アメリカに「正義」はあるのか?
 1998.12.18


「レルネット」主幹
三宅善信


▼「砂漠のキツネ」作戦

編集を担当している月刊誌の年末進行に追われて、しばらく「主幹の主観」の執筆をサボっていただけなのに、多くの読者の皆さんからご心配のメイルをいただいた。まず、お礼を申し上げたい。私自身もウズウズしていたところへ、今朝6:50、時計代わりに見ていた天気予報を伝えるNHKの画面に「バグダッドで対空砲火 アメリカがイラクを攻撃した模様」という第一報のテロップが流れた。7:00の『おはよう日本(ニュース)』が再開されるまでの10分間の長かったこと…。たぶん、NHK内部でも、ニュース原稿の差し替えだけでなく、すぐに渋谷のNHK放送センターに来ることのできるお抱えの軍事評論家や中東問題専門家の自宅へ「押さえ」電話を入れたり、官邸や外務省などへの中継車のスタンバイや、アメリカのCNNやABCの画面の翻訳(同時通訳)編集作業の準備など、大慌ての10分間だったのだろう。7:00丁度に三宅アナウンサーが「アメリカによるイラク攻撃開始」の第一報を伝え、画面はワシントンの手嶋支局長へと切り替わった。

日本との時差が14時間のアメリカ東部標準時では、12月16日17:00前のできごとということになる。時あたかもニューヨークの国連本部内においては、安全保証理事会が、「大量破壊兵器査察」の妨害をしたイラクに対してどういう制裁を加えるかという討議をしている最中のできごとであった。特定の国へ「国際社会の総意」という形で軍事圧力(実際にはアメリカ軍による行動)をかけるときの手続きとしての正当性の根拠であると考えられている国連の安保理で討議が行われている最中に、これを完全に無視する形でアメリカ(およびイギリス)が軍事行動に踏み切ったことの意味は大きい。「安保理が開催されている間は大丈夫(攻撃はない)」と言って、湾岸地域に独自の外交を展開していたロシアなどは面目丸つぶれである。第一報がもたらされるや、安保理は中断し、あからさまに不快感を現した中国・ロシアの代表や、記者団に「国連最悪の日となった」と答えたC・アナン事務総長らの苦り切った表情が、今回のアメリカの暴挙をよく現していた。

イラクへの攻撃を発表するクリントン大統領

そうこうしているうちに、日本時間の8:00(アメリカ東部標準時18:00)から、ホワイトハウスの大統領執務室からのクリントン大統領による「合衆国国民(および全世界の人々)へ」向けてのテレビ演説がはじまった。クリントン大統領は、「イラクのフセイン政権は、国連の経済制裁緩和の条件である大量破壊兵器査察特別委員会(UNSCOM)の査察を拒否した。このまま放置すると、近隣諸国やクルド人などの反体制派の自国民にさえ、生物化学兵器をまた使うだろう」と、米英両国(実質的には米国単独)による今回の軍事作戦(ペルシャ湾岸上の艦船やB52戦略爆撃機から発射された200発の巡航ミサイルやステルス機からのバグダッドへの空爆)について発表を行った。

このなかで、クリントン大統領は今回の攻撃の理由として、具体的にイラクが周辺国への軍事行動を準備しているかどうかにかかわらず、十数年前のイラン・イラク戦争や7年前の湾岸戦争の時のことにこじつけて、今回の攻撃の正当性を主張した。しかも、「19日から始まるイスラム教徒にとってもっとも大切な宗教行事であるラマダン(断食月=1ヶ月間、陽の出ている間中は、断食をしなければならない)を避けること(3日以内に戦闘を終えなければならない=同時に、欧米諸国にとってもクリスマス休暇の週に入る)によって、全世界のイスラム教徒を敵に回すものではない」とアラブ各国へのイラクへの支持の自重を呼びかけた。また、「アメリカの敵はイラク国民ではなく、イラク政権からサダム(フセイン大統領のことを軽蔑の意味を込めてファーストネームで呼ぶ)を排除し、新たな(親米)政権を樹立することを目的としている」と、第二次大戦後、ソ連が世界各地に次々と社会主義(親ソ)政権を樹立させる時に使ったような論法で、今回の作戦(名前からして「砂漠のキツネ作戦」と姑息なネーミング)の成功を自画自賛した。


▼アメリカ「ジャイアン」論

私が、これまでにも、このような自己中心的なアメリカの「正義」の論法に反対を表明してきたことは、当「主幹の主観」シリーズの中でも、今回同様、アメリカによるアフガニスタンとスーダンへの巡航ミサイル攻撃を非難した8月21日付の『「正義」という「不正義」』や11月19日付の『アルマゲドン:神によって選ばれた国アメリカ』などから明らかなことである。そこで、私は、その大本に「正義」を正当化させる「真理(唯一絶対なる神)」がある」とする論理(ユダヤ・キリスト・イスラム教的思想)の危険性を主張してきた。神や真理は全て相対的なものであり、したがって「正義」も他者を断罪できるほどの「物差し」となりうるような「絶対的正義」などは存在せず、実際に、A国とB国との間の戦争で、仮にA国が勝利したとしたら、それは正義の偏在に依ったのではなく、それはあたかも漫画『ドラエモン』で、ジャイアンがのび太から新しいおもちゃを取り上げるときのように、A国に武力が偏在したまでのことである。「正義が勝つ」のではなく、「勝ったほうが正義になる」だけのことである。漫画では、最後には必ずドラエモンがのび太を助けてくれることになっているが、実際の世 界にはドラエモンはいないのである。のび太の自衛策としては、せいぜい、日頃からスネ男やしずかちゃんたちと仲良くして「集団安保」体制を築いておくか、自分の被害を事実以上に吹聴して世間の同情を買うくらいしか有効な手段はない。

私が終始主張してきているのは、アメリカという国の特殊性と危険性である。世界におけるアメリカは、人体におけるガン細胞のようなものである。この国をそのまま野放しにしておいたら、やがては世界中の国々(人類)が食い尽くされてしまうことになるであろう。それどころか、既に、国際金融市場においては「豚は太らせてから食え」の格言通り、日本などは、フォアグラの鵞鳥よろしくバブルでまるまると太らされてから、現在は、骨の髄までしゃぶられているではないか…。問題なのは、このことに気づいているのはごく一部のアメリカ人(支配階級)だけで、人のよい多くのアメリカの民衆は、独自の宗教政策(同志社大学の森孝一神学部長の表現を借りれば「見えない国教」)を通じてノー天気に利用されているだけである。世界の国々でも、この構造に気づいて反抗しようとした指導者・財界人は、つぎつぎと政治的・経済的に葬り去られ、結果として、歴代自民党政権(やフィリピンのマルコス政権やインドネシアのスハルト政権)のように、多少の分け前に預かる従順な協力者になって生き延びるしか道はないが、それは、取りも直さず、自国民(の生命・財産・自由)をアメリカに売り渡している だけのことなのである。

今回のイラク攻撃に際して、いつもこういうときに優柔不断な態度を取る日本政府までが、世界の趨勢を見極める前に「アメリカ支持」を打ち出してしまった。「血の同盟」と言われる英国はしょうがないとしても、ロシアや中国はもとより、フランスまでもが「反対」しているアメリカの攻撃に…。せっかく、小渕首相はハノイにいたのだから、緊急のASEAN+日中韓首脳会議を開催し、アジアの一員としてのイニシアチブを発揮できるチャンスでもあったのに…。もちろん、中国は反対するであろうし、イスラム教国であるマレーシアも反対するであろう。しかし、そこを調整するのが政治力というものだ。拡大ASEANの主張がどちらになっても構わない。要は、国際的な政治的発言力を高めることだ。また、この機会に、極東における大量破壊兵器の危険性(北朝鮮の核・弾道ミサイル開発)についても話し合うべきだったと思う。


▼アメリカの狙いは「フセイン政権の延命」

そもそも不思議なことに、なぜアメリカは、こうまで執拗に反米のイスラム諸国(イラク・スーダン・アフガニスタン等)に対しては、ミサイル攻撃や空爆を行うのに、同じように、秘密裏に核開発や弾道ミサイル開発を進めている北朝鮮に対しては「野放し」というより、アメリカ主導のKEDO=朝鮮半島エネルギー機構(北朝鮮に核開発を断念させるために、日韓などに42億ドルを拠出させ、核兵器に転用しにくい軽水炉に転換させ、アメリカはその間の代替エネルギーとして重油を供給するというもの)に日韓両国が組み入れてまで、これを「手なずけ」ようとするのか? 答えは簡単である。イラクも北朝鮮もアメリカ本国まで攻撃を加える軍事力はない。そういう点では、本来、両国ともアメリカにとって「軍事的脅威」ではない。しかし同時に、湾岸地域と極東地域におけるアメリカの同盟国(権益国)であるサウジアラビアと日本にとって両国は「軍事的脅威」である。それでは、この対応の違いはどこにあるのだろうか?

まず、湾岸であるが、湾岸の産油国に、かつてのイランのように反米政権が次々と樹立されては、アメリカによる国際石油資本を通じた世界経済支配が困難になる。さりとて、フセイン政権がおとなしく国連決議に従い、経済制裁解除(イラクの石油輸出の全面再開)になると、現在「だぶつき気味」の原油価格が暴落し、この地域でのアメリカの利権が損なわれる。したがって、次から次へと、フセイン政権が受け入れることのできないような「難癖」をつけ続けて、イラクに暴れてもらい、それを「世界の警察」として「成敗する」という形態をとらざるをえないのである。そのためには、本当はフセイン政権が崩壊しては困るのである。フセイン政権が倒れて、現在のアフガニスタンやかつてのイランのようなイスラム原理主義国家が出現するのは困るし、かといって、従順な国家もまた困る。フセイン政権のごとき政権が、アメリカにとって最も好ましい政権である。常に、イラクの脅威を吹聴することによって、サウジを初めとする湾岸諸国を自らの手元に置いておくことができ、また、公然と、ペルシャ湾やインド洋上に、米国の軍艦を常時、配備しておくことができるのである。

一方、極東地域であるが、北朝鮮の軍事施設を叩くのは技術的には容易であるが、現在の金正日体制を崩壊させてしまうと、空白地域に地続きのロシアや中国が影響力を強めるのは目に見えているし、大量に発生する難民の処理も大変だし、経済混乱の続く韓国がこれを吸収する能力がないことは目に見えている。かつて、東欧各国の社会主義体制が次々と崩壊したときに、欧州一の経済大国であった西ドイツが、経済の弱い社会主義体制の中でも最も「優等生」だった東ドイツを吸収合併しても、十年以上経った現在でも、十分、このマイナスを吸収したとはいえない。いわんや、「経済中進国」の韓国に、「社会主義経済の劣等生」の北朝鮮を吸収合併する余力はない。そんなことよりも、何よりも、「かつての敵国」であり、今なお「潜在的敵国」になりうる日本を配下に置いておくためには、北朝鮮に「軍事的脅威」でありつづけておいてもらわねばならないのだ。そうすれば、公然と日本国内に米軍の基地を置いておくこともできる。

なにしろ、歴史上、アメリカを爆撃(1941年12月の真珠湾攻撃)した唯一の国が日本なのである。第二次大戦後からのアメリカの軍事・経済戦略の一貫した目的は、潜在的敵国であるドイツと日本を「いかに配下に組み入れて(飼い慣らして)おくか」の一点にかかっているいるのである。アメリカは、日本の真珠湾攻撃を「卑怯な予告なしの奇襲攻撃だ」と非難したが、今回のイラクへの攻撃は「奇襲攻撃」ではなかったのか? 日本の奇襲攻撃は卑怯で、アメリカの奇襲攻撃は正義だと言える論理構造そのものに問題があるといえないだろうか。第二次世界大戦前に、日本が真珠湾を攻撃せざるを得ない状況に追い込んで、日本への戦争を正当化したのと同様に、今回のイラクからの大量破壊兵器査察特別委員会(UNSCOM)の「バトラー報告」も、イラクが到底飲むことが出来ないような無理難題を押しつけて、戦争を選ばざるを得ないように持っていく意図的な「報告」であったと思っている。拙「主幹の主観」では、引き続き、アメリカの政策決定の背後にある宗教性について考えて行きたい。

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