主幹 三宅善信


▼しし座流星群が"敵"からの攻撃だったら

 西暦2199年、地球は謎の惑星ガミラスからの攻撃を受けて、恐怖のどん底に陥っていた…。地球全体が放射能に汚染され、このままでは、早晩、人類は絶滅するかと思われていたが、その時、遥か14万8000光年離れた謎の天体イスカンダルの女王スターシアからメッセージがもたらされた。それには、「放射能で汚染された地球環境を回復することができるという"コスモクリーナーD"を差し上げるから取りに来なさい」というメッセージと、地球人の技術では、とても行くことのできない14万8000光年も離れたイスカンダル星のある大マゼラン雲まで、短期間で往復するために、宇宙船が光の速度を超えて推進することができる"波動エンジン"の設計図が託されていた。そこで人類の希望を託された若者たちが、1年の期限付きで、これを取りに行くという設定のアニメが四半世紀前にあった。ご存知『宇宙戦艦ヤマト』である。

 百戦錬磨の沖田艦長の下、古代進という若き勇者をはじめとするヤマトの乗員たちと、"敵"であるガミラス大帝星のデスラー総統以下の将兵たちが、お互いの"人類"の命運を賭けて宇宙空間で激しい戦闘を繰り広げるという宇宙戦闘ものアニメの走りのような作品で、かつて一世を風靡した。あのオウム真理教ですら、このアニメの影響を受け、オウム真理教の施設に閉じ篭っていた信者たちは「現実の世界が毒ガスや細菌兵器によって汚染され、これを除去するのはオウムが開発した"コスモクリーナーD"――そのままの名前をパクッたというところが滑稽だが――以外にない」というふうに信じていたそうだ。



天空から降り注いだしし座流星群

 とこで、19日早暁の「しし座流星群」は本当に凄かった。家族揃って、寒空の下、わが家の庭先に寝そべって2時間近く、宇宙空間から次々と全天(しし座の方角とまったく関係なかった)に降り注ぐ流れ星(軌跡が緑やオレンジ色に光り輝く)を堪能しながら、「ガミラスが攻めてきたら、こんな感じかなぁ…」と、年甲斐もなく空想を巡らせていたら、小学6年生になる愚息が「アフガニスタンの人々には、アメリカ軍機からの空爆や巡行ミサイルの攻撃はこんなふうに見えるんやろか?」とシリアスな質問をされて、ハッとさせられた。


▼ラマダンまだなん?

 9月11日のWTC(世界貿易センター)ビルおよびペンタゴン(国防総省)に対する同時多発テロ事件以来、世界はいわば「正体の見えない敵」との戦争に突入した。ジョージ・ブッシュ大統領の表現を借りると、「人類の敵」あるいは「文明社会に対する挑戦」というふうに表現しているのであるから、いわばアメリカが直面しているこの"敵"は、『宇宙戦艦ヤマト』でいうところのデスラー総統率いるガミラス軍のようなものでる。その"敵"に対して、10月7日以後、アメリカの反撃が始まり、さらに炭疽菌騒動をはじめとするいろいろな尾鰭が付いて戦争が拡大してきた。さらに、11月12日には、ニューヨークのケネディ空港においてアメリカン航空機が墜落・炎上した。この最初のテロ勃発の日から2ヵ月後のこの時期に、ニューヨークで飛行機が墜落したので、「すわっ、テロの第2陣か!」と緊張状態が高まったが、犠牲者には気の毒であるが、よく調べてみると「単なる事故」であった。

 11月16日に始まるラマダン(イスラム教徒にとって神聖な断食月。ユリウス暦622年の預言者ムハンマドのメディナ聖遷を元年とするヒジュラ大陰暦の9月。現在、欧米が用いるグレゴリオ暦とは、毎年約11日づつずれる)より前に、今回の戦争にひとまずの区切りを付けることができるかどうかということが、アメリカにとって大きな問題であった。さもなくば、「今回の戦争はイスラム教徒との戦争ではなく、テロリストとの戦争である」と言っているアメリカの論理が崩れるからである。イスラム教徒にとってはラマダンの1カ月間、太陽が出ている間は、飲まず食わずで神を想わなければならないこの月に、イスラム教徒の頭上に"異教徒"であるアメリカ人が爆弾の雨を降らす行為を世界中のイスラム教徒がいかなる目で見るのか? 実際に戦争が行われている地域は、国民のほとんどをイスラム教徒が占める地域なのであるから、このことは非常に大きな問題である。また、"首謀者"とされているオサマ・ビンラーディン氏もそのことを意識して、「イスラム教徒とキリスト教徒との戦い」という図式に今回の戦争を引っ張り込もうとしている。

 そんな中、11月13日、アフガニスタンの"首都"カブールが、反タリバン勢力である北部同盟の攻撃によって"陥落"したと伝えられた。しかし、首都カブールへ入城した北部同盟軍は、ほとんどタリバン軍による抵抗らしい抵抗も受けすにカブールを"奪還"したのであるが、このことは、タリバン政権が"崩壊"したと見るのか、見ないのかは、見解の分かれるところである。よく考えてみれば、タリバン政権は、もともとわれわれの常識でいうところの"政権"の体を成していなかったのであるから、ただ単に本拠地を"移動"したという戦略上のことなのかもしれない。それどころか、各地でタリバン兵があっさり"投降"しているとなると、最後にカンダハルが陥ちた時には、オマル師と共に討死にしたタリバン兵はたった数百人ということになっていたりして、大部分の「元タリバン兵」が、新生アフガニスタン軍内に「隠れタリバン」として温存されるという結果になりるかもしれない。その意味で、米国は非人道的な超大型爆弾や直径数km以内の動物を悉く窒息死させてしまう気化爆弾を使用して、あくまで、タリバンの本拠地カンダハルを落とす構えを見せている。これは、米軍が今回の戦争に一定の決着はつける(カンダハルに星条旗を立てる)ポーズを見せているが、こんなことが本当の戦争終結とはとても思えない。


▼カンダハル=アレキサンドリア

 そもそもアフガニスタンという地域は、地政学的にも大変興味深い。ヒマラヤ山脈の切れ目にあたるこの辺は、周辺の大国(大文明圏)に挟まれた交差点のようなもので、それ故、歴史上の多くの辛酸を舐めてきたという点でパレスチナ地方と似ている。アフリカ大陸とアジア大陸の接合部分のところにあるパレスチナも、有史以来、エジプト各王朝、メソポタミア地方のバビロニアあるいはペルシャ帝国、後にはギリシャやローマ帝国という強大な周辺国によって、常々、遠征軍の「通り道」として蹂躪されてきたが、ここアフガニスタンも『スタン・ハンセン:中央アジア回廊』)で述べたように、南アジアのインド文明と西南アジアのアラブ・イスラム文明との交差点、また、モンゴル帝国をはじめ中央アジアからの騎馬民族の通る通過点として、数々の歴史上の戦場となってきた。

 しかし、この地域で起った歴史的事件の中で、日本の文化にも多大な影響を与えた出来事といえば、紀元前336年にマケドニアから勃興し、たちまち地中海世界を手中に収めたアレキサンダー大王の東征である。この東征によって、前330年にオリエントの雄アケメネス朝ペルシア帝国が滅亡し、アレキサンダー大王の帝国がインドで達した(前329年)。このことによってもたらされたヘレニズム文化は、仏教に大きな影響を与えた。それまで、"仏像"というものを造らなかった仏教が、彫刻を好むギリシャ風のヘレニズム文化の影響を受けて、ガンダーラ様式という"仏像"を造るようになったことはあまりにも有名である。現在でも、日本のほとんどの寺には「ご本尊」として、仏像が祀られている。今年の3月、「偶像崇拝」を禁じる(テレビの画面ですらダメ)タリバン勢力によって破壊されたバーミヤンの仏教遺跡などはその典型であり、630年にその地を訪れた玄奘三蔵法師もこの金色に輝く大仏を拝するために、しばらくこの地に留まっているくらいである。因みに、アメリカ軍の空爆から逃げまわっているオサマ・ビン・ラディン氏も、バーミヤンの石窟寺院を破壊などせずに残しておけば、その穴へ入って米軍の攻撃を逃れることができたのに…。

 "世界"を征服したアレキサンダー大王は、オリエントの各地に彼の名前を付けた「アレキサンドリア」という都市をたくさん建設したと記録に残っているが、現在の地図を見てもアレキサンドリアという街の名前はめったにお目にかかることはできない。誰でも真っ先に思い浮かべるのは、エジプトのカイロの西方にある港町アレキサンドリア…。ここには、後にローマの支配者となったカエサル(シーザー)やアントニウスと、アレキサンダー大王の幕僚のひとりで帝国を3分した後継者プトレマイオス1世の末裔であるクレオパトラがプトレマイオス王朝の興亡を賭けて覇権を争ったアレキサンドリアの都があるが、これがもっとも有名である。あともうひとつは、映画『インディー・ジョーンズ:最後の聖戦(Indiana Jones and the Last Crusade)』でも紹介された、かつて十字軍が通ったと言われるトルコ東部のアレクサンドレッタという町くらいしか思い付かない。

 しかし、歴史上、アフガニスタンを征服することに成功した人はアレキサンダー大王しかいないと言われるくらい、アフガニスタンの地は軍隊の通り道にはなったが、実際にこの民を支配することは難しかったそうである。そして、今回の戦争によって世界的にその名が知られたタリバンの本拠地カンダハルという町が、実は、かつてこの地にアレキサンダー大王が築いたというアレキサンドリアから取られた(パシトゥン語)地名なんだそうである。


▼戦後初の戦死者が靖国神社に祀られる?

 今回、日本の小泉政権は何から何までブッシュ政権に追従する政策を執って、戦後半世紀にわたって自ら禁じ手としていた海外"派兵"を実施した。日本の自衛隊は、自らは「軍隊ではない」と標榜しているが、英語の名称「Japan Self Defense Force」は、どう見ても軍隊である。どの国の軍隊も、名称は「国防軍(防衛軍)」とか、そういうふうになっている。「侵略軍」という名前のついた軍隊など聞いたことがない。せいぜい「人民解放軍」どまりだ。しかし、その実態は、名称こそ国防軍と言いながら、戦争の多くは侵略戦争が行なわれるのである。したがって、Self Defense Forceの専守防衛性というのも眉唾ものであるし、明らかに今回のパキスタンおよびアフガニスタンを視野に入れたインド洋に対する護衛艦の派遣は、Self Defenseの域を越えていると思われる。何故なら、ブッシュ大統領はニューヨークとワシントンへの同時多発テロ事件に対して、「人類に対する攻撃」と言ったが、その実はアメリカ(支配のシンボル)への攻撃以外の何ものでもないのだし、ましてや、日本がどこかの国から攻められたわけでは決してないのであって、このような攻撃に日本が集団的自衛権を発動して参加するのであれば、毎年世界中で行なわれているアメリカの咬んだ戦争にすべて日本が参加しなければならないことになる。

 パキスタンに自衛隊が援助物資を運び、なおかつタリバンとの戦いが終わった後、パキスタンやアフガニスタンに自衛隊がPKFとして派遣されるそうだが、もし、パキスタンにクーデターが起きたらどうするつもりだ。現ムシャラフ政権も、去年のクーデターによって成立した政権である。こういう地域の政権は、常に政権基盤が脆弱で、いつクーデターが起こるかも判らない。現在のムシャラフ政権が日本およびアメリカと仮に友好的な政権であったとしても、いったん、クーデターが起これば、当然、日米に友好的な姿勢を取る現政権に対してクーデターを起こした勢力は、非友好的な勢力であるのであるから、現地に駐留している自衛隊員が真っ先に狙われるのは当然である。実際に人殺しをしたことのない軍隊(自衛隊)と、年がら年中人殺しの練習をしている軍隊(米軍)とがあったときに、ゲリラ部隊がそのどちらを攻めるといえば、攻め方からみれば、人殺しをしたことのない軍隊を攻撃するほうがたやすいのは目に見えている。

 もし今回、アフガニスタンやパキスタンにおいて、自衛隊員が1人でも"戦死"したら、これまで日本の国会において行なわれてきたくだらない靖国論争などというものは、一気に吹き飛んでしまう。なぜなら、A級戦犯の合祀の可否云々を含めて、靖国問題というのは、戦前・戦中の帝国軍人(軍族)で戦死された方々の慰霊のし方を問うたものである。もちろん、戦後の自衛隊においても、訓練中に事故死した方々を毎年何名かづつかは合祀しているのであるが、これはあくまでも事故死であって、戦死ではない。ところが、今回、国の命令でパキスタンに自衛隊員が派遣されて、敵(誰が敵に豹変するかは判らない)と交戦することになって死者がでた場合、その方の霊が靖国神社に祀られたとすれば、これは、戦後初の戦死者という扱いであり、今まで国会で行なわれてきたような議論とはまったく性質の異なる「靖国問題(国家による慰霊)」というものが生じてくるのである。このことは、靖国に特別の意味込めをしている小泉総理にとってすれば、問題を問題視するために、かえって歓迎されることかもしれない。


▼自衛艦イスカンダルを目指す

 今回、自衛隊はインド洋に最も戦闘能力が高いといわれるイージス艦を派遣する・しないということが随分論議になった。そして、イージス艦を「護衛艦」という名目で派遣すればどうかという詭弁が行なわれているが、海上自衛隊のホームページを見てみれば判るように、海上自衛隊に属する艦船は広い意味ですべて護衛艦と呼ばれている。なぜなら、Self Defense Forceだからである。そして、護衛艦の中で輸送艦といわゆる戦闘能力をもった船という分け方をされているが、駆逐艦(destroyer)に属するイージス艦も、すべてカテゴリー上は護衛艦である。そして、日本から遥々インド洋の彼方まで行き、そして、インド洋上からアフガニスタンに向けて巡航ミサイルを発射しているアメリカ軍の艦船と共に戦闘行為(補給は決して後方支援ではない)を行い、最終的にはタリバンの本拠地カンダハル陥落を目指して闘うのである。

 私は、エジプトのアレキサンドリアという地名を今一度調べ直してみて驚いた。日本でも、あるいは西洋の世界地図にもあるアレキサンドリアという地名がアラビア語で書かれた地図には載っていないのである。そして、同じアレキサンドリアという町のある場所に書かれている地名が――もちろん意味はギリシャ語の「アレキサンドリア」の意味なのであるが――アラビア語では「イスカンダル」と呼ばれているのである。だから、カンダハルは、アラビア語の「イスカンダル」がパシトゥン語になって「カンダハル」になったのである。

 最初に触れた宇宙戦艦ヤマトが、艱難辛苦の後、14万8000光年離れたガミラス大帝星を滅ぼし、ガミラスと姉妹星であるイスカンダルまで出掛け、地球の安泰を図ろうとしたのであるが、結果的には、ガミラスが崩壊したことの影響がイスカンダルにまで及び、最終的にはイスカンダルまで滅亡させてしまうことになった。彼らがコスモクリーナーDを持って無事地球に戻り着いたのは西暦2200年のことであった。今回、日本の自衛隊が、果してカンダハル(イスカンダル)に無事に辿り着けるのか興味深々であると同時に、カンダハルが滅びることによって、その周辺の国々に、どんな思わぬ悪影響が及ぶかも、十分考慮に入れて行動したいものである。

 


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