日本外交の成否はH2Aロケットに懸かっている
 02年09月10日


レルネット主幹 三宅善信

▼国防委員長である金正日氏との首脳会談

 「この9月、これからの日本外交にとって最も重要な出来事は何か?」と聞かれたら、私は迷わず「H2Aロケット3号機の打ち上げの成否だ」と答える。恐らく大多数の人は、この説に同意しないであろう。同意しないどころか、この時期、H2Aロケットが打ち上げられることすら、打ち上げ当日まで気が付いてなかったであろう。ほとんどの人は、なんと言っても、9月17日に予定されている小泉純一郎首相と金正日(キム・ジョンイル)朝鮮民主主義人民共和国国防委員長との「日朝首脳会談である」と答えるか、もしくは、9月12日に、ニューヨークでの国連総会の際に予定されている小泉首相とジョージ・W・ブッシュ大統領とによる「日米首脳会談である」と答えるであろう。しかし、本当のところ、その両方とも、今後の日本外交にとっての切り符性という点では、9月10日のH2Aロケットの打ち上げに比べれば見劣りする。しかし、さすがに今回だけは、私の意見に疑問を持つ人が多いのであろうから、以下、その理由を詳(つまび)らかににしていきたいと思う。


種子島宇宙センターから無事、発射されたH2Aロケット

  最初に、日朝首脳会談についてである。まず、この首脳会談に対する日本のメディアの報道の仕方が、ほとんど完全に間違っている。「日本国の内閣総理大臣である小泉純一郎氏が、首脳会談を行う相手は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日国防委員長である」と表記すべきである。しかし、日本のメディアは、ことごとく金正日総書記と表現している。まずここから間違っている。2年前、金大中(キム・デジュン)大韓民国(韓国)大統領が北朝鮮の首都ピョンヤンを訪問し、歴史的な「金・金会談」をした時、韓国の新聞には、「金大中大統領と金正日国防委員長とが歴史的会談」という見出しが躍っていたが、これが正しいのである。総書記というのは、国家の役職ではなく、朝鮮労働党という一私機関での立場であり、小泉氏に当て填めれば、自由民主党総裁と同じことである。もし、金正日氏が、朝鮮労働党総書記として会うのであれば、自由民主党総裁の小泉純一郎氏と会うべきであって、日本国内閣総理大臣という立場の小泉氏と会うのであれば、朝鮮民主主義人民共和国国防委員長としての金正日氏でなければならない。この辺の違いに鈍感な人は、決定的に外交のセンスを欠いていると言える(註:その点、金正日氏の亡父で北朝鮮の建国者でもあった金日成(キム・イルソン)氏は、主席という国家元首の立場であった)

  かつて米ソ冷戦たけなわだった頃、米ソ両国の間で戦略核兵器制限交渉(SALT)が行われたが、当時のソ連の実質的最高指導者であったブレジネフ書記長が、アメリカの大統領と会談する時に、そう簡単にはニクソン大統領はブレジネフ氏と会おうとしなかった。これも外交上の駆け引きといえば、それまでのことであるが…。というのは、アメリカ合衆国の国家元首である(註:同時に行政府の長であり、共和党の党首でもある)ニクソン大統領と、ソビエト共産党の一書記長に過ぎないブレジネフ氏とでは、「格が違う」というのである。当時ソ連は、「トロイカ体制」という集団国家指導システムを採っていた。つまり、ソビエト共産党の書記長(実際には、この役職が最高の実力者なのであるが)と、行政府の責任者である首相(コスイギンという人物が20年程にわたって首相を務めていた)と、ソビエト社会主義共和国連邦という連邦国家の元首であるポドゴルヌイ最高幹部会議長の3人によるトロイカ(三頭立て馬車の意)体制だったのである。

  したがって、国家元首としての合衆国大統領に出会うべきソ連の最高指導者は、ポドゴルヌイ最高幹部会議長でなければならなかったのであるが、実際には、最高幹部会議長職は「お飾り」に過ぎず、共産党書記長に権力が集中し、ブレジネフ氏が国家を指導していたのは百も承知であったが、アメリカはまずその点でブレジネフ氏の機先を制した。後にブレジネフ氏がポドゴルヌイ氏を追い落とし、自らが国家元首たる最高幹部会議長職も兼任した。しかし、そのことによって国内の権力構造のバランスが崩れ、ソ連の崩壊が始まるきっかけのひとつになったことを知る人は少ない。


▼補償金ではなく、経済援助

  これ(米ソ首脳の肩書き論争)と同様のことが正しく認識できなければ、その人は国際政治を論じる最低限の資格に達していないのであるが、今回の日朝首脳会談についての報道においても、あまりに不用意に「補償」という言葉、あるいは「賠償」という言葉を使うマスコミが多いのには嘆かせられる(註:朝鮮民主主義人民共和国という国家は、日本(大日本帝国)が太平洋戦争に敗れた時点では、まだ存在すらしていなかった国家であり、法律の大前提である不遡及主義の原則から言って、請求権そのものが、そもそも存在していないことは常識である)。補償(賠償)金という言葉は、お金を払うほうが「ご迷惑をおかけして済みませんでした」と謝って払うのが補償(賠償)金である。経済援助というのは、お金を貰うほうが「有難うございました」とお礼を言って受け取るのが経済援助である。同じ一兆円の金が動いたとしても、意味が全く違うのである。

  1965年に『日韓基本条約』が締結された時、日本は大韓民国との戦後処理(註:1910年に日本に併合されたのは韓国である)に当って、賠償金ではなく、経済援助方式を提唱し、それが両国によって合意されたのであるから、(内心はどうであったかどうかは判らないが)韓国政府は日本政府に「カムサハムニダ(感謝します)」と言って、復興の原資としての経済援助金を受け取ったのである。しかるに、今回の北朝鮮との交渉過程を報じる日本のメディアは、あまりにも不用意に、相手のペースに乗せられて、賠償金という言葉を使っているが、既にそこで間違いを犯してしまっている。

  もちろん、今回ニューヨークで行なわれる日米首脳会談など、儀礼的なもの以外の何ものでもない。アメリカは、9月11日のグランド・ゼロ(世界貿易センタービルの跡地)でのイベントを、最大限に自己正当化の手段として演出するであろう。そして、次は、イラクのフセイン政権に対する攻撃を正当化し、国際世論をアメリカの味方に付けるために、9月10日から始まった国連総会に向けて、最高度の「政治的演出」を行ってくるであろう。しかし、核ミサイルや戦略爆撃機といった攻撃用の大量破壊兵器を有しない日本の小泉首相ができることと言ったら、そのアメリカの演出に脇役として登場するくらいのことだけである。「血の同盟(先祖が同じ)」である米英両国の「イラク攻撃論」に対して、早くもフランス・ドイツは反対を表明して(「もし協力してほしければ○○しろ」というような条件を突きつけて)、国際政治におけるキャスティグボートを握ろうとしている。つまり、「まず、国連の(イラク攻撃への)承認が必要」というアメリカが軍事行動への正当性のお墨付きを得ることを(註:仏独の協力なしには成功できない)問題にしているのである。いわんや安保理の常任理事国であり、アメリカとことごとく張り合っていこうとしている「超大国指向」の中国や、「元超大国」のロシアは、これに反対するのは言うまでもない。

  そのような環境下に、かつては、軍事的にはなんのプレゼンスもなかったけれど、せめて経済力だけは超一流であった日本が――今やその頼みの経済力すらボロボロになってしまった日本には――国連では全く存在感がないに等しい日本の首相がノコノコと出て行って、いったい何ができるというのであろうか? そもそも、国連では、重要な案件は全て安保理の5つの常任理事国の主導下で決定されているのであるから、常任理事国でない日本が世界に「ものを言う」には、2つの方法しかない。まず、金にものを言わせるという方法(註:日本はODA=政府開発援助の累積額世界一である)であるが、これは現在、政府と地方自治体の分を合わせて700兆円の累積債務のある日本では手も足も出せない。そこで、私が言う9月10日のH2Aロケットの打ち上げが注目されるのである。


▼絶好の打ち上げのタイミング

  ちょうど4年前の1998年9月2日、私は『とんだミサイル威嚇』および、9月8日に『李下に冠を?:発射事前予告のできない理由』の2作品を立て続けに発表した。これは、同年8月31日に、北朝鮮東海岸部から発射された弾道ミサイルが、日本列島を飛び越えて、三陸沖の太平洋に着弾したいわゆるテポドンミサイルの発射事件に対する日本政府の対応および北朝鮮の目的についての分析を試みたのであるが、今、この2つの作品を読み返してみて、まさにその時、私が指摘した通りの展開になってきていることに驚かされる。それからちょうど4年経って、日本ではH2Aロケット3号機の打ち上げを迎えたのである。小泉首相が、ニューヨークで「対テロ戦争のシンボル的追悼式」に出席している9月11日をわざわざ選んで、奄美大島沖(種子島沖でもある)の東シナ海に沈んだ北朝鮮の不審船を、この時期に引き揚げるとか引き揚げないとかということが、「北朝鮮に対する今回の小泉訪朝の切り札になる」といったようなことを言っている人があるが、それよりも何よりも、国際的に見れば、H2Aロケットの打ち上げの成否のほうが、はるかに注目されているのである。

  というのは、本年2月に、実験衛星を搭載したのH2Aロケットの2号機の打ち上げが行われたが、その時の打ち上げのニュースを海外出張先のテレビで視た私は驚いた。H2Aロケットに2機の衛星が乗せられていたからである。最近では、宇宙ロケットのペイロード(塔載物)の有効利用をということで、空いたスペースに、お金を取って民間人を乗せたり(ロシアで行われている宇宙ビジネス)、スペースシャトルの打ち上げの際にも、空いたペイロード・ベイ(貨物室)に別の小さな衛星を載せて宇宙空間に放出したりしているが、ひとつのロケットに複数の人工衛星を載せるという技術は、それぞれ別個の軌道で切り離しを行わなければならないので、実は大変複雑な作業なのである。しかも、私が驚いたのは、今年2月に行われた実験で、「一部失敗」と報じられたREV(Re-Entry Vehicle=再突入部)と呼ばれるモジュール(Module)が搭載されていたことである。海外のメディアもこの点を大きく報じたのである。


大音響を轟かせて上昇するH2Aロケット

  皆さんよく考えてほしい。人工衛星を静止軌道に打ち上げるという行為は、そのこと自体、大変複雑な技術(註:専門的には、一旦、衛星を楕円軌道に乗せた後に、最遠点であるアポジ点を通過するたびに数回エンジンを作動させて速度を調整し、24時間周期で地球を1周する遥か上空の36,000kmの正円軌道に乗せること)の集大成であるが、それでも、人工衛星というものは、いわば「打ち上げっぱなし」で、衛星が地上へ戻っていることを想定していない。低軌道の衛星の中には、寿命(耐用年数)が尽きて、たまたま大気圏に落下して途中で燃え尽きてしまう人工衛星はいくつもあるが、普通は、一度打ち上げたら打ち上げっぱなしで、永遠に地球の周りを回転し続けるのである。稀に、非常に高価な衛星の場合、ペースシャトルを飛ばして回収して戻って来ることがあるが、ほとんどの場合、人工衛星というものは、大気圏の再突入は考えずに設計されているのである。つまり、「宇宙への片道切符」である。

  しかし、今回のH2Aの打ち上げた衛星は、REVが積まれている。つまり、宇宙空間に一旦放出され、周回軌道に乗った人工衛星の先端部分(モジュール)が、暫くして、再度切り離され、逆噴射(減速)をして大気圏に再突入(落下)するのである。当然、通常の人工衛星ならば、大気との摩擦によって本体が燃え尽きてしまうはずであるが、ここにこそ技術実験をする価値がある。日本のそれ(REV)は、スペースシャトルのように、大気圏に再突入しても燃え尽きない特殊な素材と構造になっているのである。およそ宇宙空間に向けてロケットを発射するとき、再び地上に戻ってくる必要性がある場合、目的は2つしかない。ひとつは有人宇宙船である。人間を乗せて打ち上げた以上、必ず地球へ無事、戻って来なければならない。したがって、これは片道切符ではなく、始めから往復切符として設計がなされているのである。片道と往復とでは、設計理念が根本から異なり、もちろん、往復のほうがはるかに高度な技術を要するのである。


▼日本の弾道ミサイル保有宣言

  もうひとつ、ロケットが宇宙空間から大気圏内へ戻ってくる場合がある。これはいわゆる弾道ミサイルの技術である。かつて米ソ冷戦たけなわの時代に、数千機づつ配備されていたといわれるICBM(大陸間弾道ミサイル)のごとく、最初はロケットのようにほぼ垂直(註:実際はやや東向き)に発射され、一旦、宇宙空間(大気圏外)へ飛び出し、地球をぐるりと半周して目的地の上空で大気圏に再突入し、核弾頭を敵国の中枢に命中させるという究極の大量破壊兵器である。これも有人衛星と同様、大気圏に再突入するときに、弾頭そのものが大気の摩擦で燃え尽きてしまったのでは、核爆弾の意味がなくなる。したがって、燃え尽きずに地上のターゲットへ誘導されて戻ってくる必要がある。しかし、現在、日本では有人宇宙船の開発は行われていない。したがって、日本が、この時期に大気圏に再突入することが可能であるロケットのモジュールを造るということは、国際社会に対して、軍事的に言えば、「日本はICBMを保有している」と宣言するに等しい行為なのでる。


大気圏再突入のためにモジュールから切り離させたREV

  読者の皆さんの中には、「ICBMを保有していると言ったって、再突入可能なミサイルだけでは不十分であろう。なんといっても、肝心の核弾頭がなければICBMにはならない」と思う向きもあるが、とんでもない間違いである。これも4年前に書いたように、1996年の高速増殖炉「もんじゅ」の事故に見せかけて、青森県の六ヶ所村の核燃料再処理施設に、当時既に広島型原爆500発分のプルトニウムを日本は溜め込んだのである。このプルトニウムはその後も日々増え続け(註:日本国内には52基の稼働中の原発があり、毎日大量のプルトニウムが「燃えかす」として蓄積されて行っている)、現在では恐らく原爆1,500発分くらいのプルトニウムを、日本はIAEA(国際原子力機関)の査察を掻い潜って、保有しているであろう。ひょっとすると、この時期、相次いで、東京電力の原発管理についての不祥事が公表されたのも、各地で反対運動を起こさせて、プルトニウムを消費する(させられる)「プルサーマル原発」を実施できないようにさせるための「作戦」かもしれない…。

  核爆弾を造る技術そのものが、そんなに難しい技術ではないことは、途上国であるインドやパキスタンでも核保有国になれることからも解るだろう。日本の工業技術力と経済力を持ってすれば、核爆弾を大量生産すること自体は極めて簡単な作業である。むしろ、第三国にバレずに核爆弾の材料であるプルトニウムを溜め込むことのほうが難しいのである。イラク攻撃を正当化したい米英両国政府は、最近、盛んに「プルトニウムさえ手に入れることができれば、フセイン政権は5カ月で核兵器を持つことができ、中東の安定に極めて悪い影響を与えるであろう」と喧伝しているのが、誰でも核兵器を造れることの良い証拠である。


▼21世紀の種子島銃は何を変えるのか

  そのような状況下で、日本が今回、一度に複数の衛星を飛ばすことのできるロケットを開発したというのは、まさに、戦略核兵器の世界で呼ぶところの複数核弾頭個別目標ミサイル(MIRV=Multiple Independently targetable Re-entry Vehicles)と呼ばれる戦略核ミサイルを開発したということそのものである。旧型の核ミサイルのように、1機のミサイルから1発の核弾頭を落とすのではなく、打ち上げたミサイルが、軌道上からいくつかの核弾頭を個別に降ろし、あたかも路線バスがお客さんを一人一人降ろしながら運航するように、それぞれの核弾頭が、誘導された個別の標的に向かって大気圏に再突入するのである。

  また、今回、宇宙開発事業団が打ち上げるH2Aロケットに積み込まれたメインの人工衛星「DRTS」は、世界中の人工衛星(注:高度36,000kmの静止軌道よりも低い軌道に位置する衛星のすべて)の発する電波を捉えて、日本で受信できるようにするものであり、これ自身、大変な情報収集能力を有している。もうひとつが、今回採り上げたREVを持つ「USER」である。もちろん表立っては、あくまで無重力状態の宇宙で合金を作る実験を行うための衛星であり、これがREV機能を有するのは、合成した合金を地球へ持って帰るためだというふうに説明しているであろうが、実際には、地上のある目的地に正しく誘導されて、宇宙空間から衛星を帰還させるという技術は、まさに、弾道ミサイルの核弾頭をターゲットに向けて着弾させる技術と同じ技術なのであり、この打ち上げならびに衛星の誘導に日本が成功するということは、北朝鮮や中国といった周辺の仮想敵国は言うまでもなく、日本が実質的な核保有国であり、運搬手段もアメリカやロシアのそれ(MIRV)と遜色ないものを手に入れつつあるということを、国際社会に対して宣言しているのも同然のことである。


21世紀の種子島銃:H2Aロケット

  しかも、これをどこかの国のように「核ミサイル保有宣言」とせずに、あくまで「平和利用の商業衛星だ」と言いながら、各国の当局に圧力をかけているのである(註:過日、「政府首脳」であるところの福田官房長官が「理論的には、日本も核武装することができる」と言って、物議を醸し出していたことを念頭に置いてほしい)。したがって、ことの良し悪しは別として、この9月10日のH2Aロケット打ち上げの成否は、今後の日本外交に大きく影響を及ぼすのである。何故なら、残念ながら現在の国際社会において、軍事的な能力を持たない国の発言が尊重される道理がないからである。皆さんもこのことに注目して、この1カ月間に起こる日本外交と国際社会の動きを注目してもらいたいのである。459年前に種子島に鉄砲が伝来したことが、日本の社会を大きく変えた(天下統一に向けての戦国時代の収束)ことを思い起こしていただきたい。21世紀の北東アジアの秩序を変えることになるかもしれない「現代の種子島銃」ことMIRVミサイルによって…。ひょっとすると、北朝鮮の不審船も、種子島の宇宙センターを探っていたのかもしれない。


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